Track4「唯一の秘密」
「どうして俺の歌、歌うって言ってくれないんですか?」
痛いところを突かれ緘黙する。そんな俺を見つめる瞳が、やたら優しいものだから胸が痛んだ。
「俺、音痴なんです」
「あ?」
「音痴なんですけど歌を作るのは好きで、だから彩斗さんに歌って欲しいんです。俺、大好きだったんですよ。彩斗さんが歌う高低差の激しいラブソング」
「……送ってきたのはラブソングじゃねぇだろ」
「好きなのと作れるのは別物なんです。作り手の性というやつですかね。歌詞を言えるってことは曲を聞いてくれたんですよね? メール読んでくれました?」
「ああ」
「じゃあ、そういうことなんです。俺と一緒にバンドやってくれませんか?」
「嫌だ」
「何故?」
「俺は歌えない」
「歌えるじゃないですか。毎日、歌ってるでしょう? 知ってるんですよ」
「だからなんで知ってるんだよ……」
「引かないでくださいよー、だって外まで聞こえるんですもん」
「この部屋は防音だ」
「いくら防音でも窓開けてたら意味ないんですよ」
何も言い返せない。けれども、この話は断るしかなかった。
「あの事故が原因ですか?」
ほら、やはり彼もそのことを口にする。歪んだ貌で彼を見下ろせば「別にいいじゃないですか」と告げる彼がいた。
「彩斗さんが歌っても〝24〟の皆さんは責めたりしませんよ」
「何も知らないくせに勝手なことを言うな!!」
湧いて出たのは怒り。俺の大切なメンバーを貶す彼が許せなかった。
「知りませんよ。俺は、ただのファンですから、バンド内がどうだったかなんて知りません。でも、それを知ってる人達は彩斗さんに、どう接していましたか? いいことありました? なかったですよね」
「そんなことない……!」
真摯な表情を象り、ロフトの階段を上がってくる彼。逃げようにも逃げ場は無かった。
「防音室じゃ誰にも彩斗さんの声は聞こえませんよ。でも外に出れば違う」
「お、まえ……」
「すみません。お家に上がる時に、ご両親に話を聞いてしまいました。引き籠ってもう五年以上なんですよね?」
知られてしまった。誰にも知られたくない唯一の秘密を知られてしまった。腰を抜かし、へたり込む。そんな俺の手を握る彼の手は温かかった。