Track15「言わない約束」
「俺は須黒彩斗、ボーカルな」
「知ってるわ。彩斗さん、透子さん、隼さんでしょ」
「前もって皆の写真を見せてたからね」
「俺、写真撮られた覚えはないんだけど」
「盗撮写真だったわ」
「犯罪」
「わー! それは言わない約束でしょ! 彩斗も暴力はんたーい!」
振り上げた拳に慌てる四季が俺の手首を掴む。相変わらずMOMOは鼻を鳴らしていたけれど、嫌な感じはしなかった。
「マリアでいい?」
「可愛いよね〝マリア〟って名前」
「ですよね。女の子らしくて」
「……嫌」
「え?」
「絶対、嫌。呼ぶならモモにして」
吃驚を零し透子さんと目を合わせる。そのまま四季の様子を伺えば黙って頷いていた。
「分かった。じゃあよろしくなモモ」
「よろしくお願いしますね。モモちゃん」
「ほら、隼も挨拶」
「……よろしく」
気だるげに欠伸を噛み殺した隼が口先だけの挨拶を告げる。まぁ、しないよりはいいだろう、とモモを見下ろせば、晴れぬ表情を携えていた。透子さんは困ったように口を開いては閉じを繰り返している。声にならない言葉が、か弱い少女に届く筈もなく俺達は暫し緘黙した。
モモは〝名前原因か〟と思惟し、喉元に溜まった溜息を呑み込む。何か言いたげにする四季に「あとで話聞かせろよ」と合図を送った俺は口を開いた。
「んで、次はキーボードだろ? 目星は付いてんのか?」
「うん。紫藤 幸って子ね。この子も中学生なんだけど、ちょっと気難しい子でさ。まだOKを貰ってなくて」
「このバンド年齢層広すぎねぇか? ジェネレーションギャップとか大丈夫?」
「主に私が中学生とコミュニケーションを取れるかどうかって問題が出てくるわね」
「いや、透子さん俺達とあんま変わんないっすから」
「そうかしら?」
「そうです」
神妙な面持ちで切り出した透子さんが蒼褪めている。俺がそれに言葉を返せば、僅かながら強張った表情を緩めていた。
「まぁ何はともあれココは狭いから、ミーティングルームに移動しようかー」
「そんなもんがあんのか」
「あるに決まってんじゃん。次からは招集かかったらそっちに来てねー、ちゃんと押さえとくから」
「ああ」
レコーディングスタジオを後にした俺達は廊下を歩む。エレベーターに乗り地下から三階に移動すると扉が沢山在った。
「すげぇな」
「一番奥のがノアブル専用だから」
「ノアブル?」
「まだ言ってなかったねー、バンド名はNoir Brute。略してノアブル」
「ノアールって黒か?」
「ブルートは獣かしら?」
「黒の獣……」
「なんだか凄く中二臭いわね」
「ちゅ、中二……他にもノアールには〝正体不明〟なんて意味もあるんだよー。ま、詳しい話は中に入ってからね」
気障にも片目を瞑った彼が扉を開ける。エスコートするかのような彼に誘われ中に入れば、楕円形のテーブルと十の椅子のみが、ど真ん中に配置されていた。簡素な出で立ちは〝如何にも〟という印象を抱かざるを得ない。ブラインドを上げると、オフィス街に相応しい景色が広がっていた。
「天気いいな」
「彩斗も適当に座って。今後の方針を話すから」
「いいのか? もう一人のメンバーいねぇぞ」
「いいの。もう少しで連れてきてくれるみたいだから」
「尚更、待ってた方がいいんじゃね?」
「大丈夫。俺が説明するより適任な人がいるから」
疑問符を浮かべながら席に着く。俺の左隣には四季、一つ飛ばして右隣には透子さん。更に二つ飛ばしてモモ。目の前には隼がいた。