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「ありがとう。そして、さようなら」



 ……。

 …………。

「――ルシェ。小さき後継者よ」

 声が、聞こえる。

 ふわふわする感覚。ぷかぷかと、水の中で浮いているような感じ。楽だけれど、決して動くことはできない――みたいな。

「地面を感じる必要はない。ここは全てが地であり、天であり、そしてどちらでもないのだからな」

 ……このわけが分からない言い回しは、白き魔王のものだ。まだ一日にも満たない付き合いだけれど、すぐに分かる。

 というか、全てが地で、天? それじゃあ、私はどこに立てば良いのだろう。

「立とうとする必要はない。気付けば自分は立っていて、そして浮いているのだから」

 ……? 余計にわけが分からなくなった。

「考える必要はない。まずは目を開け」

 そういえば、目を閉じたままだった。

 ……あれ? 私、なんで寝ていたんだろう?

 疑問は浮かんでくるけれど、何の情報もないのに考えても仕方ないか。そう思って、私は瞼を押し開ける。

「――、」

 そこは、白い空間だった。

 全てを飲み込む白。

 ありとあらゆる色彩を塗り潰す原初の色は、きっと――()を象徴する色なのだろう。

 そう直感的に思ったのは、たぶん、一度彼の本体と、そこから発せられる美しい魔力をこの目で見たからだ。

 ううん――それ以上に、目の前にいる存在が、あまりにこの純白の世界と調和していたから……かな。

「……白き、魔王」

 私が名を呼ぶと、目の前の彼――魔王は、眉も動かさずに言う。

「ここは私の精神世界だ。そこに、貴様を呼び寄せた」

「……精神、世界?」

「魂が見る心象風景、或いは魂が持つ願望世界のことだ」

 ……やっぱり魔王の言うことはわけが分からない。

 というか、説明する気がないんじゃないかって思うんだよね。

「貴様の理解力が追いついていないだけだ。……我の伝達能力が不足していることも、まぁ、多少は認めないではないが」

 いや、多少どころじゃないと思うんだけど。

 …………。

 ま、まぁいいや。私の理解力が足りないのは事実だし、魔王が教えるのがド下手なのも、どうしようもないことだしね。

「この我を馬鹿にするなど、貴様ぐらいだぞ……」

 呆れているのか怒っているのか分からない、複雑な表情を浮かべる魔王。

 けれど魔王はすぐに表情を消し、咳払いをするような動作を挟んでから、

「ともあれ。――ルシェ。貴様は『白』の継承者となった。その意味が分かるか?」

 ルシェ――そっか。私の名前、だったね。

 直感でつけたけど、良い名前じゃないかな?

 カッコイイ系でも良かったけど、可愛い系でもなかなかに心にくるものがある。

 なんて言うんだろう。ただ個人を指すだけの記号なのに、それがあるだけで、私の存在が肯定されたような、不思議な幸福感を感じてしまう。

「……聞いてないな」

 おっと。魔王が恐い顔をするから、ちゃんと問いに答えなきゃ。

 …………、何の質問だったっけ?

「……『白』の継承者となった意味を問うたのだ。まぁどうせ知らぬだろうがな」

「じゃあ訊かないでよ」

「ふん。貴様の直感に期待したのだ。期待薄だったが、案の定だったな。まぁいい」

 魔王はそこで一呼吸置いてから、続ける。

「『白』は、(しち)(せい)の一。他の全ての色を調停し、繋ぐ力だ。個にして最強を誇り、(ぐん)にして究極と()る。……もっとも、我はそれを使いこなすことはできなかったのだが――」

 魔王の顔に浮かぶのは……自嘲? 或いは――後悔、だろうか。

「……。時間がない。手短に言おう」

 彼の感情は、すぐに消えた。

 代わりに顔に浮かんだのは、真剣さ。例えるなら、教え導く教師や師匠のような顔つき、だろうか。

 どっちも私にはいないけれど。……ううん、ある意味、この魔王様がずっと、私の師匠(せんせい)だったのかな。

「もうじき、貴様は目覚めるだろう。最適化を終え、『白』の継承者として、その力を完全に解放させるところから始めるはずだ。それは『管理者』の手によって強制的に魂に刻みつけられることであるしな」

