Track20「小さな肩」
さて、どうしたものか、と少年を見下ろす。未だ扉を眺め続ける少年が動く気配はない。ずっとこのままにしておくのも可哀想だ。その考えが導き出す答えなど一つしかなかった。
「はじめまして。俺、須黒彩斗な。とりあえずよろしく」
「……はい……」
「紫藤幸君?」
「……はい」
「そっか。単刀直入に聞くよ。一緒にバンドする気ある?」
俺の問いに間を置きながらも答えてくれていた彼が黙り込む。すぐさま頭を振らないあたり、勝機はあるように思えた。
「分かった。じゃあ、とりあえず自己紹介しない?」
「え?」
「俺は歌を。君はピアノを弾く。どう?」
「……ピアノは弾けません」
「ピアノ嫌い?」
すぐさま頭を振る彼が顔を顰める。小さな肩が大袈裟に揺れるものだから、いっそう可哀想に見えた。
「じゃあ弾かない? ココには俺と、あの兄ちゃんしかいない。君に何があったかは知らないけど、これは自己紹介。上手く弾こうとしなくていいんだよ」
精一杯の優しさを織り交ぜながら語りかける。それでも動こうとしない彼の手を取り、俺は収録用のブースに移動した。
四季が何も言わないと言うことは、俺にどうにかしろということなのだろう。俺に何が出来るかは分からないけれど、彼が〝傷付いた少年〟だということは分かった。
「座って」
ピアノの椅子に腰かけるよう言えば、繋いだ右手が微かに動く。嫌だ、と言外に告げる様に、俺は溜息を吐きたくなった。
「別に無理に弾けなんて言わねぇよ。ほらよっと」
「え? えぇ!?」
「俺とお前じゃ身長差あんだろ。顔が見えないと分かんないことだらけで困んだよ」
「僕はチビじゃないです!」
「そこの意思表示は出来んのかよ。てか俺なんも言ってねぇだろ。子供が大人より小さいのは当たり前だっての」
「だから! 僕はチビじゃないです!」
「わーったよ。ちょっと話しようぜ。ココだとアイツにも聞かれないし、本当に二人きりだ」
「え?」
「四季と知り合いなんだろ? 顔見知りに知られたくないことってあるもんな」
「二階堂さんとは別に……そこまで親しいわけじゃ……」
「そうなのか?」
「はい。叔父の仕事の関係で何度か顔を合わせたことがあるくらいで……」
「へぇー」
相槌を打ちながら地べたに腰を下ろす。見上げると幸の顏があった。癖のない黒髪から覗く藤紫の瞳が印象的に揺れている。少女と見紛うような顔立ちは、美しいと形容するに相応しかった。シャツにベストを合わせた服装も落ち着いた雰囲気に合っている。長い前髪が整った顔立ちを隠すものだから勿体無く思えた。
「じゃあ、アイツは居ても居なくても変わんない感じ?」
「まぁ、そうですね」
「そうか!」
噴出すれば彼の雰囲気が幾許か緩む。それに合わせて笑っていると、まじまじと顔を覗き込まれた。
「どうした?」
「その目、どうなってるんですか?」
「ああ、珍しいだろ? 自前なんだぜ」
「凄いです。星が爆発したみたいですね」
「星が爆発?」
「はい! 黄色に水色で地球が爆発したみたいです!」
「フハッ! そんなこと言われたの初めてだわ!」
「本当に爆発すればいいのに……」
闇は深そうだ。光のない目で、ぼやくものだから将来が心配になる。
「学校行ってないんだっけ?」
「……叔父に聞いたんですか?」
「四季にかな」
彼が黙り込むことで重苦しい空気に変わる。大人の言葉に怯えているだろうことが容易に分かった。




