Track21「ナーサリーライム」
「別に行かなくたっていいんだぜ」
「他の人は、そんな風に言いませんよ」
「まぁ、行った方がいいとは思う。でもな、俺も五年くらい外に出てなかったんだぜ」
「え?」
「見えねぇだろ?」
「はい」
「幸にとっては不良にしか見えなかったんじゃね?」
「……はい」
「お前は、いいとこの坊ちゃんに見えるけどな」
「僕の家は一般家庭ですよ」
「そうか! でも俺、こんなナリだけど大学まで行ってんだぜ?」
「え?」
「卒業はしてないけどな。見えないだろ?」
「はい!」
「段々、遠慮がなくなってきたな」
「すみません」
眉尻を下げながら笑声を零せば、彼も同じように笑っていた。警戒心が強そうに見えたが案外そうでもないらしい。
「ピアノは好き?」
「……はい。でも好きだから弾けないんです」
カバーを持ち上げた幸が布を畳みピアノに触れる。適当に一音鳴らした彼は、そのまま指を退いた。
「好きなら弾いたらいいんじゃないか? 俺は好きだから歌うよ。四季の歌が好きだから」
「そんな簡単な話じゃ……」
「ロンドン橋弾ける?」
「え? まぁ、はい。落ちたやつですよね」
「そうそう、落ちたやつ……って、なんか不吉だな」
「たしかに」
「たしかにって。言ったのお前じゃんか。まぁ、じゃあ、そうだな……気が向いたら弾いてみろよ。俺、今から歌うからさ」
「僕は……!」
「いい。弾きたくないなら黙って聞いとけ。お前の為のコンサートだ」
目を瞠った彼が毛先を揺らす。サラサラと舞う黒髪は美しく、気付くと手を伸ばしていた。初対面の大人が唐突に立ち上がり頭を撫でてきたのだ。驚くのも至極当然と言えよう。間抜け面も可愛らしく思えるのは彼が美少年の証なのだろう。俺は、清澄な空気を吸い込むと歌を奏でた。
「London bridge is falling down,
Falling down, falling down,
London bridge is falling down,
My fair Lady」
「意外です。英語なんですね」
「意外だったか」
称賛はなかった。それでも呆け面が笑顔に変わったあたり、嫌いな声ではなかったらしい。二番に移行しようとしていたところを止められ、俺は思わず苦笑を零した。
「でも知ってます? ナーサリーライムだと『falling down』じゃなくて『broken down』が一般的なんですよ」
「ナーサリーライム?」
「マザーグースをイギリスでは、そう呼ぶ時があるんです。マザーグースの方が総称としては正しいみたいなんですけどね」
そう言った彼がピアノに向き直る。一瞬、躊躇ったような仕草を垣間見せたが、すぐさま鍵盤を叩き始めた。




