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第5章45幕 鎚<hammer>

 これならたぶん大丈夫かな?

 どこにでもいそうなNPCへと≪変身≫した私は、宿屋を出て、避難所に向かいます。

 やはり朝のこの時間でも人はいないんですね。

 そう考えながら区長である老人の家へむかって歩いていると、ガサッという音が聞こえ、私は立ち止まります。

 家の前の植え込みの方から聞こえて来たようなのでそちらを少し警戒しつつ、一歩、また一歩と近寄ります。

 『んにゃー』

 私が近寄ると、鳴き声が聞こえました。

 植え込みから姿を現した猫は、私の足にスリスリし始めます。

 かわいいっ!

 とっさに猫を抱きかかえ、インベントリをくるくる見ていきます。

 猫でも食べられるもの無いかな?

 そう考えながら探しますが、ちょうど良い物がなかったので断念します。

 猫を避難所に連れて行っては駄目でしょうか? いいですよね? 一匹くらいなら。

 私は猫を抱えたまま、区長の家まで歩きました。


 しばらく歩き区長の家に到着したので、地下の避難所を開ける作業をします。

 もし何か聞かれたらなんとか逃げ切れた武道家ということにしよう。そう思いながら避難所の扉を開け、階段を下っていきます。


 「おや? あなたは?」

 階段を降り切ったところで、老人からガリザと呼ばれていた女性と鉢合わせます。

 「それは? 猫じゃないですか!?」

 私の腕の中にいた猫を見たガリザはひょいと猫を私から奪い取り、抱っこし始めます。

 「私猫好きなんですよ。この猫はどこで?」

 ガリザがそう聞いてくるので、私は用意しておいた答えを返します。

 「私以外に生存者がいないかと探していたら、たまたまこの区画の植え込みで見つけまして」

 「というとあなたはこの区画ではないということですか?」

 「はい。そうなります」

 「良く生き延びてましたね」

 「逃げ足には自信があります。猫の餌はないでしょうか?」

 話題を変えるため、私は猫の餌の話をします。

 すると簡易倉庫をポケットから取り出したガリザが茶色い袋から餌のようなものを取り出します。

 「私が飼っていた猫の餌です。まだ残っていました」

 そう言って猫にガリザが餌を与えます。


 『こんなもん食えるわけないよな?』


 どこからか聞き覚えのない声がし、私はその声の発生源に気付き戦慄します。


 『俺に猫の餌を食え、そう言っているのか?』


 その声は今ガリザに抱かれている猫から発せられたものでした。

 えっ?

