第6章45幕 隔離<isolation>
『来タレ 来タレ 絶ぼ……』
「お、おい!」
ムンバの焦りを含む声を背中に聞きながら私はマーリンに抱きつきます。
「……っめろ! 放せっ!」
「こんな街中で詠唱魔法なんてやめてください!」
「うるせぇ!」
「うあっ!」
腹部に膝を貰い、私はマーリンから引き離されます。
『絶望ヨ 芽吹ケ 芽吹ケ』
「まっ……」
待ってなのか、まずいなのか、私の口から一言だけ出た瞬間、マーリンの脚に何かが刺さるのを見ました。
「うぐ……」
「それは見過ごせない。久しぶり、チェリー」
マーリンに聖属性魔法で詠唱を一時的に中断させ、転がる私に手を差し伸べたのはてれさなでした。
「てれさなさん。どうしてここに?」
再会の挨拶は後回しにし、てれさなにここに来た理由を聞きます。
「アリスからチャット貰った」
「なるほど」
「止めるよ」
「うん」
口元の血を手の甲で拭った私は、再び詠唱を開始しようとしているマーリンを睨みます。
「チェリー前衛」
「わかった」
私はマーリンに向かい走りながら武器を転換します。
『至極ノ闇 我ガ精神ヲ』
「ふっ!」
首を狙い【ナイトファング】を一閃します。
「邪魔をするなぁ! ≪ダーク・サラマンダー≫」
私の短剣による一閃を避けたマーリンが激高し、詠唱魔法を中断し魔法を放ってきます。
「やばっ!」
咄嗟に両の手の武器を交差させ、ガード姿勢になると、当たる直前で何かに阻まれます。
ちらりと視線を後ろにやると、てれさなが発動した障壁によって防がれたとわかります。
「どいつもこいつも……≪サンライズ・セパレート・チャプター≫」
聞き覚えのない魔法を発動された私は、つい先ほどまで立っていた場所と違う場所に立っていました。
「てめぇだけは許さねぇ。タイマンで殺す」
私を親の仇とでも思っているのか、ものすごい形相で睨みつけてきます。
「うっ!」
腹部に違和感を感じ、恐る恐る確かめると、闇属性魔法で生成された槍が深々と刺さっていました。
私の視界に急速に減るHPと≪肝臓破裂≫という状態異常が表示されます。
痛みはありませんが、全身が凍えるように寒くなり、身体機能が著しく低下していることがうかがえます。
「結構ライフも多いんだな。まぁ関係ねーか」
再びスキル宣言がされないでスキルが私に飛んできます。
動きにくい身体を何とか動かし、避けようとしますが、間に合わず、左腕に直撃します。
その衝撃で私は地面に転がり、血液で出来たカーペットを作成します。
「うぅ……」
なんとか立ち上がろうとしますが、頭をすぐに踏みつけられました。
「おい。何とかいえよ」
ガン、ガン、と私の頭が何度も地面に打ち付けられ、脳が揺さぶられ、尋常ではない吐き気を催します。
「ぐっ……オエッ……」
こみあげてくる吐き気を吐くことで解消しようとしますが、吐く瞬間、口を押さえられます。
「……ッ!?」
「汚ねぇモン出そうとしてんじゃねぇ。汚れんだろ」
あまりの苦しさに、私はもがき、四肢をじたばたさせますが、ビクともしません。
地面に打ち付けられなくなったことで思考を回復した脳で考えを巡らせます。
猶予……デスペナルティーまでに残された時間はおよそ30秒……。口を押さえられているから、詠唱魔法も使えない……。
そもそも今は短剣と短刀の【暗殺者】装備……。
そこまで思考を巡らせた私は、目を開き、左手の【短雷刀 ペインボルト】を自分の腹部に刺します。
「あ?」
マーリンがそう声を出し、私の口から手を離します。
「何しやがった」
「ゲホゲッホ……すっきりしました」
一度吐き、身体が痺れて力が出なくなったであろうマーリンをそう挑発します。
「オエッ……ふぅ……では第二ラウンドと、行きましょうか」
先ほどの決闘とは異なり、武器を自由に変更できるので私は頭の中で≪対応転換≫と唱え、非表示で持ち続けた【精転剣 マスレニ】を右手の【ナイトファング】と入れ替えます。
「今更武器を変えたところで意味ねぇよ」
「それはどうでしょうか」
HPとMPが入れ替わったことで、時間的猶予ができたのでマーリンの会話に付き合います。
