表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ねぇ、戻りたい【電撃大賞4次落選作】  作者: 衍香 壮
First Single「ラクリマ」
3/83

Track2「恋に落ちる瞬間」

 引き籠るまで、俺はバンドでボーカルを務めていた。


 根暗でも無ければ、友達がいないわけでもない。ほどほどの人数と付き合い、ほどほどに楽しい毎日を過ごしていた。


 皆でメジャーデビューするんだ、なんて言い合って、動画投稿サイトにライブ映像を上げていた日々が懐かしい。ファンも増え、箱を満員にする日々は充実していて幸せだった。


 けれども俺は、もう歌えない。否、歌うことは出来るのだ。しかし、外に出ることだけが、どうしようもなく怖かった。


 全て俺のせいだ。仲の良かったバンドメンバーは、俺のせいで決裂してしまったのだから。だからこそ今更〝ファンだ〟〝自分が作った歌を歌って欲しい〟そう言われても歌う気にはなれなかった。


「歌う気なんかなかったのに……」


 絞り出した声が嗚咽に変わる。胸懐では歌いたいと嘆く自身がいた。俺は、どれほど欲深い人間なのだろう。


 この曲じゃなければ、そんな風には思わなかったのだ。けれども、響いたサウンドは激しいまでの濁流で俺を呑み込み、恋に落ちる瞬間の少女の如く俺を虜にした。歌詞は俺の人生をなぞり、助けを求める声に応えている。それでも、笑えない俺には〝笑っていて〟と歌うことが出来なかった。


 咎められている。自身は笑みを象ることを赦されない。いつしかそんな風に思うようになり、気付けば見えない糸に縛られていた。正答は分かりきっている。けれども、俺の為に綴られた歌を誰かに明渡せるほど聖人になれなかった。


 なんて狭量な人間なのだろう。拳を握り、唇を噛み締める度、俺は自身を責めた。歌われない歌は可哀想である。そう思うのに、お気に入りの玩具を取られまいと肩肘を張る俺は、情けないと分かっていても、どうにも出来なかった。




〝たとえばこの歌が誰かに届くなら

 掻きむしった喉で 枯れかけた声で

 歌え 歌え 歌え 今


 たとえばこの声が誰かに届くなら

 哀しみを破り捨てて欲しいんだけど

 失くしたくない思い出が俺を呼ぶから

 忘れない 忘れられない


 唄いたい そう泣いてる

 でも、なぞった言葉から想いが溢れ出しそうで怖いんだ


 泣かせてくれよ 叫ばせてくれよ

 今はそれだけでいいから

 他には何も望まない

 一番欲しいものは もう失くしてしまったから

 叫べ 叫べ 叫べ 今


 たとえば涙痕を罪深いと嘆くなら

 懺悔する場所をどこに託せばいい?

 失くした人達が君を呼ぶなら

 助けたい 助けてあげる


 蹲る君に手を差し伸べたい

 でも、勇気がないから遠回りばかりを続けてる


 そんなに嘆くのなら 歌に乗せて

 君の心を教えてくれよ

 他に何を望めばいい?

 約束だけでいいから コッチを向いて

 辛い 辛い 辛い 今


 たとえば旋律が君に届くなら

 掻きむしった喉で 枯れかけた声で

 歌え 歌え 歌え 今


 歌ってくれよ 笑ってくれよ

 君の力になりたいんだ

 箱庭の世界は飽きただろう?

 そんなに泣きたいのなら 泣いていい


 泣いていいから 泣いてもいいから

 最後には笑っていて

 あの時の君に 戻って欲しいだけ

 感謝なんかいらない 涙拭わせて


 笑え 笑え 笑え

 歌え 歌え 歌え 今〟




 俺が立ち止まっているのを、知っているかのようだった。けれども俺は、この歌の〝誰か〟みたいに強くはなれない。俺の声を好きだと言ってくれた人に、こんな情けない姿を見せたくはなかった。


 ならば、どうすればいい。答えは簡単。無理であることを記したメールを送ればいいだけだ。けれども、それは今日も出来ない。


 喚いて、歌って、精神安定剤を投与するかのように、この歌に縋る。泣きじゃくる子供のような俺は「ラクリマ」というタイトルにピッタリだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