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ねぇ、戻りたい【電撃大賞4次落選作】  作者: 衍香 壮
Third Single「サーカズム」
36/83

Track35「狭い箱庭」

 人を傷付ける言葉が嫌いだ。皮肉。あてこすり。嫌味。それら全てが嫌いだ。だからこそ私は私が嫌い。誰かを傷付けることしか出来ないから。


 そんなつもりはない。そう唱えても、狭い箱庭で、その発言が反響することはなかった。


 心に沁みる口舌とは、どういった類のものなのだろう。面白味のないアイドルソングの歌詞が素晴らしいと称賛する子達が理解出来ない。そう、私は理解出来ないだけなのだ。けれども、それを唇でなぞった瞬間、私の周りは敵意で満ちる。傷付ける気も、批判する気もないのに。


 ——何様なの?


 ——センスなーい。


 ——最悪。


 何を以て最悪と称するのか甚だ謎だが、一つ理解ったことがある。こんなことで傷付いてしまうほど、私が弱い人間であるということだ。


 何故だろう。何故、世界はこうも生きにくく、私を嘲笑するのか。誰のことも嘲笑ったりなどしないから、私を嗤わないで欲しい。呼気を吐きだすことも出来なくなってしまうから——。


「はぁ……」


 溜息を一つ。羊のように数えてみる。けれども、視界を覆う馬鹿でかい現実は変わらず、二つ目の溜息を吐いた。帰りたい、なんて胸中で呟き、爪先を見つめる。それでもプライドの高い自身が、只管〝立ち止まるな〟と告げていた。


「どうして意地張っちゃったんだろ……」


 自分にも出来る気がした? 否。悔しかった? 否。彩斗さんに認めて欲しかった?


「そうかも……」


 生温い風に髪が靡いた。そのまま私の言葉を掻き消していくそれは意地が悪いのか親切なのか。お蔭様で通学路にも関わらず、私を気にする人間はいなかった。


 ゲリラライブは大成功を収め、もう出来ないらしい。混雑を呼ぶほどの人気者は、道端で楽器を奏でることも出来ないそうだ。あまりの人気に歌番組の出演依頼が来たが四季さんが蹴ったらしい。「ラクリマ」は化粧品のCMでタイアップも決まったけれど、撮影は未定のことだった。


 順調過ぎる滑り出しなのは中学生の私でも分かる。恐らくこれからは学校に通うことも出来なくなるだろう。そう四季さんに言われ、内心喜んでいた。公的に学校へ行かない理由が出来たのだ。喜ばないわけがない。そんな時、彩斗さんが「本当に行かなくていいのか?」と告げた。深い意味などないのだろう。それでも私に「じゃあ行くわ」なんて言わせるのには十分な言葉だった。


〝子供の恋愛〟〝そんなことで?〟私が彼を好きだと告げたなら、周りの人間は口を揃えて、そう言うのだろう。それでも、初めて認めてくれた人を好きにならないわけがなかった。いや、初めて感じる〝男の香り〟に私の中の〝女〟が目覚めただけなのかもしれない。それでも、あの大きな掌に撫でられた時、心が温もりに満ちる感覚に襲われた。コレが幸せというものなのか、と理解し、二度目を望んでしまった。要は褒められたかったのだ。


 二度と門を潜ることはないだろう。そう思っていた校門が目の前に迫る。コレを潜れたら彩斗さんは、きっと褒めてくれる。授業に出たら彩斗さんは、きっと褒めてくれる。放課後まで過ごしたら、部活まで出たら——頭の中で反芻し、蝉の声に侵されていく。虫の羽音が耳元で響き、擦れた音に私は逃げ出した。すぐさま踵を返し走り出す私を、同じ制服の子達が振り仰ぐ。それに知らないフリを決め込みながら、ひたすら走った。


 悔しい。悔しい。悔しい。唇を噛み締め、全身から吹き出す汗を忌々しく思う。真夏の曇天は過ごしにくい。暑苦しい外気は変わらないのに、湿度が酸素を奪っていくのだ。喉元まで水に浸かっているかのような錯覚に侵されながら、私は足を止めることをしなかった。


 暫くそうして、ゆっくり歩みを遅める。辺りを見渡せば事務所の近くに来てしまったことが分かった。彩斗さんのことを考えていたからだろうか。行く先も無い為、そのまま事務所に向かって歩く。時折、車が通り過ぎていくも、私を気にする様子はなかった。

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