第6章52幕 強さ<power>
「あひゃ! いいね! 吹っ飛んだ!」
甲高い声が私の、私達の耳へ届きます。
「びびって逃げないんだ! まぁいいよ! ≪エアリアル・ブリッツ≫っ!」
私達の方へ向け、先ほど頭を吹っ飛ばした風属性魔法を再び放ちます。
「伏せて! ≪フレイム・シールド≫」
咄嗟に私はその風属性魔法を防ぐために火属性魔法で障壁を生成します。
「いるよねー! ≪チェンジ・プロパティー≫」
「えぅ!」
私の口から不自然な声が漏れ、そして腹部に何かが突き刺さる感覚を覚えます。
【精霊女王】の【称号】持ち……。
私は力が入らなくなった脚に手を置き、倒れないように地を踏みしめます。
そしてばれない様にこっそりメニューを操作します。
「頑丈じゃん!」
そう言った彼はトコトコとこちらに歩み寄ってきます。
「一応……警告します……。それ以上こちらに近寄ると……首から上……無くなりますよ」
太ももに手を置きながら私は先ほど腰に装備している武器を【神器 チャンドラハース】から【月影斬 クレッセント・アンピュート】へ。そして【称号】を≪居合≫が使える【断姫】に変更しておきました。
上空から侵入ができない現時点、徒歩で門をくぐるしかないので、最終的な保険としていつでも装備できるようにしておいて幸いでした。
【断姫】は【姫】系【称号】の中では比較的入手しやすいものですが、汎用性が低いこと、デメリットが大きすぎることから人気はあまりない【称号】です。
「≪居合≫かな? 流石にそれは近寄れない! でも……」
そう言って獰猛に笑う彼が右手をかざし、口を開いた瞬間、彼の右肩から先が胴体から切り離されました。
「なっ……ん!?」
腰の【月影斬 クレッセント・アンピュート】が抜刀されている状態になっている事に気が付いた彼は左手で止血をしながら私に声を掛けてきます。
「早いね。AGIは500前後かな?」
「答えるつもりはありません」
【断姫】のデメリットの一つが発動し、私は納刀を行うことができません。
特殊装備品ではない【月影斬 クレッセント・アンピュート】を抜刀するということは右手に装備している【神器 エレシュキガル】が使えない。つまり、魔法発動にごっそりMPを持っていかれてしまう、というわけです。
残りのMPから考えて、先ほどの≪エアリアル・ブリッツ≫を数度……4度防ぐのが精いっぱいでしょう。
「まぁ腕の一本くらいいいかな。でもちょっと怒ったよ。≪ハイライトニング・バード≫」
オリジナル形態まで扱えるのかっ!
私は心の中で悪態を吐きながら、【月影斬 クレッセント・アンピュート】に≪属性付与≫を行います。
「≪アース・エンチャント≫」
辛うじて付与が間に合った【月影斬 クレッセント・アンピュート】で一羽目の雷でできた小鳥を切り裂きます。
「まだまだ行くよ」
そう言ってさらに複数の小鳥を飛ばして来る彼にはMPの消耗があまり感じられず、私だけが一方的にMPを消費させられている気配を感じます。
最初に≪ハイライトニング・バード≫を発動した際に複数生成しておいたバードシェイプの魔法を順番にこちらに飛ばしてくるというお手本のような遅延戦法に私は苦しめられます。
私はその間ずっと付与にMPを持っていかれているわけですから。
およそ一分間、彼が作った小鳥を切り裂き続けた私は本格的にMPの底が見えてきます。
ですが、間髪入れずに飛んでくる厄介な小鳥のせいでMPポーションを飲む隙すらありません。
私が悩んでいるのが伝わったのか、仲間、リーダーらしき人物がデスペナルティーにされた集団から一人が飛び出します。
「この魔法は俺が何とかします!」
「お願いしてもいいですか?」
そう言いながらも私はすぐにMPポーションを取り出す準備を行います。
「任せてください! デスペナになっても防ぎます! 見て分かりますから!」
「何がです?」
「俺たちじゃ手に負えないということが! そしてあなたが生き残らないといけないってことが!」
彼がそう言った後、残っていた数人のメンバーも私の前に立ちます。
「ヤンソンがデスペナった相手だ! 気合入れていくぞ!」
そう言ったプレイヤーが駆け出し、小鳥を落とし始めます。
すると一人が私の方を向き、小声で回復魔法をかけてくれました。
「チェリーさんの方が高位の魔法を扱えるんでしょうけどね。いまはMPの回復に専念してください」
あれ。私の名前知ってるんだ。
「ありがとうございます」
「いいんです。リーダーが言った通り、ここは未来のホームタウンになります。こんなところで壊されるのは見ていられません。でも、僕たちが生き残っても、どうせ殺されます。なら……少しでも可能性が……少しでも強い人が生き残る方がいいんです」
優しい言葉使いの裏に、秘めた怒りと、恐怖が伝わってきます。
格上、それも自分たちのリーダーを不意にとはいえ瞬殺する程の差の相手。
どれだけ怖いかなんて、私には想像できません。
それでも彼らは立った。私の前に立って少しでも時間を稼ごうとしてくれている。
「ふっ」
私の口から息が漏れます。
「あっ。すいません」
突然謝って来た事で私は息が漏れていた事を自覚します。
「いえ。違うんです。まだ所属してもいない都市の為にここまで全力に、そして恐怖に打ち勝とうとするあなた達から力を貰いました。今度皆で飲みに行きましょう」
私はほほ笑みと共にそう言いながら装備を戻し、万全の状態を整えます。
「光栄で……」
そこまで発した彼はデスペナルティーの演出に包まれ消えていきました。
「雑魚はいくら集まっても雑魚だね」
「雑魚?」
両手を頭の後ろで組んでいる彼に向かって私は聞き返します。
「そうでしょ? 結局1分も稼げてないじゃないか」
「あなたから見たらそうなんですね。でも私から言わせてもらうと違いますよ」
「はぁー?」
「雑魚は自分よりも弱いものを虐め、悦に入るクズです。でも彼らは違った。力量差を理解し、そしてバトンを私に繋いでくれた」
「だから?」
本当に分からなそうに聞き返してくる彼に私は……。
「…………。はぁ……。お前より強いって言ってんだよ」
怒りの一言をぶつけました。
「『騎士国家 ヨルデン』所属。<超越術師>チェリー」
普段は自分から上げない名乗りを上げ、本気で倒しに行くことを自分に、彼らに誓います。
「『仁義』所属。オルニーヤ。二つ名は<嗤者>」
お互い名乗りを上げ、数秒の間が空いてすぐに決着はつきました。
「なん……でっ……」
何が起きたのか分からないといった様子のオルニーヤにネタ晴らしをしようと私が口を開くと彼はすでにデスペナルティーになり、消えていました。
空いた口を閉じるのも癪だったので、誰もいなくなった虚空に向かい私は呟きます。
「目に見えるものに頼りすぎなんですよ」
召喚していた≪【見えざる手】≫を消し、私は再びMPポーションを口に咥えます。
それから数刻私のいる北門では戦闘も起きず、平和な時間が流れていました。
外部から来る観光客等も現れず、ぼーっと突っ立っていると、メッセージが届きます。
『至急』
『ダルドナ平地に『仁義』主要メンバーが集結。準備を整え、現地に強襲せよ』
私はそのメッセージを見た直後、ステイシーに連絡を取りました。
to be continued...