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ねぇ、戻りたい【電撃大賞4次落選作】  作者: 衍香 壮
Second Single「ルシッドドリーミング」
30/83

Track29「憂鬱」

 *


「二曲歌ったら即退散だからねー! 聞いてるー? ボーカルの人ー?」


「聞いてるよ! すっげぇあっついんだからほっとけクソが!!」


 炎天下に晒されながら立ち位置の確認をする。その最中、彩斗君が怒気を発していた。それもその筈だ。アスファルトからの照り返しは辛いし、楽器は熱を発している。黒を基調にしたパンク風の衣装を身に纏えば、さぞかし熱を吸収することだろう。それを思えば今から憂鬱だった。


「大丈夫? 幸君?」


 汗を拭いながら背後の幸君を仰ぐ。私達が音の響きを確かめる中、幸君はただ黙ってキーボードを眺めていた。暑さにやられたのだろうか。ベースやドラムに負けぬよう私は更に声を張り上げた。


「幸君!」


「は、はい。なんですか?」


「大丈夫? ワゴン戻って休憩する?」


「大丈夫です。少し暑くてビックリしただけなので」


「ずっと家にいると分からなくなるわよね」


「え? 何か言いました?」


「なんでもないわ。倒れる前に誰かに言いなさいね!」


「はい!」


 額の汗を拭って周りを見やる。好奇心を映し出した視線は居心地の良いものではなかった。元々、目立つことは苦手なのだ。気にしないようギターを掻き鳴らすも、気が散るばかりで集中することは出来なかった。


 車の音はない。それでも人の足音と電車の音は絶え間なく響ていた。信号のメロディー。誰かの鼻歌。そのどれもが、けたたましく鳴り響き私の手を凍らせる。これではダメだ、と自身を諫めようとするも凍える身体が言うことを利かない。


 どうしよう。どうしよう。どうしよう。幾度となく反芻した言葉が血潮と共に回っていく。血の巡る音と、心臓の音が私の鼓膜を襲っていた。


「はぁ……はぁ……」


 呼気が浅くなる。目眩がするのは気のせいだと思いたかった。


「皆いいー? 一回リハしようかと思うんだけどー?」


 四季君の声に助けられる。一気に現実に引き戻されたことで、深呼吸をすることが出来た。彩り豊かな賛成の声。私も慌ててそれに混ざり、ピックを構えた。




 ——大丈夫。大丈夫。




 逡巡した言葉を象り、イントロのギターソロに集中する。私と彩斗君の音に、皆の音が注ぎ足されていく様は鮮やかで、今迄にない感覚に襲われた。


「え? この曲ノアブルじゃない?」


「ノアブルって?」


「今ネットで話題になってるんだよ! この声絶対本物だよ!」


 自身より二、三歳年下だろう女性が歓喜と共に拍手を繰り出している。そんな彼女らに四季君が何かを告げるも、視線が外れることはなかった。そのうち、どんどん人が集まってくる。私はあちこちに視線をやり、息を荒げた。




 ——頭、痛い。耳鳴りがする。息が苦しい。死ぬ。死んじゃう。死んじゃう。死んじゃう。死んじゃう。




 頭一杯に〝死〟の単語が浮かぶ。いつしか私の指は動かなくなっていた。隣にいた隼君が此方を見ている。恐らく背後の幸君もモモちゃんも私を見ている筈だ。こんな姿、誰にも見られたくなかった。




 ——嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。




「落ち着け」


 黒い布が視界を駆ける。それに覆われ吃驚に顔を上げると、汗だくの彩斗君がいた。


「立てるか?」


 首がもげてしまいそうなほど首肯し涙を堪える。立つのを手伝ってくれた彼は私の頭を撫で、ワゴンまで付き添ってくれた。

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