Track2「恋に落ちる瞬間」
引き籠るまで、俺はバンドでボーカルを務めていた。
根暗でも無ければ、友達がいないわけでもない。ほどほどの人数と付き合い、ほどほどに楽しい毎日を過ごしていた。
皆でメジャーデビューするんだ、なんて言い合って、動画投稿サイトにライブ映像を上げていた日々が懐かしい。ファンも増え、箱を満員にする日々は充実していて幸せだった。
けれども俺は、もう歌えない。否、歌うことは出来るのだ。しかし、外に出ることだけが、どうしようもなく怖かった。
全て俺のせいだ。仲の良かったバンドメンバーは、俺のせいで決裂してしまったのだから。だからこそ今更〝ファンだ〟〝自分が作った歌を歌って欲しい〟そう言われても歌う気にはなれなかった。
「歌う気なんかなかったのに……」
絞り出した声が嗚咽に変わる。胸懐では歌いたいと嘆く自身がいた。俺は、どれほど欲深い人間なのだろう。
この曲じゃなければ、そんな風には思わなかったのだ。けれども、響いたサウンドは激しいまでの濁流で俺を呑み込み、恋に落ちる瞬間の少女の如く俺を虜にした。歌詞は俺の人生をなぞり、助けを求める声に応えている。それでも、笑えない俺には〝笑っていて〟と歌うことが出来なかった。
咎められている。自身は笑みを象ることを赦されない。いつしかそんな風に思うようになり、気付けば見えない糸に縛られていた。正答は分かりきっている。けれども、俺の為に綴られた歌を誰かに明渡せるほど聖人になれなかった。
なんて狭量な人間なのだろう。拳を握り、唇を噛み締める度、俺は自身を責めた。歌われない歌は可哀想である。そう思うのに、お気に入りの玩具を取られまいと肩肘を張る俺は、情けないと分かっていても、どうにも出来なかった。
〝たとえばこの歌が誰かに届くなら
掻きむしった喉で 枯れかけた声で
歌え 歌え 歌え 今
たとえばこの声が誰かに届くなら
哀しみを破り捨てて欲しいんだけど
失くしたくない思い出が俺を呼ぶから
忘れない 忘れられない
唄いたい そう泣いてる
でも、なぞった言葉から想いが溢れ出しそうで怖いんだ
泣かせてくれよ 叫ばせてくれよ
今はそれだけでいいから
他には何も望まない
一番欲しいものは もう失くしてしまったから
叫べ 叫べ 叫べ 今
たとえば涙痕を罪深いと嘆くなら
懺悔する場所をどこに託せばいい?
失くした人達が君を呼ぶなら
助けたい 助けてあげる
蹲る君に手を差し伸べたい
でも、勇気がないから遠回りばかりを続けてる
そんなに嘆くのなら 歌に乗せて
君の心を教えてくれよ
他に何を望めばいい?
約束だけでいいから コッチを向いて
辛い 辛い 辛い 今
たとえば旋律が君に届くなら
掻きむしった喉で 枯れかけた声で
歌え 歌え 歌え 今
歌ってくれよ 笑ってくれよ
君の力になりたいんだ
箱庭の世界は飽きただろう?
そんなに泣きたいのなら 泣いていい
泣いていいから 泣いてもいいから
最後には笑っていて
あの時の君に 戻って欲しいだけ
感謝なんかいらない 涙拭わせて
笑え 笑え 笑え
歌え 歌え 歌え 今〟
俺が立ち止まっているのを、知っているかのようだった。けれども俺は、この歌の〝誰か〟みたいに強くはなれない。俺の声を好きだと言ってくれた人に、こんな情けない姿を見せたくはなかった。
ならば、どうすればいい。答えは簡単。無理であることを記したメールを送ればいいだけだ。けれども、それは今日も出来ない。
喚いて、歌って、精神安定剤を投与するかのように、この歌に縋る。泣きじゃくる子供のような俺は「ラクリマ」というタイトルにピッタリだった。