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序章1幕

 2年ほど前の話です。

 私はまだ大学2年生でした。

 高校時代、一切の娯楽を断ち、必死の勉強の末、大学に合格しました。

 名門、とまではいきませんが、それなりの大学の経済学部に入学し、実家暮らしなのを良いことにバイトもせず、家でなるべく身体を動かさずに過ごす毎日でした。

 最近では大学に直接出向いて講義を受けることは減り、パソコンから専用のサイトを経由して映像で授業を受けるものになっていました。

 授業をうけるのにノートパソコンが必要とのことだったので、親に買ってもらい、ほどほどに使っていました。

 経済学の授業を聞き流している際、小耳に挟んだ株やFX、バイナリーオプションに興味をもった私はためしにバイナリーオプションの口座を作りやってみることにしました。

 すると驚くことに、個人的に相性が良かったのでしょう、初期投資として()()()()親から借りた一万円が十万円、二十万円と増えていきました。

 その資金で良いパソコンを購入し、もっと増やしてみようと思いいろいろなサイトを観覧していると、ゲーミングパソコンと呼ばれる高性能パソコンがあることを知りました。

 ニート学生には到底手が届かない金額でしたが、幸いなことに、増えた資産がありましたので即決で購入しました。

 一言で表しますと「比べ物にならない」という感想しか出てきません。

 画面の綺麗さや音質の良さ、静音性、どれをとっても比べ物になりません。

 エスカレートしてしまう私の癖なのですが、キーボードやヘッドフォンなどの周辺機器にも凝りだしてしまいました。

 <Imperial Of Egg>――<IOEあいおえ>――というMMOゲームを目にしたのはその頃だったでしょうか。

 大学受験の頃に娯楽断ちをしてから一切のゲームに触れていなかったのですが、何故かとても心惹かれる感じがしました。

 MMOというのが何かを調べた後、すぐさまインストールしてみました。

 これもまた驚きの連続でした。

 壮大な風景、暴れ狂うモンスター、多種多様な装備、たくさんのプレイヤー。

 私はこのゲームに没入してしまいました。

 <Imperial Of Egg>に没入するあまり、大学の授業も受けず、結局中退し、毎夜親から叱責される日々に疲れ、半ば家出のように実家を出ました。そして少し田舎のアパートを借りました。

 こうして増やした資産をさらに増やしながら働かず、身体もなるべく動かさず、ずっとゲームをして生きていくことにしたのです。

 

 <Imperial Of Egg>を遊び始めてから半年ほど経った2035年1月頃、MMOゲームにも慣れ、フレンドや遊べる内容も増えてきた頃、親友と呼べるほど仲良くなった人もいました。

 「チェリーおはよう! 今日も早いね!」

 その親友が話しかけてきます。

 「早いんじゃなくて遅いんだよ。まだ寝てないの」

 「やっぱりー?」

 といつも通りの会話を楽しみながらゲームをやっていました。

 「そういえばチェリーは完全没入(フルダイブ)型VRゲームはやらないの?」

 ヘッドフォン越しに聞こえてきた声に少し困惑しました。

 「え……でもVRゲームって基本自分の身体を動かすものでしょ? それはちょっと……」

 口をぽっかり空けている様子が想像できます。彼女の顔は知らなかったので脳内で補完したキャラクターの顔だったのですが。

 「一瞬呼吸を忘れたよ……今まで画面見つめてカタカタやることしかできなかったんだよ? それが自分の身体みたいに動くんだよ? きっとたのしいよー?」

 「そういうエルマはどうなの? VRゲームやってるの?」

 「ううん! やってない!」

 「やってないんかーい」

 「うん! やってない!」

 「どうして?」

 「あたしはMMOしかやらないの! それも面白いやつしか!」

 「レビューとかみてると面白そうなやつ結構あったけど?」

 「うーん。なんていうかあたしにはあわなそうかなってね! <あいおえ>みたいなゲームがいいなぁ!」

 「わかるよ」

 「いつか<あいおえ>もVRMMOになるといいね! よっし! あたしはちょっち彼氏とデートしてくるぜ!」

 「いってらっしゃいー」

 転移魔法を用いてそそくさと消えてしまったエルマもそれを見送る私もこの1年半後、こんなことになるなんて思いもよりませんでした。

 


