Track14「重そうな前髪」
「ちょっと、バンド内恋愛やめてくださいね」
「おはよ、隼」
「なんで突然、下の名前で呼び捨てなんすか」
「だって芸名? 下の名前だろ?」
「まぁ、そうなるだろうけど」
「じゃあ今から慣れてた方が良くない? 俺も彩斗でいいから」
「……アヤさんで」
「了解」
「私も隼君って呼んでいいかしら?」
「どうぞ」
不愛想に告げた彼がリュックをパイプ椅子に下ろす。やたら高い身長が羨ましく思えた。
「今日だよね」
「え?」
「MOMO」
「MOMOか。お前ちゃんと主語と述語使えよ。今、四季が出迎えに行った」
「そう」
返答はないが、さして問題もない。眠そうに眼を擦る彼の指先は長い袖口に覆われていた。
「会議室とかじゃなくていいのかしら」
「何がですか?」
「顔合わせとかするには、ここは不向きでしょう? 三人掛けのソファにパイプ椅子はあるけど、そんなに広くないから十人も入らないうちに息苦しくなるし」
「まぁ、今の人数でちょっと余裕あるくらいですけど、そこは四季がなんとか……」
「お待たせー! MOMOが来たよー!」
「うっせぇな! 普通に入ってこれねぇのかよ!?」
扉を開け放った四季に苦言を呈す。さすれば意に介さない彼は、腰に手を当てたまま続きを紡いだ。
「いやぁ、もう絶対皆ビックリするから! サプライズする為に俺は生きている!」
「ネタばらししたら終わりじゃね?」
「ネタばらししても絶対驚く」
「ちょっと、いつまで女の子を廊下に立たせとくつもりよ」
幼さを孕んだ高い声が響く。何故、少女の声がするのだろう、と四季の背後に目を向けると、中学生くらいの女の子が腕を組んでいた。
腰までの黒髪はツインテールになっており、彼女の動きに合わせて揺れている。重そうな前髪は真っ直ぐ切り揃えられ、桃色の大きな瞳を縁取る睫毛は長かった。
「え? 子供?」
「なにか文句でも?」
「いや、文句はないけど」
「そうよ、私がMOMOよ」
「なにも言ってないけど?」
「可愛くてビックリしたでしょ?」
「なにも言ってないけど?」
「皆そうなのよね。私が中三だって知ればビックリして……」
「だから何も言ってないって言ってんじゃん」
「なにコイツ!? 腹立つんだけど!?」
「指を差すな!」
顔を赤黒くした彼女が俺を指差す。思わず叩き落とすと、四季を睨み付けていた。
「どうしても私がいいって言うから来てあげたのよ!」
「どうしてもMOMOちゃんがいいんだよー」
「いい大人が〝ちゃん〟付けするな! キモイ!」
「まぁ、この辛辣な子がMОMОこと桃枝 |マリアちゃんです! 因みに中三ねー」
「中三って! 受験大丈夫なのかよ!?」
「問題ないわ! 不登校だから!」
「じゃあ問題ないな」
「少しは心配しなさいよ! ダメな大人ね!」
「いや、だってここダメな大人の巣窟だしな。それこそ隼は学校どうしたんだ?」
「行ってません」
「高校生なのに出席日数大丈夫なのかよ」
「大丈夫」
「根拠のない自信って、どうしてこうも頼もしいのか。まぁ、そういうことだよ。親の許可下りてんならいいんじゃね?」
「そうね。MOMOの腕は確かだったもの」
同意を求めるかのように透子さんに目配せする。察しが良い彼女は、すぐさま言葉を紡いでくれた。
「アンタ達おかしいんじゃない?」
「バンドやろーなんて人間は大抵どこかロックなもんなんだよ」
そう言った四季がMOMOの頭を撫でる。気恥ずかしそうに目を逸らす様は、まだまだ年端のいかない少女だった。