Track34「切ない殺戮に手向けの花束を」
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湿った外気。生温い風。雑踏を踏み鳴らして、私達はステージに立った。ステージと言っても、観客と同じ目線のアスファルトだったけれど。
「こんばんはー、Noir Bruteです!」
黒の衣装に身を包み、私達は定位置で辺りを見渡す。逢魔が時に彩斗君の声がマイク越しに響き、モモちゃんが煽るようにドラムを叩いていた。音響は空に吸い込まれ、人々の視線を釘付けにする。
「のあーるぶるーと……?」
「え!? ノアブル!?」
「そういえば昼にノアブルが、どうのこうのって、あれガセじゃなかったの!?」
「いやいや偽物でしょー?」
「本物!?」
「ノアブルの曲、聞いてくれたかなー!?」
よく通るMCに合わせて歓声が上がっていた。初めて受けた熱気に呑みこまれそうになる。彩斗君は楽し気に声を上げていたが、緊張がせり上がってくるのが分かった。それでも昼のように嫌な感じでは無い。歓迎されていることに血が滾っていた。
ギターが鳴ることを確認し終えた頃、隼君と目が合う。そのまま彩斗君に目配せすると、楽し気に頬を吊り上げるのが見て取れた。
「じゃあ、この曲は知ってるよな? 聞いてください! 『ラクリマ』」
指が悴むことはなかった。流暢に鳴り響く音が、合わさる声が、私達の間に絆を形作る。観客とバンドメンバーを繋ぐのは感動と快然。私は、それらに身を任せながらギターを掻き鳴らした。
「ありがとうございましたー! それでは新曲聞いてください! 『ルシッドドリーミング』」
ルシッドドリーミングとは明晰夢を指す。夢の中で彷徨いながらも自由になりたいと嘆く少女は幼い頃の私のようだった。
逃げ場所は夢の中。自由なのも夢の中。御伽噺に憧れて、王子様を探してた。けれども、現実にも王子様はいたらしい。望んだ通り金髪の王子様だ。
「〝たった一回踏み鳴らした足が不協和音を奏でてた
誰かに合わせた嘲笑が いつのまにか私を笑う
どうだって良かった筈なのに どうでも良くなくなった頃 世界が私を指差した〟」
やっぱり彼の声は素敵だ。低くて、掠れてて、色っぽい。背筋が粟立つのは、私が彼を愛しいと思っているからだろうか。
「〝踊った視界におどけてみせた
ねぇ笑っちゃうでしょ?
こんな私 滑稽でしょ?
壊してみせてよ〟」
壊せるものなら壊していた。こんな世界で生きたくなかった。本気になっているつもりで、私は本気で生きたことなどなかった。だから自身で握り潰したのだ。死にたかったから。
「〝ルシッドドリーミング 夢の中でくらいは自由でいさせてよ
ルシッドドリーミング 歩くことくらい自分でやってみたいのよ
置き去りにするなら 私を殺して〟」
切ない殺戮に手向けの花束を。ワンコーラスだけのサプライズは、けたたましい拍手の渦を起こした。
「ありがとうございましたー!」
音の余韻に浸る私達を、彩斗君が現実に引き戻す。刹那、噴出したガスが視界を覆った。慌てて撤退作業を始めた私達に彼が「撤収、撤収」と告げる。
「透子さん! 出来たじゃん、お疲れ様」
私の耳介に直接吹き込んだ彼が、モモちゃんと幸君を迎えに行く。颯爽と退散したモモちゃんとは違い、足元の覚束ない幸君は彩斗君に手を引かれていた。
「何してんすか、行きますよ」
それを眺めていた私を隼君がせっつく。少しばかり幸君が羨ましかった。私も幼かったら、あんな風に面倒を見て貰えたのだろうか。そんな妄想に浸りながら、ワゴン車に駆け込む。気分は高揚したままで、心臓は快感に波打っていた。
「今日は良い夢見れるかも」
「何か言いました?」
「何でもないわ」
「おまじない、効きましたね」
「そうね……ありがとう。彩斗君」
逃げ場所じゃなく、素敵な場所に。私の居場所がココでありますように。