 状況が呑み込めず、私が困惑していると、猫がガリザの腕から飛び降り、しゃべり始めます。


 『おかしいと思ったんだよ。家の数のわりにNPCが少ないからな。てめぇのおかげで隠れ場所分かったぜ、あんがとな。死ね』


 そう言ってその猫は私に向かって飛び掛かってきました。

 ≪変身≫しているとは言え、私のステータスはNPCを凌駕しています。

 とっさの回避がなんとか間に合い、少し二の腕を掠る程度で済みました。


 『お前NPCじゃねぇな?』


 猫がみるみると姿を変え、人の形になっていきます。

 そしてその両手には、ハンマーが握られています。

 「うっ……」

 不動の仲間にいると言っていたハンマー使いのようです。

 「あの姿は疲れるんでな。人型に戻らせてもらう。お前も本当の姿になりな」

 そう言ったハンマー使いが私に≪解呪≫を使います。

 NPCへの≪変身≫が解け、いつもの私の姿に戻ってしまいました。

 「ひゅー。女か。女でも手加減はしねぇ。むしろぐちゃぐちゃになった女にしか興奮しねぇ変態なんでな」

 そう言いながらハンマー使いが獲物を振り下ろします。

 私は腰に差している【神器 チャンドラハース】を抜き、ハンマーを防ごうとします。

 しかし。

 ガキンという音とともに、私の【神器 チャンドラハース】は砕け、私の右腕にハンマーが直撃します。

 「うあぁっ……」

 二歩ほど後ずさった私に再びハンマー使いの獲物が迫ります。

 それを身体を捻ることで何とか回避し、地面をえぐるハンマーの強さを見せつけられました。

 「ナイス回避。無抵抗じゃつまんねぇよな。ハンマーいいだろ? STRの数値に倍、補正が入るんだぜ」

 手の内を晒してくれるのはありがたいのですが、砕けた右腕の回復とこの避難所からNPCを逃がさないといけないですね。

 「ガリザさん。昨日のチェリーです」

 「ええ。覚えています」

 「こいつを連れてきちゃった責任として私がこいつをここで止めます。皆さんの避難を」

 突然響いた戦闘音でほぼすべてのNPCが起き上がり、こちらを見ていました。

 「分かりました。でも大丈夫ですか?」

 ガリザは私の腕を見ながらそう言ってきます。

 「大丈夫です。腕の二、三本無くなった程度じゃ私は負けません」

 「腕は二本です」

 知ってるよ! 冗談だよ!

 「冗談です。ではお任せします」

 そう言ったガリザが駆け出し、NPCの誘導を始めます。

 「おいおい。俺がみすみすカモを逃がすと思うかよぉ」

 ニタァと気色の悪い笑みを貼り付けたハンマー使いが舌をチロチロ動かしながら言ってきます。

 まずは時間稼ぎですね。

 「私はチェリー。貴方は?」

 「俺か? ヤタ丸だ」

 自己紹介をすると、ハンマー使いも、自己紹介してくれました。

 その間分かる範囲で情報を収拾します。

 Lv.213で【上級鎚戦士】、【破壊者】など読み取れる限りの【称号】を確認していきます。

 「時間稼ぎはもういいか? もうやべぇぜ……」

 ヤタ丸が自分のハンマーの柄を擦りながらそう言ってきます。

 一々動作が気色悪いんだよ……。

 言葉には出さず、キッと睨みます。

 「気が強えぇ女はドストライクだ。どうだ俺と楽しまねぇか?」

 「お断りします」

 「そう言ってくれて良かったぜ。抵抗されねぇとな」

 言い切るとすぐにハンマーを振り下ろしてきます。

 トンっ、と後ろへ飛び回避すると、ニタァというあの気色悪い笑みを再び浮かべたヤタ丸が身体を回転させ、私の右脚へハンマーを直撃させました。


 左側にゴロゴロと転がった私は右腕を≪粉砕骨折≫、右脚を≪開放骨折≫していました。

 スリップダメージと、複数の状態異常により≪気絶≫寸前へと追い込まれた私は、接近戦があまりにも分が悪いと分かっているので、距離を取る方法を模索します。

 方法は二つです。

 ≪スライド移動≫を用いて一気に後方へ距離を開ける。

 ≪テレポート≫を用いて後方へ移動する。

 発動兆候で潰されやすいのは≪テレポート≫でしょうか。

 なので今回は≪スライド移動≫を使うことにしました。

 「≪スライド移動≫」

 私が≪スライド移動≫を発動し後方まで一気に距離を開けると、少し驚いた顔をしたヤタ丸がまたも笑みを浮かべます。

 「チェリー。どこかで聞いた名前だとおもったぜぇ。本気で狩らせてもらう。≪狂戦士化≫」

 前方でボンッと膨れ上がったヤタ丸がこちらに勢いよく詰めてきます。

 ですがこちらの≪スライド移動≫のほうが早いので、方向転換の際に少し距離を離し、直線で少し距離を詰められ、というのを繰り返し、ぐるぐる避難所を回ります。

 地面にお尻を搗けた状態でスルスル移動する私と、直線をハンマーを振りかぶった状態で走るヤタ丸という、はたから見たらコントにしか見えないであろうその行動を繰り返しながら、私は状態異常の回復とHPの回復を行います。

