Track56「過去に戻りたい」
「彩斗には釘を刺しておいたよね?」
「皆にバレるような音を打ち込む四季が悪い」
「それプログラムの問題だからね!? てか皆知ってたの!?」
「楽器をやる人間なら誰でも分かるわよ。馬鹿なの?」
「モモちゃん辛辣~」
「まぁ四季さんは楽器出来ないって言ってたから当然かもしれないけどね」
「少なくとも音楽好きの耳は誤魔化せないってことだな」
「はぁー、俺の努力。で、幸君の話はどうなったの?」
僕にではなく彩斗さんに訊くあたり、二階堂さんはは本当に周りを見ている。何もかも見透かされているような気がして居心地が悪かった。
「話し始めたあたりでお前が来たんだよ」
「マジか」
「マジだよ」
腕を組んだ彩斗さんが形勢逆転とばかりに二階堂さんを見下す。笑顔で色々なものを誤魔化そうとする彼は僕をチラリと見た。助け船を求めている、という感じではない。いや、助け舟を求めるのなら僕にではないだろう。なら、この視線の意味は? 考えても分からないものは、いくら考えようとも分からなかった。
「僕は……人を信じてみたいのか、そうじゃないのか分かりません。頭の中は、ぐちゃぐちゃだし、さっきの言葉の意味も分からない」
「さっきの言葉?」
「皆が僕を心配してるってやつです」
二階堂さんの登場で幾許か冷静になった思考が記憶をなぞっていく。僕が発した言葉が〝いけない〟ことなど分かっていた。それでも反発したくなるのは、僕が人を疑わしいと思っているからなのだろう。
「心配ってなんですか? 僕を分かったつもりで慰めることですか? それともピアノが弾けるようになる為に何かをすることですか? それとも僕を褒めること? 傷を舐め合うみたいにココに置くこと? 僕の望みを叶えること? 皆さんはどれをとって〝心配〟って言ってるんですか?」
「幸」
「なんですか、彩斗さん」
「お前、一番初めに何を言いかけたんだ?」
「一番初め?」
「『彩斗さんは過去に……』その続きはなんだったんだ?」
「僕の質問に対する答えがまだです」
「それを答えてくれたら答えるよ」
「彩斗さんは過去に戻りたいと思ったことはありますか?」
「幸君、それは……」
「二階堂さんには訊いてません」
何故、彼が止めるのだろう。否、焦っているとでも言うべきか。逸早く言葉を連ねた二階堂さんは落ち着かない様子で口を噤んだ。恐らく僕と彩斗さんを天秤にかけているのだろう。卑しい大人は損得でしか物事を考えられないらしい。
「あるよ。むしろ、ずっと思ってた。俺、交通事故で仲間を失くしてるんだ。それで自分だけの世界に閉じこもってた。毎日歌って、過去に縋りついて、みっともない毎日を過ごしてたんだ。
幸には話したことがあったよな。俺は自分の人生を棒に振ってまで、亡くした人間に時間を捧げてた。大抵の人間はこう言うと思う。『無駄な時間だ』って。でも俺は、その時間が無ければココにいなかった。四季が無理矢理、俺を、この世界に連れ出したから幸に出会えた。透子さんにも、モモにも、隼にも出会うことが出来た。またバンドのボーカルになれた。失望の先に俺は未来を見つけた」
彼も、また大切な人を失っていたのか。僕より周りの方が吃驚を表す。二階堂さんだけが複雑そうな表情を浮かべていた。彼は全てを知っていたということだろう。
成る程、と溜飲が下がる。彼は彩斗さんのバンドを再現しようとしているのだ。だからメンバーを集めた。つまるところ二階堂さんにとっては僕じゃなくてもいい。ノアブルがノアブルである為に必要なのは彩斗さん一人。それに気付かれたくがない為に、僕の問いに対し怪訝な表情を浮かべたのだ。
「だから俺は仲間を捨てられない。幸のことも見捨てない。人間、面倒臭い時期ぐらいあるからな。俺はそれを知っているし、皆もそれを知っている。傍から見たら傷の舐め合いでも、俺達は自らの傷を乗り越えたくてココに集ったんだ。だから、どうにかしたいと思う人間を助けたいと思うのは当たり前のことなんだよ。ってのが俺の答え。幸の欲しい答えだったか?」
「全然ですね。全然、僕のこと分かってないじゃないですか……」
「アンタはまだそんなことを言うの!?」
衝撃が走り抜け、痛覚が僕を打つ。頬を打たれたのだと理解した瞬間、左頬が熱くなった。緩慢に首を元の位置に戻す。見上げた先には、号泣するモモさんがいた。




