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ねぇ、戻りたい【電撃大賞4次落選作】  作者: 衍香 壮
First Single「ラクリマ」
22/83

Track21「ナーサリーライム」

「別に行かなくたっていいんだぜ」


「他の人は、そんな風に言いませんよ」


「まぁ、行った方がいいとは思う。でもな、俺も五年くらい外に出てなかったんだぜ」


「え?」


「見えねぇだろ?」


「はい」


「幸にとっては不良にしか見えなかったんじゃね?」


「……はい」


「お前は、いいとこの坊ちゃんに見えるけどな」


「僕の家は一般家庭ですよ」


「そうか! でも俺、こんなナリだけど大学まで行ってんだぜ?」


「え?」


「卒業はしてないけどな。見えないだろ?」


「はい!」


「段々、遠慮がなくなってきたな」


「すみません」


 眉尻を下げながら笑声を零せば、彼も同じように笑っていた。警戒心が強そうに見えたが案外そうでもないらしい。


「ピアノは好き?」


「……はい。でも好きだから弾けないんです」


 カバーを持ち上げた幸が布を畳みピアノに触れる。適当に一音鳴らした彼は、そのまま指を退いた。


「好きなら弾いたらいいんじゃないか? 俺は好きだから歌うよ。四季の歌が好きだから」


「そんな簡単な話じゃ……」


「ロンドン橋弾ける?」


「え? まぁ、はい。落ちたやつですよね」


「そうそう、落ちたやつ……って、なんか不吉だな」


「たしかに」


「たしかにって。言ったのお前じゃんか。まぁ、じゃあ、そうだな……気が向いたら弾いてみろよ。俺、今から歌うからさ」


「僕は……!」


「いい。弾きたくないなら黙って聞いとけ。お前の為のコンサートだ」


 目を瞠った彼が毛先を揺らす。サラサラと舞う黒髪は美しく、気付くと手を伸ばしていた。初対面の大人が唐突に立ち上がり頭を撫でてきたのだ。驚くのも至極当然と言えよう。間抜け面も可愛らしく思えるのは彼が美少年の証なのだろう。俺は、清澄な空気を吸い込むと歌を奏でた。


「London bridge is falling down,

 Falling down, falling down,

 London bridge is falling down,

 My fair Lady」


「意外です。英語なんですね」


「意外だったか」


 称賛はなかった。それでも呆け面が笑顔に変わったあたり、嫌いな声ではなかったらしい。二番に移行しようとしていたところを止められ、俺は思わず苦笑を零した。


「でも知ってます? ナーサリーライムだと『falling down』じゃなくて『broken down』が一般的なんですよ」


「ナーサリーライム?」


「マザーグースをイギリスでは、そう呼ぶ時があるんです。マザーグースの方が総称としては正しいみたいなんですけどね」


 そう言った彼がピアノに向き直る。一瞬、躊躇ったような仕草を垣間見せたが、すぐさま鍵盤を叩き始めた。

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