Track19「黒髪少年」
*
「今日って合わせじゃなかった?」
「まぁ、そうだね」
「なんで誰も来てねぇんだよ!?」
時刻は午前十一時。待ち合わせは十時だというのに、レコーディングスタジオに顔を出す者は誰一人いなかった。
初めからおかしいとは思っていたのだ。ライブの練習の為、皆で合わせてみようだなんて。いや、それ自体はなんらおかしいことではない。けれども、待ち合わせがレコーディングスタジオということには違和感しかなかった。
「四季」
「ん?」
「キーボードの奴はどうなったんだよ?」
「んー、まぁね。今日は、そのことで彩斗に来てもらったんだ」
何かを含んだ口吻に嫌な感情が募る。元来、ハッキリしないものは好かない性質なのだ。言いたいことがあれば包み隠さず口に出して欲しかった。
「今日、歌える?」
「あ? まぁ歌えるけど」
「じゃあ、幸君のピアノに合わせて歌うことって出来る?」
「なんだ。二週間も音沙汰ないから、てっきり新しいメンバーでも連れてくんのかと思ってたよ」
「そう、したかったんだけどねぇ。上には逆らえなくて」
「上?」
「うん。プロデューサー」
「プロデューサー……って、お前がプロデュースすんじゃねぇのかよ?」
「勿論、俺がやるよ。でもね、無名の俺じゃ仕事を取ってこれないでしょ。だから名前を貸して貰うんだ」
「業界の闇だな」
「一応、俺は作曲家兼マネージャーって肩書きになってるから、そこんとこよろしくね」
「へいへい。んで、その紫藤幸君、何があったんだ」
「それがね……」
四季の言葉が扉の開閉音に遮られる。反射的に音の聞こえた方に顔を向ければ、暴れる黒髪少年の襟首を掴んでいる男性がいた。歳は四〇前後といったところだろうか。無精髭を携えているあたり誘拐犯にしか見えない。
「離せっ……この……! 離してよ!?」
「ダーメーだー」
「離してってば! 叔父さん!」
「おはようございます。紫藤さん」
「ああ、おはよう。おっ、そっちは24の元ボーカルだね。変わんないなー、はじめまして」
「はじめまして。俺のこと知ってるんですか?」
「勿論、一応プロデューサーだからね。とにかく! このガキ頼むわ、四季! 俺、この後仕事でさー、悪いけど頼む!」
「はぁ!? ちょ!? 待ってくださいよ紫藤さん!?」
「じゃあなー、幸ちゃん!」
「幸ちゃんって呼ぶな!」
「終わったら連絡くれ! じゃあな!」
「あ!? 紫藤さん!?」
嵐のように現れた男が、嵐のように去っていく。置き去りにされた少年は今にも地団駄を踏んで駄々を捏ねそうな勢いだった。四季の制止も意に介さず消えた男の足音が遠のいていく。頭を掻く四季は困ったように唸り声を上げていた。




