Track61「罰」
「幸、ありが……」
「僕、本当はピアノ弾けるんです」
彩斗さんの声を遮り、僕は固い音で罪を告白した。と同時に、和やかだった空気が凍り付く。僕は、どんな酷い罵倒も受け入れるつもりで頭を下げた。
「本当にごめんなさい。楽器の音が聞えないのは本当です。でも彩斗さんと仲良くなりたくて、僕は、わざと下手くそに弾いてました」
「幸、それは吐いたらいけない嘘だよな」
「……はい」
極点の氷のように冷ややかな声音だった。これは本当に彩斗さんを怒らせてしまったらしい。僕は震える手で拳を握り、不安を無き物にしようとした。
「罰として、ノアブルを抜けることは許さない」
「へ?」
「あと本気のピアノを聞かせてくれ。いいよな、四季?」
「うん、じゃあレコーディングスタジオに行こうか。合わせもする予定だったしね」
「怒らない、の?」
「怒って欲しいのか?」
慌てて頭を上げた先には、綻んだ大人達の顔がある。僕の問いに答えてくれた彩斗さんは、優しい眼差しを携えていた。頭を振る僕の旋毛を大きな掌が覆う。見上げた先には、鈍色に映える金糸が在った。
「反省してるんだろ?」
「うん」
「自分で分かってる奴を怒る理由はないよ。その代わりやりたいことがあるんだ。付き合ってくれるか?」
「はい……! あ、じゃあ僕、楽譜取ってきます。皆さんは先にスタジオの方に行っていてください」
「幸君! 隼君も呼んできてくれる?」
「分かりました!」
踊る心を携えながら廊下を駆ける。エレベーターを待ちきれない僕は階段を駆け下り、ミーティングルームへと走り抜けた。途中擦れ違う人に、ぶつかりそうになりながらも駆ける足は止めない。どんな僕も受け入れてくれた人達に、僕の音を聞いて欲しかった。
「隼さん! 皆さんレコーディングスタジオにいるので一緒に行きましょう!」
勢いよく扉を開け中の様子を伺う。隼さんは、からし色の手帳を眺めており、僕の姿を確認すると慌てて閉じた。
「何を見てるんですか?」
「なんか置いてあったから。誰のかなって。四季さんのっぽいから返しといてくれる?」
「分かりました」
にべもなく頷き、受け取ろうとした矢先に手帳を落とす。受け取り損ねたせいでページが開き、挟まっていたものが床に散乱した。
「すみません!」
「いや、俺も手が滑って」
怒鳴られるかもしれない、と身体が固くなる。急いで膝を折り落下物を拾おうとした僕の頭上に降り注いだのは、やる気のなさそうな声だった。
「なんですかね、これ。写真? と免許証?」
裏返した先には二階堂さんの証明写真が張り付けてある。けれども書いてある名前は『二階堂四季』ではなかった。