「……最適化? 管理者? ええっと、どういうこと?」

「悪いが答えている余裕はない」

 魔王は私の質問をバッサリ切り捨て、自分の話を続ける。なんて勝手な。

「魂の修復は、我がすでに行った。『白』の力を手にしたことで、前以上に強大なものとなったであろう。まぁ元々異常ではあったのだが……それは良い」

「……、」

「問題は、魂の形を決める()であった。一度崩れた殻の修復は容易ではない。ひび割れた飴細工に碌な機材もなく手を加えて元に戻すようなものだからな。現存する生物種の中でも最高階級に到達したこの我であっても、それは不可能だ。――ゆえに」

 じっと私の目を見詰める魔王の赤い瞳は、まるで最期の言葉を伝えるかのように真剣で。

 その様子から、彼の語る言葉が真実であることは、もはや疑いようもなかった。

 その心情までもが、偽りなき真実。

 つまり。


「――我の肉体と、残った魂の全てを譲ろう」


 この言葉すらも、一点の曇りもない本心であると、理解できた。

 でも。

 彼の言葉が意味することは――。

「それだと……魔王は、」

「ああ。我の存在は消滅するだろう。だが、案ずるな」

 ここに来て、魔王は初めて柔らかな笑顔を浮かべた。

 相対する者の心を溶かしこむような、温かな微笑。その氷のような美貌とは正反対のそれは、もしかしたら、精神世界だからこそ現れた、彼の素顔だったのかもしれない。

「我の力と技術は、魂を通じて貴様に還元される。そして、我が継いだ『白』もすでに貴様に継承された。つまり、貴様が生きている限り、我の培った人生が消えることはないのだよ」

 …………。

 積み上げたものが引き継がれ、それを持つ者が死なない限り、存在は消えない。

 それは確かにそうだろう。歴史に刻まれ続ける限り、肉体が死に、魂が消滅しても、その人が存在した事実が消えることはないのだから。

 でも――それでも、その人の意識が、精神が――心が消えてしまうことに、変わりはない。

「問題ない。忘れたのか? 我は貴様と魂でぶつかり、そして負けた。それすなわち、我を征服したも同然。敗戦者の奴隷化よりなお立場は下だ。――なれば、貴様の力となって消滅しようと、それを拒否するわけにはいかん」

 魔王は、にやりとした笑みを口元に浮かべる。

 ……そんな理由だけじゃないはずだ。

 そんな理由だけで、この自分勝手な魔王が、自分が生き残ることを諦めるなんて、あり得ない。

 だって魔王は、魂だけの存在になり、生まれたてのゴブリンの体を奪ってまで生に執着したほどなのだ。

 なのに……こんなにもあっさり、自分の命を捨てるなんて。

 そのうえ、私のこと助けようとするだなんて――。

「おかしい。おかしいよ、魔王っ!」

「……、何がだ。敗者は勝者を讃え、力や財産を差し出す。それが戦いの道理だろう? 鬼族である貴様が一番理解しているはずだ」

「分かってる。分かってるけど! でも……だって……っ」


 どうして私に、そこまでしてくれるの?

 どうして私に、力を託そうとするの?


 分からない。分からないよ。

 だって、私は、魔王が生き残る道を断って、その魂を喰らったのだ。彼の未来を奪ったのだ。命を賭けた戦いなのだから、その結果、どちらかが命を失っても当然のことだと受け入れることはできるけれど……恨みを抱かれるのだって、当たり前のはずだ。

