Track10「眼差し」
「とうちゃーく」
「お、まえ……殺す……!」
再び身体が浮き、落ち着いた先で手足の拘束を解かれた。ヘッドフォンを外され、アイマスクを取られる。眩い人口灯が双眸を突き刺す中、目の前に立つ四季の襟首を締め上げた。
「なんで怒ってるのさ。外に出られたんだよ? 良かったじゃん?」
「そういう問題じゃねぇんだよ!? こんな……」
屈辱的な姿で外へ出たかったわけじゃない! それでも叫喚を呑み込むのは、俺が人の目を気にしているからだった。
俺を貫くのは碧井さんと青郷の眼差し。不安を象る様も、つまらなさそうに天井を仰ぐ様も、俺にとっては煩わしく思えてならなかった。
「クソッ!」
「あの……」
「なぁに、碧井さん」
碧井さんの声に四季が応じる。睨んだわけではなかったが、俺から目を逸らす彼女は罪悪感に苛まれていた。
「私も、少し酷かった、んじゃない、かと……」
「んー、まぁ、そうだねぇ。でも碧井さんも一緒にやったじゃん」
「そ、そうですけど! こんな……こんな……」
「嫌がるだなんて思ってなかった?」
首肯する彼女が拳を握り締めている。足を揃えてキッチリ椅子へ腰かける様に、生真面目さが垣間見えた。
「……なんて聞いてたんですか?」
なるべく優しく訊ねたつもりだ。それでも肩を揺らす碧井さんは俺に怯えていた。
当然だろう。大の男が口汚い言葉を叫び散らしていたのだ。大人しそうに見える彼女が怯えないわけが無い。大方、この気性の弱さが仕事を辞める原因だったのだろう。それほど強い心根をしているようには見えなかった。
「ボーカルが引きこもってる。本当は外に出たいけど無理みたい。だから一回だけ試しに外に連れ出してみたいんだ、的な感じ」
「随分と適当な説明してくれたみたいだな!? あぁ!?」
「待って! 待って! 暴力反対!」
碧井さんの代わり、とでも言いたげに青郷が答える。すぐさま胸倉を締め上げれば、降参とばかりに両手を上げる四季。へらへらと笑う様が気に入らず、俺は眉根を寄せた。
「でも出れたじゃん! これで一歩だよ! それに見て欲しかったんだ。最新機器ばかり集めたこのスタジオを」
彼に言われ、ゆっくり辺りへ目をやる。橙色の温もりを持った灯りの下には、音響機器が備えられていた。透明なガラスの先にはマイクが在る。綺麗なレコーディングスタジオは、明らかに素人のものではなかった。
「なんだここ……」
「事務所所有のレコーディングスタジオ。彩斗には最高の環境で歌って欲しかったんだよね」
「だからってやっていいことと悪いことが……!」
「分かってる。でも、これがいいと思ったんだ。俺なりにちゃんと彩斗の病気は調べたよ。その上でやってみたんだ。だって俺の曲は彩斗にとって精神安定剤だったでしょ?」
「須黒さん、どこか悪いんですか?」
「……まぁ、そうだな。うん」
「彼、過呼吸なんですよ」
「え?」
「でも格好付けなので、美人の碧井さんには知られたくなかったみたいで」
「んなこと言ってねぇだろ!?」
慌てて訂正すると笑声を零す碧井さんがいる。剣呑な雰囲気が和んだのならいいが、これは些か不服だ。あとで仕返ししてやる、と心に決めた俺は改めて辺りを見渡した。