 「≪オーヴァー・キュア≫、≪オーヴァー・ヒーリング≫」

 そして回復し終わったので私は反撃に移ります。

 「覚悟はいいですか?」

 「そっくりそのまま返すぜ」

 「≪ダーク・ライン≫」

 「ふぬん!」

 私が放った魔法を≪肉体防御≫というスキルで防いだ様です。

 あのスキルの欠点は、移動制限、ですね。

 「≪ダーク・ライン≫」

 先ほどより威力の弱い≪ダーク・ライン≫を複数発射し様子を見ます。

 「ふぬん!」

 やはり移動せずに防御してくれますね。

 「≪シャドウ・ドール≫、≪ダーク・アームズ≫」

 私は分身を召喚し、分身に闇属性魔法で作ったでっかい注射針のようなものを持たせます。

 ≪影渡り≫で分身に背後へ行ってもらい、そちらに気を取られている隙に、火力の高めの魔法で溶かしましょう。

 「≪影渡り≫」

 私の思考が終わると同時に、撃ち続けていた≪ダーク・ライン≫が途切れたのですぐに行動に移します。

 即座に≪影渡り≫で背後に行った私の分身が、注射針をちくちく刺しているのを見ながら私は≪肉体防御≫を突破できる威力の魔法を発動します。

 「≪【見えざる手】≫」

 そして、4本生み出した、不可視の手がヤタ丸を捉えます。

 「効かんなぁ!」

 「いいえ。効くんです」

 私は右手をぐっと握り、4本の腕に握りつぶさせようとします。

 「ぐああああっ……」

 「≪肉体防御≫はなんだかんだ表面だけですからね。圧力には弱いんですよ」

 さらに力を込めると、ボキボキという骨が砕ける音が聞こえ、流れる血が不可視の手を赤く染め上げ、見えるようになっていきます。

 「こんなの……反則……だろ……」

 「あっそうだ」

 私はそう言って、4本の血濡れた腕でヤタ丸の両腕両足を摘まみます。

 「何……すんだっ……」

 「いえ。折られた腕と脚のお返しをしようかと……。右腕が≪粉砕骨折≫で右脚が≪開放骨折≫ですね。ええっと……たしか……ありましたね」

 インベントリに残っていた打撃武器を取り出し、ヤタ丸に近づきます。

 「準備はいいですか?」

 「よく……ねぇ……」

 「そっちだっていきなり、叩いてきたじゃないですかー」

 私はそう言い、打撃武器【ロック・パイル・クラッシャー】で右腕を叩きます。

 「や……めろぉ……あれ?」

 私は【ロック・パイル・クラッシャー】で叩きはしたものの、これだけで腕は砕けないはずです。≪肉体防御≫も発動中の様ですし。

 「≪パイル≫」

 そう言いながら手元のトリガーのようなものを引きます。

 ズガッという音とともに、ヤタ丸の右腕が砕けました。

 「うがあああああ! あぁぁあ!」

 「これ≪パイル≫するとバーンって杭が出るんですよ。内部にダメージを与えられる武器です」

 「ああぁぁああ!」

 「耳障りですね」

 いい加減うるさくなってきたので私は見えない手でプチッと潰し、ヤタ丸を一時的にこのゲームから弾きだしました。

 しかし、状況は最悪ですね。

 リアルでいくらでも連絡が取れるし、先ほどの戦闘中に仲間に情報を漏らしたかもしれません。

 どうするべきか、と考えていると、早起きおばあちゃんのサツキが起きてきたようで、タイミングよくログインしてきました。


 『サツキ、まずいことになった』

 『ん? どうしたんだい?』

 『細かい説明は後でするけど、もしかしたら不動たちに避難所のことがばれたかもしれない』

 『どういうことだい? とにかくそちらに向かおう』

 『待ってる』


 サツキの知恵を借りてでもなんとかしないといけませんね。

 あとでクーリ達に報告すると考えると気が重いです。

                                      to be continued...

投稿開始から約半年経ちました。

そして200話まで読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

私自身、ここまで連載を続けられるとは思ってもいませんでした。

皆様のたくさんのブックマーク、評価、感想に支えられ、ここまでやってこれました。

この場を提供してくださった『小説家になろう』様と、私の作品を読んでくださったすべての読者様に感謝をしてもしきれません。

こう書いていると「完結なの?」と思うかもしれませんが、当作品はまだまだ続きます。

「紛らわしいことするな!」というお声が聞こえてきそうなものですが、感謝を伝えずにはいられませんでした。

長くなりましたが、私、姫野佑と当作品『VRゲームでも身体は動かしたくない。』を今後ともよろしくお願いいたします。

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