第6章51幕 暇<free time>
一度みんなと別れた私は、正門付近へとやってきます。
「どうだ?」
私の正面に立つ男性、奏寅がそう声を掛けてきます。
「一度波は引いたみたいですけど、事前に内部に侵入していた人たちがいるみたいです」
それを聞いた奏寅は右手を顎の位置に持っていき、髭を撫でるようなしぐさをしながら間を開けて話し始めます。
「そうか。なら俺も内部の警戒に回ったほうがいいか? あの魔法使いも一緒なんだろ?」
「ステイシーのことですか? 外部の警戒に当たることになりましたけど、さすがに二人ではきついかなと」
「そう言うことなら俺も外部の警戒に残ろう。正門でなら火力をぶっ放しても問題ないだろう? ステイシーをここに配置した方がいい」
「分かりました。呼びます」
奏寅の言う通りに、ステイシーを正門前に配置するべく私は個人チャットでステイシーを呼びつけました。
「あれー? 僕が正門でいいのー?」
MPポーションの瓶を口にくわえてピコピコ動かしながらステイシーがそう言います。
「あぁ。広域で瞬間的に火力が出るのはこの中ではお前だと考えている」
「へー。意外とよく見てるんだねー」
「ある意味で長い付き合いだからな。味方だったら気にしなかったが、敵だったからな」
少しバツの悪そうに笑顔を作る奏寅はすぐに真顔に戻し、続けました。
「俺が裏門、西門だっけか? 張っておく。あの辺の地形はどうだ?」
「遮蔽物がほどほどにあるけど、見晴らしは悪くないよー」
「わかった。俺向きだな」
そう言って奏寅はクルリと向きを変え、西門へと歩いていきました。
「ところでチェリーはどちらの門を守るんだいー?」
残っている門は物資の運搬などに使われる南門と、冒険者稼業などのNPCや、プレイヤーがほぼ素通りできる北門です。
そうなると……。
「私は北門に行くね」
「どうしてー? あー。物資の運搬門からプレイヤーはあんまり入ってこないかー」
「うん。内部を攻めようとしているならそのままこっそり北門から入ると思うんだけど……。無差別に攻撃を始めたらまずいかな」
「そうだねー。現時点で高レベルのプレイヤーが3人しか外部を見張っていないっていう状況もまずいー」
「とりあえず南門にはプレイヤー何人かに行ってもらって、いざとなったら増援を呼んでもらおう。内部には結構強い人残っているしね」
「だねー。何かあったら僕もすぐ行くからー」
「うん。がんばろ」
私がそう言うと親指をグッと立てたステイシーが向きを変え、警戒を始めます。
その様子を見た私も、持ち場に着くために、≪テレポート≫を発動します。
「ひますぎる……」
断続的な戦闘音がかすかに聞こえる中、私は北門の門番の横に椅子とテーブルを出し、紅茶を飲みながらまったりとくつろいでいます。
なぜ、私がこんなに暇をしているのかというと、今回の出来事で入国審査が厳しくなり、怪しい人がほぼ都市内部に入ることができなかったからです。
逆上して暴れたり、魔法をぶっ放したりする輩もあまりおらず、私はこうして優雅とは程遠いティータイムを満喫している、というわけです。
暇だけど面倒くさいから『仁義』のメンバーこなければいいな、などと考えてしまった私は後に後悔します。
そう考えた直後、スキル宣言が聞こえ、投げ槍のように門番へと突撃してくるシルエットが見えたので、紅茶のカップをソーサーに置きながら、私は障壁を生成します。
「≪マテリアル・シールド≫」
「がっ!」
物理攻撃を防ぐ障壁に阻まれたソレは、自身の速度と障壁の強度により、ぺちゃんこに潰れ、地面にずるずると倒れこんでいきました。
「うあああああ!」
「テロだああああああああ!」
「にげろおおおお!」
NPCや今の状況を知らずに、決闘大会の観戦に来たであろうプレイヤーが大声をあげてパニックを起こします。
「皆様! 落ち着いてください!」
控えていた別の門番が落ち着かせようと、声を上げますが、当の門番も軽くパニックを起こし、門番に支給されているソードではなく、ハリセンのようなものを持ち出していました。
その様子を少し離れた位置で見ていると、先ほど突撃してきた人物が意識を取り戻したようで、仲間に大声で文句を言い始めました。
少し遠いせいで聞き取り難いので私もスキルを用いて聞くことにしましょう。
「≪聴力増大≫、≪聴域拡大≫」
これでよしっ。
「おい! どうなってんだ! こっちの門はザルじゃなかったのかよ!」
ええ。ザルですよ。普段は。
「俺だって知らねぇよ! ちょっと門番懲らしめれば大金貰えるって聞いたからやっただけなのによぉ!」
ほう。えっ? それって『仁義』に雇われたんです?
「『仁義』に逆らったらあとが怖えぇよ! 何とかしてぶち破れ!」
ありがとうございます。全部筒抜けでした。綺麗に私の心の声に返してくれていましたね。
「仕方ねぇ。でけぇのぶち当ててやる! サンゴ! ミチル! ガード頼む!」
そう言ったリーダー格のような人物がそこそこ業物の杖を取り出し、詠唱を開始します。
うーん。これは見過ごせませんね。
心の中でそう言った私は、椅子から立ち上がり、インベントリに優雅な紅茶セットを全てしまいます。
「おるぁ! 何みてんだぁ! 見世物じゃねーぞ!」
「あっちいけや! まきこまれんぞ!」
優しいな。
「≪スライド移動≫」
私は≪スライド移動≫を発動し、腰の【神器 チャンドラハース】を抜刀しながら地を滑り、取り巻き一と取り巻き二を一太刀でデスペナルティーにします。
「『吠エヨ 吠エヨ 炎帝ノ……』へ?」
自分をガードしていたお仲間が突然デスペナルティーになり、驚いて自身の詠唱が途切れたことに疑問を感じたのか、素っ頓狂な声が上がります。
「初めまして」
「初め……まして」
私がそう挨拶をすると、困惑した表情で返事をくれます。
「『仁義』に雇われたんですか?」
「へ? あっ……あぁ。そうだよ」
「ふむ……。ではデスペナになる覚悟はできていますか?」
「え?」
今度は驚きの表情を顔に浮かべたまま、首から上が宙を舞い、地面にボトリと落下します。
「たわい無いですね」
私はそう一言だけ言い残し、【神器 チャンドラハース】を腰に戻し、先ほどパニックを起こしていた人達に事情を説明します。
「……というわけで今、敵が攻め込んでいます。実力に自信がない場合は一度お帰り下さい。終結した後、また来てください」
私がそう言うと何人かのNPCや観戦目的だったプレイヤーはとぼとぼと帰り始めますが、数人のプレイヤーが残ります。
「貴方達はどうするのですか?」
私がそう聞くと、顔を見合わせたプレイヤーたちが言います。
「俺たちは一応レベル200超えのパーティーです。お力になれませんか?」
ありがたい提案ですね。
「では今後もし大戦力で攻めてきた際、都市の守護をお願いします」
「分かりました。正式に『マスティア』所属になるつもりで来ていたんです。未来のホームタウンを潰されるわけにはいきませんから」
そう言ってにこやかに笑ったプレイヤーの頭が吹き飛び、仲間も、門番も、そして私も驚き、その現象を引き起こした者の方向を向きました。
to be continued...