 なのに、彼は私が生き残る道を提示し、力の使い方を教えてくれた。

 しっかりとした教えではなかったけれど、彼の助言のおかげで、私は強くなれた。生き残る力を得たのだ。

 普通の感性を持つなら、あり得ない。

 でも、魔王はそうした。

「……私情だよ」

 ぽつり、と。

 魔王の口から零れた言葉は、尊大な彼が発するものとは思えないほどに弱々しくて。

()()への懺悔と、()()への想いがあったから、()()に肩入れした。ただそれだけのことだ」

 まるで、自分自身に言い聞かせるようで。

 それでいて、誰かに聞いていて欲しいような、彼らしい身勝手な思いが宿っていた。

「……、」

 少しだけ俯いていた魔王は、再び私に視線を合わせる。その双眸に、私は、言葉を発することができなかった。

 お腹の中には、いっぱいいっぱい、言いたいことが詰まっているのに。喉に引っかかって、それ以上言うことができないのだ。

 そんな様子の私を見て、魔王はふっ……と笑みを零すと、


「未来ある、白き娘よ。決して、理不尽に屈するなかれ」


 頭に、何かが乗せられる感触があった。

 魔王が、私の頭に手を乗せて、撫でているのだ。

 少しくすぐったくて、でも、どうしてか気持ちよくて。

 じんわりと胸の奥から感じる幸福感が、私の心を満たしてくれる。

 なんだろう。家族なんていないけれど……どうしてだか、彼に撫でられると、彼のことを父親のように感じてしまう。

 ううん、ちょっと違うかな。

 彼の存在を例えるなら――。

「お兄ちゃん、かな」

 うん、ぴったりだ。

 兄――少し恐いけれど、頼りになる存在。そして、偶に見せる優しさが、より私の心を引きつけるのだ。

「……やはり、兄なのか」

「え?」

「何でもない。くだらんことを言っている暇があったら、未来のことでも考えておけ」

「ええー……」

 撫でてきたのはそっちじゃん。

 むぅ……そんなことを考えたら、心を読まれたのか、手を離されてしまった。ちょっと残念。

「これで最後だ、ルシェ」

 世界を包む白が、だんだんと魔王の体を塗り潰していく。

 彼の存在の消滅を象徴しているのだろう。

 でも、魔王に慌てた様子はない。全て、彼が主導することなのだから。

「決して、我のようになるな。道を見失うな。『(それ)』の本質は繋ぐことであり、戦うことではないのだから」

「魔王――」

「ルシェ。次代を紡ぐ若者よ。生きろ。何としても、な」

 何か、言わなきゃいけない。

 でも、こんな時に相応しい言葉なんて、分からない。

 誰か、教えてくれないかな……なんて思っても、今まで答えをくれた魔王は、今回ばかりは答えてくれないだろう。

 だから……私が一番伝えたいことだけを、言葉に変えて送ろう。


「ありがとう、ルシフェード。貴方のおかげで、私はここまで生き残れた。貴方のおかげで、私はこれからも生きていける。全部全部、あなたのおかげだよ――」


 生まれたばかりだけれど、一生のうちで最高の笑顔が作れたと思う。

 私の気持ちがきちんと伝わってくれたら良いのだけれど……その答えばかりは、分からない。

 魔王はすでに、その体をほとんど周囲の白と同化してしまっているからだ。

 でも――彼の口元には、柔らかな笑みが浮かんでいた……と思う。

 ……。

 …………。

「……ぁ」

 そして。

 魔王の姿は、完全に白に飲み込まれてしまった。

「……ありがとう。私、ホントに、貴方には感謝しているんだよ」

 呟いて。

 私の視界もまた、薄れていく。

 ――現実世界に、帰るんだ。


   ◆ ◆ ◆


◆ルシェ=ヴァイス

 年齢:0(生後数十時間)

 性別:女

 階級:■……※器への定着を進行中です。

 種族:■■・■■……※器への定着を進行中です。

 職業:■■■■……※器への定着を進行中です。

 恩恵:■■■■■■■……※器への定着を進行中です。

 称号:■■■■■■■……※器への定着を進行中です。

 技能:■■■■■■■……※器への定着を進行中です。

 武装:

 特徴:■■■■■■■……※器への定着を進行中です。


   ◆ ◆ ◆


「さようなら、ルシェ。もし生まれ変わったなら、僕はきっと、またキミの傍で……いいや、今度こそきっと、キミの隣に立ってみせるよ」



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