Track24「僕の音」
「……またピアノが弾けるようになりますか?」
「どうだろうな……協力はするけど約束は出来ない。でも幸は、まだ若いからな。早く始めるに越したことはないと思うぜ。ココにあるのが〝いつか〟って気持ちなら、そのいつかを〝明日〟にする可能性に賭けてみないか?」
「ピアノは好きです。でも……ここで断ったら彩斗さんに、もう会えなくなるんですよね?」
彼の心臓を指差す。ソレを一瞥した幸は俺の目を見据え、力なく唇を吊り上げた。下手くそな笑みを象った彼が、これまた下手くそに言葉を発する。
「二人目です」
なんのことだろう。囁くようなそれは小雨のように静寂を象っていた。
「耳が聞こえないって気付いてくれたのは、彩斗さんが二人目でした」
両親は気付いてくれなかったのだろうか。いや、もしかしたら彼が気付かせなかったのかもしれない。この年頃の少年は人に弱みを見せることが苦手なのだ。
「僕は楽器の音が聞えないんです。だから彩斗さんの声に合わせて弾くことなら出来ます。でも、僕が鳴らした音は綺麗なメロディーにはなりません……聞えない僕は鍵盤を強く叩きすぎたり、弱くし過ぎてしまったりするんです。それでも……僕が必要だって言ってくれますか……? 僕の音がいいって言ってくれますか……?」
細くて骨ばった肢体が彼を子供なのだと告げる。思わず抱きしめた身体は人肌を保っていて、それでも心は温もりを欲していた。彼が最後に抱きしめて貰ったのはいつなのだろう。抱きしめられ方を忘れた身体は、俺に手を伸ばすことすらしなかった。
「俺、実はな……外歩けないんだ」
「それってどういう……」
「怖くて外に出れなくて……踏み出すのに何年も掛かっちまった。でもお前は凄いな。自分から手を取って踏み出した。凄いよ」
「僕の為に怒ってくれた人は初めてだったんですよ」
俺の背に細い腕が回る。そして彼は意外な告白をした。
「初めに気付いたのは叔父さんでした。でも……あの人は何も言わなかった。二階堂さんが僕に無謀な提案をしても黙って頷いて聞いてるだけで、挙句の果てに僕にピアノを強要しようとしました。でも彩斗さんは僕に弾かなくていいって言ってくれた。僕の〝好き〟って気持ちを大切にしてくれた。僕を必要としてくれた。でも僕は、まだ弾けません。迷惑を沢山かけます。それでもよければ僕も一緒に……一緒にやりたいです……!」
「勿論だよ。一緒にやろうな」
嗚咽と共に本音が零れ落ちていく。幸の肩越しに伺った四季の顔は綻んでいた。それに瞠目し思惟する。これがデモンストレーションだったのだと気付けば、怒りを覚えずにはいられなかった。




