Track60「好き」
「別に降りて来なくてもいいですけど、下着見えますよ」
「うっさいわね!? 見てんじゃないわよ!」
「嫌だったら下りればいいじゃないですか。彩斗さんに伝えますよ。モモさんのー!」
「いやぁぁぁぁ!? なに叫んでんのよ!?」
フェンスから飛び降りた彼女が慌てて僕の口を塞ぐ。封じられた唇に触れる両手の皮は固かった。
「言わないでよ!? 絶対言わないでよ!?」
「んん……! そもそも見てませんよ」
「アンタ!? 騙したわね!? ホントなんて奴なの!? アンタと居るとロクなことないわよ!」
「どうやらセクシーな下着で悩殺、とはいかないデザインみたいですね」
「うるさい!」
「良かったです。自殺をやめてくれて。皆さんのところに戻りましょう」
「嫌よ! 彩斗さんに気持ちバレちゃって……どうせ振られるのがオチだもの」
「まったく気にもしてなかったと思いますけど」
「うっさいわね! だから悲しいのよ!」
潤んだ瞳に僕が映っている。至近距離で唾を飛ばす僕達は、相変わらず仲が良いとは言えなかった。
「どうせ私は子供よ! 彩斗さんだって、どうせ子供の戯言だって思ってるんでしょ!? でも私は本気なの! 本気で……好きで好きで……愛してるって言葉でも足りないくらい好きなのよ!!」
「僕達、まだ子供ですよ。伸びしろしかないじゃないですか」
「なに……分かったようなことを……」
「モモさんは、僕が彩斗さんを大好きなことを知ってるじゃないですか」
「知ってるわよ! アンタの好意って重いわよね!」
「うるさいですね。モモさんだって似たようなものですよ。言っておきますけど、僕の『好き』って変な意味じゃないですから。勘違いしないでください」
「変な意味って何よ!? 私の彩斗さんへの『好き』が疚しいみたいじゃない!」
「どんなものでも『好き』なんて疚しいし、卑しいものですよ。一人占めしたいって思うなら尚更。まぁ、モモさんが、こうなった原因は僕みたいですし、お詫びに教えてあげますよ。大人達は僕がピアノを弾けたら問題ないでしょうし」
「弾けたらって……アンタ弾けないんでしょ?」
「弾けますよ。知らないんですか? 聾のピアニストのこと」
「ロウ?」
「耳が聞こえない人のことです。プロのピアニストでもいるんですよ、そういう人。僕は音が聞えなくてもピアノを弾き続けました。だから両親は、些細な音の変化に気付かなかった。でも、いるんですよね。耳の良い人って。それが僕の叔父でした。ノアブルのプロデューサーです。
まぁ、でも僕は彩斗さんに構って欲しくて、わざと下手くそに弾いてたんですよ。だから次からは音源を用意して貰わなくても弾けます」
「アンタ!? 皆のこと騙して!?」
「指差さないでください。学校で習わなかったんですか? で、僕の耳がおかしくなった理由は大切な人に〝お前なんか要らない。大嫌いだ。二度と近付くな〟って言われたからです」
「どうせ愛が重かったんでしょ?」
「そうみたいですね。重くて持ちきれなくなったんだと思います。僕も彼も子供でしたから」
「なんか恋人みたいね」
「恋人なんかより友情の方が、ずっと強いんですよ。上手くいけば一生ものじゃないですか。恋は別れたら終わりです」
「そんなことないわよ! 恋だって結婚したりして一生ものになるし!」
「それは結果論です。まぁ僕はお兄ちゃんとも一生友達でいることは出来ませんでしたけど」
「……どうして幸のお兄ちゃんは……」
「嫉妬ですよ。僕の才能に嫉妬したんです」
「……嫌われたのは、そういうところだと思うわよ」
「僕が捻くれたのは、こうなってからです。自分で言うのもなんですが中々天使でしたよ。昔は」
「きもっ!」
「はいはい。モモさんは、そういうところが嫌われる原因なんですよ」
「知ってるわよ!」
「モモさんは大丈夫ですよ」
「え?」
「だって透子さんみたいに追いかけてくれる人がいるじゃないですか」
「まぁ、そうね」
「だから言ったでしょう? 友情は永遠なんです。戻りましょう。皆さん、モモさんを心配してましたよ」
「うん! 振られたって、またアタックすればいいわよね!」
「今回の被害者は透子さんですよね」
「え?」
「屍になってます」
「きゃー!?」
劈くような悲鳴を上げて、モモさんが透子さんに駆け寄っていく。暫く皆でガヤガヤとしていたが、彩斗さんに何か言われたらしいモモさんが一瞬泣きそうに顔を歪めた。どうせ告白の返事、といったところだろう。僕は泣き出しそうな曇天を見上げながら緩慢に歩み、輪の中へ舞い戻った。




