Track3「猫」
*
「初めまして!」
撥ねた語尾に唖然とする。両親ですら開くことのない扉を開け放ったのは、見たことのない男だった。
「だ、れ……?」
「今日は窓開けてないんだねー」
慌ててパーカーのフードを被り、威嚇を繰り出す猫のように距離を取る。離れれば離れただけ近付いてくる男に俺は毛を逆立てた。
「コッチに来んな!」
「なんだ、ちゃんと喋れるじゃん」
「近付くなって言ってんだろ!? お前誰だ!?」
「なんで逃げんの?」
「知らない男が、いきなり部屋に入ってきたら普通警戒すんだろ!?」
「ロフトに逃げたら追い詰められて終わりじゃない?」
「あ」
ロフトの上で叫び散らす俺に闖入者が告げる。思わず声を漏らす俺に噴出する彼は、楽し気に肩を揺らしていた。
「う、うるせぇ!」
「はいはい、すみません! じゃあ改めまして『ラクリマ』の作曲兼作詞者〝ours〟こと二階堂 四季です。メールの返信くれないから直接来ちゃった!」
「来ちゃった! じゃねぇよ! ふざけんな!? んなの信用出来るかよ!?」
「猫みたい」
「猫じゃねぇ!」
「〝たとえばこの歌が誰かに届くなら。掻きむしった喉で、枯れかけた声で。歌え。歌え。歌え。今〟」
イントロの歌詞を紡いだ彼が続きを急かすように、俺へ目配せをする。
「〝たとえばこの声が誰かに届くなら、哀しみを破り捨てて欲しいんだけど、失くしたくない思い出が俺を呼ぶから……〟」
「続き」
「〝忘れない……忘れられない〟」
「〝唄いたい、そう泣いてる。でも、なぞった言葉から想いが溢れ出しそうで怖いんだ〟」
そこまで象った彼が、にこやかに笑う。眼差しの意味が分かった俺は、不服にも関わらず口を開かざるを得なかった。
「「〝泣かせてくれよ。叫ばせてくれよ。今はそれだけでいいから、他には何も望まない。一番欲しいものは、もう失くしてしまったから。叫べ。叫べ。叫べ。今〟」」
重なった声が、彼を作り手だと告げていた。癖のない金の髪を揺らし、俺を見上げた、かんばせが幸せを象る。垂れ目の奥に在る鳶色の瞳を細め、二階堂四季と名乗る男は精悍な顔立ちを緩めていた。温和な美青年と呼ぶに相応しい優し気な目鼻立ちが気に入らない。
「覚えてくれて嬉しいです」
「別に……好きで覚えたわけじゃ……」
「え?」
「なんでもねぇよ!」
「ツンデレですか?」
「聞こえてんじゃねぇか!?」
「聞こえてないですよー、そこからだと声が聞きとりにくいんです! 降りて来てくれません? 俺の話、聞いてください」
「嫌だ!」
「どうしてですかー?」
揶揄うような口吻が気に食わない。俺と同い年ほどに見える彼は、間延びした言葉を操っていた。
「お前が『ラクリマ』の作曲者だとしても、ココまで来るのは異常だからだよ!?」
「ファンだって言ったじゃないですか」
「それファンじゃなくてストーカーだからな!?」
「えー、ひどいなぁ。家、特定するの大変だったんですよ?」
「まず特定すんな! こぇーよ!」
「そんな風に言われたら傷付くなぁ。ねぇ須黒 彩斗さん」
本名を颯爽と告げられ、俺は思わず眉を顰めた。
「本名が分かれば十分ですよ。あとは企業秘密です」
「尚更こぇーよ!? 俺、本名公開してないからな!?」
「そんなこと知ってますよ」
当たり前じゃないですか! と屈託なく告げるものだから警戒心が緩む。人懐っこさが垣間見える彼の方が猫っぽい気がした。