Track26「幸福の王子様」
夢の中で、いつも思う。幸福の王子様にはいつ会えるのかな、と。そんな私が揺蕩う現実は、いつだって優しくはない。
お伽噺に憧れて、いつしか夢は錆びついて、居場所はとうに消え失せた。けれども未だ席を求め、伸ばす勇気のない手に「悴んでしまったの」と嘘を吐く。嘘はいつしか真実になり私を呑み込むのに、それに気付くことは出来なかった。
馬鹿らしいのは分かっている。それでも私はシンデレラになりたかった。ガラスの靴を片手に王子様が迎えに来てくれる。そんな夢物語を信じていたかったのだ。
「はぁ……死にたい」
明晰夢。それは睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であるとを自覚しながら見ている夢のことだ。私は幼い頃から逃げ場所として、いつもココを使っていた。
一面の花畑の上に寝そべり、澄んだ青色の空を見つめる。偽物の空も慣れてしまえば、指先一つで雲を作り出すことが出来た。
ココでは私が神様だ。宇宙を願えば、空は紺碧を彩り数多の星々を形作るし、妖精を思い浮かべれば、ファンタジー映画に出てくるようなフェアリーが私を迎えに来た。楽しくて、楽しくて、現実で強く生きることが出来なかった私には天国に思えた。けれども——。
「時間……」
目が醒めてしまえば終わりである。私はスマホのアラームを止め、枕に顔面を押し付けた。カーテンから漏れる朝日が眩しい。それを、ぼうっと眺め、次いで自身を諫めた。
「起きて……行かなくちゃ。今日はゲリラライブの打ち合わせ……」
今日の午後六時に初のゲリラライブが企画されている。それの最終打ち合わせの為、昼前に集合するよう四季君に言われているのだ。寝坊するわけにはいかない。
怠惰な生活で緩みまくった身体を叱咤し、着慣れたシャツに袖を通す。ストッキングに足を差し込み、パステルカラーのスカートを纏えば着替えは完了だ。私は欠伸を噛み殺しながら朝の仕度をしに、自室のある二階から一階へ足音を鳴らした。
古い木造住宅が音を上げる。廊下を歩く度、家が悲鳴を上げていた。今日は誰も居なかった筈。そんなことを思いながら、いつも通り柱の陰から人がいないかを伺った。
「よかった……」
胸を撫で下ろしながら向かった洗面所もレトロな出で立ちで、年季が入っている。接触不良で点滅する電気もいつも通りだった。
「透子」
「お、母さん」
洗顔を終え、顔を拭っていたところで声を掛けられる。六〇を過ぎ年老いた母は、疲れ果てた表情で鏡越しに私を見ていた。
「そんなに驚かなくてもいいでしょう?」
「ごめんなさい……今日は外出すると言っていたものだから」
「謝らなくていいのよ。どこに行ってくるの?」
「し、仕事を探しに行ってくるの。お父さんも老人ホームに入ってお金が掛かるでしょう? 私も、そろそろ働かなくちゃって」
「そう。気を付けて行ってきなさいね」
「はい。行ってきます」
鏡の中から消え失せた母が玄関へ向かっていく。扉の開閉音が響くと同時に、止めていた息を吐き出した。




