Track13「少女」
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「その頭どうしたの!?」
「あー、気分転換的な?」
「ビックリですよねー! 俺も今朝会った時どこのヤンキーかと!」
「殴るぞ」
「MOMOさん出迎えてきまーす」
「逃げやがった」
右手を上げながらレコーディングスタジオから姿を消した四季を睨み付ける。そんな俺にクスクスと控えめな笑みを向けるのは、肩の力が抜けた碧井さんだった。
彼女と出会ってから四日。俺は訓練も兼ねてレコーディングスタジオを往復する日々を過ごしていた。碧井さんと青郷は、その間レコーディングがあったらしく毎日顔を出している。すっかり俺に慣れた彼女は怯える様子もなかった。
「何笑ってんですか?」
「ごめんなさい。仲が良いなと思って」
「アイツがお調子者なんですよ」
「そうかしら。凄く仲が良いコンビに見えるわ」
「そうっすか?」
「ええ。須黒君、その髪似合うわね」
「昔はこうだったんです。黒髪だと余計目立つから」
「目のこと?」
「ああ。俺の目変でしょ?」
「そんなことないわ。万華鏡みたいで綺麗よ?」
「万華鏡って言われたのは初めてですね」
俺は虹彩異色症という病のせいで、瞳孔の周りが円環状に異なる色彩になっていた。金色の瞳には孔雀青が差し込んでいる。見た目は綺麗なのだが、目立つか否かと言われると言わずもがな。故に俺は、地毛の黒髪を金色に染めていた。
引き籠ってからは適当に切っていた髪も、今朝自身で整えた。それから金色に染め上げ今に至る。少しばかり清潔な印象になっただろう様相を隠すように、俺はフードを深く被った。
「隠しちゃうの?」
「落ち着かないんです。フードとコレがないと」
黒のフードからは言うことを訊かない癖毛が覗いていることだろう。首元に掛けたヘッドフォンを軽く持ち上げ笑うと、微笑を返してくれる碧井さんがいた。
「てか須黒君って他人行儀じゃないですか? アヤとか気軽に呼んでくれていいんですよ?」
「あ、私、仲の良い人とかっていないから。上の名前で呼ぶ方がしっくりくるのよね。変かしら?」
「変ってことじゃないですけど。ライブとかしたら困るんじゃないかなってね」
「ライブ……」
「ほら碧井さんだってフルネームでは出さないでしょ? 俺も前は〝彩斗〟だったし」
「私だと〝透子〟かしら?」
「そうっすね。じゃあ俺が透子さんって呼びます?」
「え?」
「俺だけじゃアレでしょ? 俺も透子さんて呼ぶから〝彩斗〟って呼んでくださいよ」
彼女の顔が熟れた林檎のように染まる。疑問符を浮かべていると、口元を両の掌で覆った碧井さんが、はにかんでいた。
「どうしたんすか?」
「私、今迄下の名前で呼ばれることってなかったから嬉しくて」
これからは下の名前で呼ぼう。そう決意した俺は頬を緩めながら「なにそれ」と零した。
「じゃあ、これからは透子さんって呼びますね」
「うん、私は彩斗君でいいかな?」
「呼び捨てでもいいですよ?」
「呼び捨てはハードルが高いから!」
慌てふためく様に「可愛い」との言葉が漏れる。その言葉に赤面した透子さんは「揶揄わないでよ」と剥れていた。歳上の女性には、おおよそ似つかわしくないかもしれない。それでもこの瞬間の透子さんは少女のようで可愛かった。