「HP増えてんな。まぁどうでもいいな」
再び宣言がなされずスキルが発動されます。
それを重い身体で回避し、いつでも飲めるように準備しているMPポーションを咥えます。
「勝負でポーションは卑怯だろ?」
「これは決闘ではありませんから。どんな手を使ってでもあなたを……止めます」
パリンとMPポーションの瓶が砕ける音がし、半分ほどしか飲むことはできませんしたが、少しHPが回復しました。
【精換剣 マスレニ】は効果さえ知られていなければMPを回復しているようにしか見えないという利点があります。
「今更MPを回復したところで無駄だってわからねぇ?」
こういう風になります。
「強力なスキルには必須ですから」
一言付け加えておきます。
しゃべりながら私の思考はこのフィールドのことを考えていました。
まず第一にスキルの宣言をなしに発動が可能になる。
第二に身体的な能力向上。
これは人格が変わった時にも起きていたので、何某かの【称号】の効果であると推測できますが、先ほどよりも強化幅が大きいように感じます。
そして少し、魔力を失っていることが想像できるので、おそらくMPを消費し続けることで発動する類のスキルでしょう。
そこまで思考し、私は取るべき行動に結論を出します。
「≪フレイム・ドール≫」
火属性魔法で分身を制作します。
普段は闇属性魔法でしか作りませんが、今、闇属性魔法で分身を作るほどのHPの余裕はありませんでした。
分身がじゃまされずに作れたのは大きいですが、本体にも、分身にも残されたHPは多くありません。
なので分身には装備を転換するふりをしてもらいます。
「させるわけないよな?」
かかったっ!
私は心でそう声を上げ、分身に向かってスキルを発動したであろうマーリンに向かって【短雷刀 ペインボルト】を投げつけます。
「チッ」
そう舌打ちをしたマーリンの脇腹に私の投げた【短雷刀 ペインボルト】が刺さり、私が出した分身は頭部を失い消滅しました。
「てめぇ……こんなしょっぺぇ攻撃の為にMP回復したのか? ふざけんなよ?」
そう言って脇腹に刺さった【短雷刀 ペインボルト】を引き抜き、地面に投げ捨てた瞬間、私は≪シフト≫で【短雷刀 ペインボルト】と座標を入れ替えます。
「読めてんだよ!」
そう言って入れ替わった私に黒く染まる拳を振り下ろしてきますが、私が用意していたのは≪シフト≫だけではなく……。
「≪影渡り≫」
そうスキル宣言をし、マーリンの身体の影へと移動します。
地面を揺らすほどの拳の衝撃で土煙が立ち込め、私の姿を完全に隠しきります。
このフィールドを作ったのは恐らく、光属性魔法だという予想はできていました。
日光、もしくは月光扱いになるかどうかは少し賭けの部分もありましたが、スキル名からそうであろうと思っていたので成功してよかったです。
そしてマーリンの足首を【精換剣 マスレニ】で斬り付けた後、影から身体を全て出します。
「なっ……」
【精換剣 マスレニ】はMPに直接攻撃する珍しい武器です。このフィールドがMPによって維持できているのであれば、これほど効果的な武器はないでしょう。
私が現れた部分から少し距離を取ったマーリンがこちらを警戒しながら何かを発動する準備をするのが見えました。
私はその場にとどまることはせず、≪スライド移動≫を発動し、高速移動を繰り返し、HPポーションとMPポーションを飲んでいることを気付かせない様にします。
「ちょこまかと動きやがって」
MPポーションまでを飲み終わり、地面に転がっている装備中になっていた【短雷刀 ペインボルト】とインベントリにある【春野】を入れ替えます。
「≪サンダー・シュート≫」
けん制に放った一発の弾はマーリンに届く前に消滅しました。
「届かねぇ」
「十分です」
私が立ち止まるために一瞬だけ必要だった間を【春野】で稼ぎ切った私は、すぐに聖属性魔法を発動します。
「≪オーヴァー・キュア≫」
そして≪肝臓破裂≫や≪頭部打撲≫、≪脳震盪≫などの状態異常を回復し、万全とまでは行きませんが、回復した私は、本当の意味での反撃を開始します。
to be continued...