Track16「哀哭」
「ま、そういうわけでココにはいないメンバーを見て貰おうと思うんだ。皆が反対なら、また別の人を探すし」
そう言いながらパソコンを弄る彼がスクリーンに線を繋ぐ。パソコン画面が映し出されると同時にコンクールらしき映像が流れだした。
「ピアノコンクール?」
「違うわ。これはヴァイオリンね」
「透子さん詳しいんですか?」
「昔、習っていただけよ。ほら、ヴァイオリニストとピアニストが出てきたでしょう? ピアノは伴奏ね」
流暢に説明する透子さんの声音が澄んでいる。俺は、スクリーンに視線を戻し口を閉ざした。ヴァイオリンを持った少年とピアノの椅子に座った少年が目配せをしている。十歳前後の彼らは口元に笑みを描くと、旋律を奏で始めた。
順調な滑り出しを携えた彼らが呼吸を合わせている。ヴァイオリニストの少年も上手かったが、ピアニストの少年はヴァイオリニストのレベルを上回っていた。それでも彼らは楽し気にハーモニーを奏でていく。少しアンバランスな組み合わせも、ピアニストの調律で耳心地良くなっている。幼く荒削りな彼らだが、子供らしさを携えた微笑ましい演奏をしていた。
「このピアニストが紫藤幸君」
「最近のはないのか?」
「ない、ですよね?」
「碧井さんの言う通り。彼は、このコンクールで優勝を収めた後、ピアノを辞めてるんだ」
「は?」
「紫藤幸。どこかで聞いた名前だなと思ったんだけど、一時期話題になった天才ピアニストよね。〝神童〟なんて言われてたわ」
「そんなのあったか?」
「皆が知らないのも無理ないわ。この界隈で有名になり始めた直後、彼はピアノを辞めたんだもの。それが、どうして……」
雄弁に語っていた透子さんが四季に答えを求める。それに笑みを返した彼は「いずれ分かるよ」と告げた。
「で、皆はこの子反対?」
「反対する理由は特にないな」
「私も彩斗君に同じく」
「異議なし」
「ちゃんとやってくれるなら私からは何もないわ。そもそも、この人達のレベルすら知らないし文句の付けようがないじゃない」
「はっ、ちょっと上手いからって調子に乗ってんじゃねぇよ」
モモの言い草に隼が突っかかるような言葉を発する。大きな一人言と言うに相応しいそれがモモの顔を顰めさせた。
「なによ? 文句があるならハッキリ言ったら?」
「別に、本当にMOMOなのかなって思っただけ」
「疑う気!?」
「当たり前でしょ。あの映像だと顔が見えないし」
「ネットで顔晒すわけないじゃない!」
「どうだか」
「おい、お前ら喧嘩やめろよ」
「喧嘩じゃない」
「喧嘩じゃないわよ! コイツがいちゃもん付けて来てるんだから!」
「まぁまぁモモちゃんも青郷君も落ち着いて。モモちゃんには目の前で叩いて貰ってるから本人確認は済んでるよ」
「まぁ、音なんて後から合成すれば……」
「皆そう言うから顔を隠したのよ!!」
感情の赴くままに立ち上がった彼女が、テーブルを叩き喚き散らす。その瞳は揺れ、動揺や哀哭を宿していた。初対面にも関わらず、ずっと強気だったモモの意外な姿に目を瞠る。皆も狼狽しているのが手に取るように分かった。