 2036年7月、<Imperial Of Egg>の運営から大型アップデートの発表がありました。

 内容を掻い摘んでお話しますと、<Imperial Of Egg>がVRMMOゲームになるそうです。

 「チェリー! 聞いた?」

 「<あいおえ>がVRになるんでしょ」

 「さすが情報が早いね!」

 「こんだけ大きなアプデならいやでも耳に入ってくるよ」

 「テンション低いぞー! もっとアゲてこー!」

 「無理言わないで。VRになったら私、<あいおえ>続けられる自信ない……」

 「チェリーなら大丈夫! きっとVRでも【暗殺者(アサシン)】みたいに動き回れるって!」

 「これは画面を見て、キーボードで操作できるからなんだって。自分の身体がそんな俊敏に動くわけないでしょ」

 「でもステータスとかあってリアルより身体の性能がいいわけだしなんとかなるって!」

 「無理……」

 そんなこんなフレンドと話をしていると続々と他のギルドメンバーもログインして会話に参加してきます。

 「うぃーす。二人ともアプデの話きいた?」

 「もちろん! 楽しみー!」

 「死にたい……」

 「えっ? チェリーどしたん?」

 「えーっとね! VRになったら思った通り身体が動かせないんじゃないかって心配してるんだってさ!」

 違うよエルマ。動かせる動かせないじゃなくて動きたくないだけだよ。っていえたらなぁ……。

 「あぁ……まぁそういうのは慣れだからさ。気楽にいこうぜ。俺もギルメンもフォローするしな」

 そういう問題じゃない……。

 「あ……ありがとう……」

 「っし! 気晴らしにボス狩りに行くか! そろそろチェリー以外のやつも【スレイヤー】の称号とれねぇかな!」

 「あたしが【スレイヤー】もらってあげる!」

 「【スレイヤー】はそう簡単にとれないっすよ? とりあえずギルマスがくるの待ちっすかね」

 「だな。ハリリンもPOT忘れずにな」

 「りょーっす」

 

 みんな楽しそうにしています。私は少し憂鬱でボス討伐に行く気もあんまりないのですけれど。

 たしかに普段遊んでいるMMOゲームがVRになるのは非常にうれしいことです。ですが、それでもなるべく動きたくないんです。だって疲れるじゃないですか。


 「おまたせー」

 「おっ来たな。ジュンヤは聞いたよな? アプデのこと」

 「ファンダンか。もちろん聞いたぜ。血がたぎる……っていうか<あいおえ>もついにここまで来たかって感じだよ」

 「わかるぜー」

 やはり今日は落ちようと思います。気持ちの整理しつつお風呂にはいりたいです。

 「そろったところで申し訳ないんですが、私ちょっとリアルでやることあるので落ちます。みんなまたね」

 返事も聞かずに落としてしまいました。

 ふぅっとため息をつき、ケトルの電源を入れます。

 みんな本当に楽しそうでした。私にも楽しみという気持ちは確かにありますが、VRとなるとやはり気が引けてしまいます。

 かといって<Imperial Of Egg>は辞めたくないですし。

 どうしようか、と考えていると携帯端末にメッセージが来ました。

 『チェリー? どうかしたの? そんなにVRは嫌? なんか怒らせるようなこと言っちゃってたらごめんね』

 『ううん。エルマ達のせいじゃないよ。いろいろ考えちゃってて』

 『あたしでよければ聞くよ? なんでも相談して!』

 言うべきか、言わないべきか、とても悩んだのですがエルマには伝えることにしました。

 『みんなには内緒でお願いね。私は……動きたくないの。リアルでもVRでもね。だから仮想のキャラクターアバターでステータスがリアルよりも高いとしても関係ないの。動きたくない』

 メッセージを送ってから三分ほど経った頃、エルマから返信がきました。

 『ごめん死ぬほど笑った』

 『ひどい……』

 『ごめんごめん。結構長い間<あいおえ>やってるんだから気付いてもいいんじゃないかな?』

 『なにが?』

 『精神系とか知力系の魔法武器とかほとんど動かないじゃん!』

 この時の私の気持ちを表すのでしたらまさに、真っ暗闇だった部屋に一匹のホタルが迷い込んできた時の気持ちに近いかもしれません。すいません、少し落ち着きがなくなっていました。

 『それだよ! エルマ! ありがとう!』

 『お、おう……』

 『お風呂でたらログインするからいろいろ手伝って!』

 『お、おう……まぁチェリーが元気になったようでおねぇさんはうれしいよ!』

 おねぇさん……? でもこれで希望が持てたのでお風呂に入ってまた<Imperial Of Egg>ができそうです。柄にもなく興奮しています。


                                      to be continued...

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