Track41「マリア」
「テストだけ行ってみたら?」
「え?」
「テストだけ出席してトップとって帰ってくんの。最高にロックじゃない?」
「そんなこと……」
「出来るよ。モモちゃんさえ、やりたいと思えば出来る。だって、人が怖いと思ってたモモちゃんは誰にもそれを悟られないまま、ゲリラライブをやり遂げたじゃん。大丈夫だよ。君の身体は、まだ悲鳴を上げてない。心が悲鳴を上げたなら、俺達〝大人〟が支えてあげる」
「四季さんは気付いたじゃない」
「俺は別」
からからと笑う彼が赤信号で車を止める。少しばかり前後に揺れた身体を直していれば、彼が続きを紡いだ。
「モモちゃんの周りには、一般的に〝失敗〟と言われる体験をした人がいる。透子さんは仕事を辞めて、彩斗は五年以上も部屋に引き籠って出て来られなかった。そうなるまで壊してしまった心を元に戻すのは、とても大変だ。そもそも、壊れたものは二度と元通りにはならない。物が壊れた時だって元通りにはならないでしょ?
人の心は、壊れたロボットみたいに、部品を変えたり出来ないんだ。粉々に壊れてしまった心の欠片を拾って、パズルみたいに組み合わせても、あちらこちらに入った皹がガラクタであった日々を告げる。人はそんな時、心を痛めるんだと思う。……コレ、歌のフレーズにいいね! 使お! モモちゃんメモっといて」
「そんなの自分で覚えておきなさいよ」
少しばかりいいことを言っていた気がするのに、先ほどので台無しだ。「えー」や「ひどいー」と騒ぐ四季さんを私は無視した。
「つまりさ、心は壊れる前に、どうにかしないといけないってこと。モモちゃんの心が壊れるなら学校なんて行く必要はないし、それを自分自身が許せないって言うなら出来る最大限の努力をすればいい。
どちらにせよ学はあって困るものじゃないし、学校に行きたいなら時間は作ってあげる。それがマネージャーの仕事だからね。でも行きたくないのなら行かなくていい理由を作ってあげる。俺が出来るのはモモちゃんの味方だってのを、モモちゃんに教えることぐらいなわけ。だから、たまには人の言葉を受け入れてみたら?」
「……四季さんは学校に行ってたの?」
「行ってたよ。彩斗のお陰でね」
「私も変われるかしら」
「モモちゃんが望むなら」
「私ね〝マリア〟って名前が嫌いだった」
「成る程ね、だからそう呼ばれるのを嫌がってたんだ」
「そう。でも両親は好きだったのよ。今も好き。可愛いって理由だけでロック好きの両親が〝マリア〟って付けたとしても、私は二人が好きだった」
好きなのは事実だが、やはり怒りが湧く。キラキラネームの被害者とは、おおよそこんな気持ちなのだろう。自分で選べないもので馬鹿にされるなど冗談じゃない。
「きっかけは名前。『マリアって変な名前』『外国人みたいで可愛いとでも思ってんじゃない?』そんなことを言われて悔しかった。でも段々、物言いがキツイとか『聖女って感じの性格してないじゃん』とか、名前とかけて私のことを馬鹿にするようになった。それが伝染していってクラスで一人ぼっちになったのよ。小学生の時はそれで終わり。だから中学生になったら、もっと上手くやろう。そう思って私立を受けた。呼び方も『モモって呼んでね』って言って、誰かを傷付けるような言葉選びはやめようって。でも猫かぶりなんて、ちっとも上手くいかなかった。すぐに浮いて、また一人ぼっち。何がいけないのか分からなくて、私は変わることをやめた。鬱憤を晴らすみたいにドラムを叩いて、その様子をネットに上げて……父がドラムをやってたから昔からやってたし自信があったの。初めはね、顔だししてたのよ。中学生で、これくらいできたら凄いでしょ? そんな気持ちが見透かされちゃったのかな。褒めて欲しかっただけなのに、叩かれちゃった……」
「ドラムだけに?」
「四点」
「死の数字」
「それも四点ね」
溢れてきた涙が引っ込む。それでも私の膝の上にある箱ティッシュを人差し指で叩くあたり、泣きそうになったことに気付いているようだった。




