Track29「憂鬱」
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「二曲歌ったら即退散だからねー! 聞いてるー? ボーカルの人ー?」
「聞いてるよ! すっげぇあっついんだからほっとけクソが!!」
炎天下に晒されながら立ち位置の確認をする。その最中、彩斗君が怒気を発していた。それもその筈だ。アスファルトからの照り返しは辛いし、楽器は熱を発している。黒を基調にしたパンク風の衣装を身に纏えば、さぞかし熱を吸収することだろう。それを思えば今から憂鬱だった。
「大丈夫? 幸君?」
汗を拭いながら背後の幸君を仰ぐ。私達が音の響きを確かめる中、幸君はただ黙ってキーボードを眺めていた。暑さにやられたのだろうか。ベースやドラムに負けぬよう私は更に声を張り上げた。
「幸君!」
「は、はい。なんですか?」
「大丈夫? ワゴン戻って休憩する?」
「大丈夫です。少し暑くてビックリしただけなので」
「ずっと家にいると分からなくなるわよね」
「え? 何か言いました?」
「なんでもないわ。倒れる前に誰かに言いなさいね!」
「はい!」
額の汗を拭って周りを見やる。好奇心を映し出した視線は居心地の良いものではなかった。元々、目立つことは苦手なのだ。気にしないようギターを掻き鳴らすも、気が散るばかりで集中することは出来なかった。
車の音はない。それでも人の足音と電車の音は絶え間なく響ていた。信号のメロディー。誰かの鼻歌。そのどれもが、けたたましく鳴り響き私の手を凍らせる。これではダメだ、と自身を諫めようとするも凍える身体が言うことを利かない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。幾度となく反芻した言葉が血潮と共に回っていく。血の巡る音と、心臓の音が私の鼓膜を襲っていた。
「はぁ……はぁ……」
呼気が浅くなる。目眩がするのは気のせいだと思いたかった。
「皆いいー? 一回リハしようかと思うんだけどー?」
四季君の声に助けられる。一気に現実に引き戻されたことで、深呼吸をすることが出来た。彩り豊かな賛成の声。私も慌ててそれに混ざり、ピックを構えた。
——大丈夫。大丈夫。
逡巡した言葉を象り、イントロのギターソロに集中する。私と彩斗君の音に、皆の音が注ぎ足されていく様は鮮やかで、今迄にない感覚に襲われた。
「え? この曲ノアブルじゃない?」
「ノアブルって?」
「今ネットで話題になってるんだよ! この声絶対本物だよ!」
自身より二、三歳年下だろう女性が歓喜と共に拍手を繰り出している。そんな彼女らに四季君が何かを告げるも、視線が外れることはなかった。そのうち、どんどん人が集まってくる。私はあちこちに視線をやり、息を荒げた。
——頭、痛い。耳鳴りがする。息が苦しい。死ぬ。死んじゃう。死んじゃう。死んじゃう。死んじゃう。
頭一杯に〝死〟の単語が浮かぶ。いつしか私の指は動かなくなっていた。隣にいた隼君が此方を見ている。恐らく背後の幸君もモモちゃんも私を見ている筈だ。こんな姿、誰にも見られたくなかった。
——嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。
「落ち着け」
黒い布が視界を駆ける。それに覆われ吃驚に顔を上げると、汗だくの彩斗君がいた。
「立てるか?」
首がもげてしまいそうなほど首肯し涙を堪える。立つのを手伝ってくれた彼は私の頭を撫で、ワゴンまで付き添ってくれた。




