Track32「ライナスの毛布」
「ギターはいつから?」
「え? 学生の時に叔父がくれたのよ。やめていたんだけど、起きられるようになってからまた始めたの。時間だけは沢山あったから」
「さっきも人の目が怖かった……?」
独る彼に答えるべきなのか戸惑う。結局、口を開かずいれば、視線がかち合った。
「透子さん、さっき楽器弾いてた時どうでした?」
「えっ、どうって?」
「気持ちよくなかったですか?」
「たしかに、そうね。気分が上がると言うか……」
「ライブする時ってハイになるんですよね。透子さん……イントロのギターは音が綺麗だったのに、途中から濁ってたんです。もしかして人が気になって集中力が切れてたんじゃないですか?」
「そうかもしれないわ……人がコッチを見てたから……」
「ライブで人に見られないってことは無理ですよ」
「そう、よね。自分でもこんなになるとは思ってなくて」
力一杯スカートを握る。足元に視線を追いやっていれば、右手に温もりを感じた。
「透子さんにとって精神安定剤ってなんですか?」
「え?」
「好きなものとか、落ち着くおまじない、好きな人。なんでもいいんです。透子さんにはライナスの毛布ってありますか?」
「……手」
「手?」
「いつも……頭を撫でて貰ったの。小さい頃、私は母の背に隠れてばっかりだったから。それをして貰うとね、不思議と不安が消えていつも成功するのよ。だから……え?」
「頭、撫でて貰うんでしょ?」
「そ、そうだけど……!」
万華鏡のような瞳が間近にある。それに頬を染め俯くも、彼が頭を撫でるのをやめることはなかった。そういえば、パニックになった時も彼に頭を撫でて貰った気がする。そう思うと更に身体が熱くなった。
「効きそうですか?」
正直、それどころじゃないです。なんて言えるわけもなく黙り込む。心臓は激しく律動を告げているし、心は落ち着くどころか慌ただしく波打っていた。
「透子さん?」
こんな時に自覚するなんて、と羞恥に襲われる。恋というのは、こんなに簡単に落ちてしまえるものだったのか。〝恋は落ちるもの〟と自身の辞書に記す。なんとか取り戻そうとした平常心は遥か彼方へ飛んで行き、代わりに津波のような愛しさが押し寄せた。
年下の男の子に恋をするだなんて、はしたない。そう思うのに、髪を撫ぜる手は優しく私の心を解いていく。思った以上に大きな掌は頭を覆い隠してしまえそうで、間近に迫る彼は精悍さを醸し出していた。
いい匂い、とは違う気がする。けれども彼独特の匂いは、けして嫌なものではない。腕に抱いて欲しいと伸ばしそうになる手を必死に諫める。これがモモちゃんなら迷いなく抱き付いたことだろう。けれども、全て好意から動いてくれているだけの彼に何が出来る。否、してはいけない。ましてや二十七の女のアプローチなど迷惑でしかない筈だ。
自身で出した答えに胸が痛む。針でも刺したかのような、チクリという感覚が疼痛に変わっていった。恋が痛いというのは、こんな感じなのか、と力なく口端を吊り上げる。それを見止めた彩斗君は何かを勘違いしたようだった。




