表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ねぇ、戻りたい【電撃大賞4次落選作】  作者: 衍香 壮
Fourth Single「Rejection」
52/83

Track51「不協和音」

 皺寄せは割と早く訪れる。合唱祭でピアノを弾いて欲しい、と言われたのだ。当然、耳の聞こえない僕に出来るわけなどない。それでも断れないまま練習に参加し、怒声を浴びせられた。




 ——ふざけてるの!? ちゃんと指揮を見なさい!




 指揮を見てどうするのだ。僕の耳に届くのは不協和音と称するに相応しい合唱のみ。美しい音を奏でるピアノの旋律など聞こえない。それから僕は「出来ません」の一言が言えぬまま練習をサボり続け信用を落とした。けれども、伴奏がいなければ困るかもしれない。そんな懸念を拭いきれず、本番のみ顔を出した。そこに在ったのは——。


「軽蔑の眼差し」


 僕は注目されることが好きだった。けれども、それは〝称賛〟の場合のみ。非難の目を向けられて平気で居られるほど強くはなかった。それからは学校に行っていない。中学も数度登校したのみで通ってはいなかった。悪評は止まることを知らず、僕を知らない人も僕を中傷する。そんな環境に身を置くことは出来なかった。


 ピアノを弾けない理由は分かりきっている。治そうとすれば簡単に治るだろうことも。けれども、それで何が変わるというのだ。普通に出来てしまったら彩斗さんは褒めてくれるかもしれないが、あの頃に戻れるわけじゃない。むしろ、また捨てられてしまうかもしれない。


 ちゃんと分かっている。僕が聞きたくないのは自身のピアノではない。〝お兄ちゃんのヴァイオリンなのだ〟と。兄と慕った隣人は既に他人に成り下がっている。彼のヴァイオリンを聞きたくないと願った日から、僕は楽器の音が聞こえなくなってしまった。聞こえなくなってしまったのではない。きっと聞きたくないと願ってしまったのだ。僕は未だに思っている。だって、踏み出さないというのは、変わらないというのは、なによりも楽だから。


 傷付きたくない。そう思って何が悪い。彩斗さんを一人占めできる時間が無くなってしまうのなら、ピアノなんか弾けないままで良かった。けれども、それじゃ捨てられる。ならば答えは決まっていた。あとは踏み出す勇気だけ。


「それが難しいんだよ……」


 風に乗って聞こえてくるのは〝London Bridge Is Falling Down〟お兄ちゃんの鼻歌はきっとヴァイオリンと共に煌いていることだろう。けれども、それすら僕には分からない。分かりたい。分かりたくない。戻りたい。音のない世界に、僕は狂ってしまいそうだった。


 相反する二つの思惟。一貫して変わらない感情。持て余した記憶。どれをとっても僕は変われそうな気はしない。でも——


「助けて……」


 思い描くのはいつだって僅かな願いだ。昔みたいに楽しく——


「叶うわけないのくらい分かってる……」


 けれども、僕には願う自由を捨てられない。捕まえた幻に、まだ縋っていたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