Track58「君の音」
「んー、じゃあ皆で行こうか。幸君も一緒に」
「嫌ですよ! 皆さんだけ行けばいいじゃないですか!?」
「モモは屋上だって」
「隼君、意外と使える」
「意外とは余計です」
「じゃあ行くぞ」
「ちょっ……!? やめ……!?」
「やめない。だってお前このままじゃ来ねぇだろ」
「彩斗ナイス!」
「四季はうるさい」
「彩斗さん! 離してください!」
不意に浮いた身体に吃驚を浮かべる。彩斗さんが僕を肩に担ぐものだから、抵抗らしい抵抗は出来なかった。
「嫌だったら本気で抵抗して逃げてみたら?」
「へ、変に動いて落とされたりしたら……」
「へぇー、幸は俺に落されると思ってんだ」
「思ってませんよ!」
この人は本当に意地悪だ。そんな言い方をされたら、大人しくせざるを得ないじゃないか。四季さんが扉を開け、彩斗さんが僕を担いだまま廊下に出る。隼さんは動く気配はなく、四季さんがそれをジッと見つめていた。
「隼君は行かないの?」
「俺、ココで待ってます。面倒なんで」
「いいのー? 隼君だけ仲間外れ……」
「いいんですか? 早く行かなくて」
「そ、じゃあ留守番よろしく!」
扉の閉まる音が閑散とした廊下に響いた。こんな姿を誰にも見られなくて良かった、と安堵してから片頬を吊り上げる。四季さんと絡まった視線が、僕を逃がしてはくれないことを告げていた。
彩斗さんが先陣を切って進んでいく。その後ろを四季さんが付いていくものだから、僕とずっと目が合ったままだ。エレベーターに乗っても、屋上へ向かう間の廊下も彼が視線を逸らすことはない。ただただ不気味な笑みを浮かべ、何を言うでもなく、ずっと後ろを歩んでいる。僕は額に脂汗を浮かべながら、それでも虹彩を動かす勇気もなく公開処刑を待たざるを得なかった。
「逃げたら殺される……」
「なにか言ったか?」
「いえ……彩斗さんは訊かないんですか? 二階堂さんの言葉の意味を」
「話して貰うよ。でも俺だけじゃない。皆に話して貰う」
ここまで話が大きくなったら至極当然だろう。モモさんが居るとロクなことにならない。心底あの人は邪魔だと苛々を募らせていれば四季さんが口を開いた。
「幸君」
「なんですか」
「やっと君の音が聞けるね」
「僕は弾くなんて言ってません……!」
「そう」
満面の笑みが気持ち悪い。背中越しに扉の開閉音が響いたかと思えば、窒息しそうなほどの暑苦しさに襲われた。曇天とは思えない程の熱気だ。クーラーに甘やかされていた身体には結構堪える。僕は全身から噴き出す汗に気持ち悪さを覚えていた。
緩慢に身体を下ろされ、両足が地面に着く。覚悟を決めて背を仰げば、アスファルトに項垂れる透子さんと、落下防止用の柵に掴まって項垂れるモモさんが居た。
「これ、どういう状況です?」
「あ……はぁ、はぁ……皆、来たのね……モモちゃんを止めてくれない、かしら……」
「透子さん……これは一体?」
「モモちゃんが階段を登っていくものだから追いかけたのよ……でも自分の体力を舐めてたわ……吐きそう……」
「大丈夫ですか!?」
「ええ……それよりモモちゃんを止めてくれない? 死ぬって言い出してて……」
「モモさんフェンスの前で力尽きてますけど?」
「え……? そうなの? 目が霞んで……」
「とりあえず透子さんは休んでください!」
恐る恐る訊ねる二階堂さんに透子さんが細切れに答える。今にも倒れそうな顔色は見ているだけで心配になるようなものだった。
「モモ! とりあえずコッチ来い!」
「彩斗さん!?」
気付いてなかったのか、と内心突っ込まざるを得ない。当の本人は慌ててフェンスを掴み、足を掛けると登って行った。




