『白』を継承する鬼娘
やがて光は収まり、手から斧の重さが完全に消滅してしまった。
今まで使った中でぶっちぎりで強い武器だったから、できればこれからも使いたかったのだけれど、仕方ない。まぁ大きさと重量的に私には向いていなかったから良いけど。
それから、胸の少し上の辺りで真っ二つになったゴーレムの残骸を眺めていると――不意に、くらりと体が揺れた。
「……っ」
魔力の限界を超えてスキルを使った影響だ。吐き気は魔力欠乏が引き起こしたとして……体の芯が冷え込むような感覚は、何か余計なものを代償にしたせいかな?
ゴーレムは、もう動かない。魔道人形の原理なんて知らないけど、いくら血の通っていない非生物といえども、右肩から袈裟斬りにされたら頭脳部と心臓部の繋がりが失われてしまい、機能を停止するのだろう。
なら……少し休んでも良いよね。
そう思って、その場に腰を下ろそうとしたけれど――。
『まだ、倒れるには早い』
魔王が許してくれない。
……コイツのせいで私はピンチになったんだから、言うことを聞く必要なんてないよね?
そう思って、構わずその場に座ろうとして――しかし。
『早急に処置を施さねば、死ぬぞ』
――冷徹さすら感じる断定だった。
「……、どういうこと?」
『先ほど貴様が犠牲にしたのは、魂だ。あらゆる生命体の根幹たる塊、それを削って魔力に変換したからこそ、「豪腕」だけで〈黒白断斧〉を扱えた……が、その影響で貴様本来の魂の形は崩れてしまった。早急に殻を整えてやらねば、器から魂が抜け出すか、或いは器そのものを異形に変化させてしまうだろう』
…………。
魔王の話は知らない単語がいっぱい出てくるし、言い回しが分かりづらいしで難しいけれど……簡単に言えば、立ち止まっている余裕はないってことかな?
『今はそれだけ理解しておけば良い。さぁ勧め、継承者よ』
なんか、ずっと魔王に指図されてばかりで気にくわないけど……仕方ない。自分の命には代えられないし。
まるで冷水でも流し込まれたかのように冷える体を動かして、私はゴーレムの残骸を迂回し、その奥へ進む。
『その扉の奥だ。早くしろ』
急かしてくる魔王がうるさい。
私が入ってきた扉の反対にある、白銀の扉。魔力が感じられるから、たぶん、何らかの魔法が掛けられているのだろう。
『問題ない。開け』
「……ホントに大丈夫なの?」
『案ずるな。貴様は開く資格をすでに手にしている』
相変わらず魔王の言うことは良く分からないし、しかもその理由は詳しく話さないから余計に心配になるのだけれど、悩んでいても仕方ないので、特に反抗せず扉を押し開ける。
今度は押すので合っていたみたいで、重量のある音を立てながら、両開きの白い扉は私の前に道を開く。
――瞬間、流れ出てきた濃密な魔力が、私を圧倒した。
「――っ」
なに……これ。
ワイバーンを灼き尽くした時に私が貯めた魔力がショボく思えるくらい、この部屋から流れてくる魔力は強大で、濃密で、そして――震えるくらいに純粋だった。
白。
汚れを知らない――否、あらゆる不浄を飲み込み塗り潰してしまう、圧倒的なまでの純白。
目に見えているわけではないけれど、魔力を初めて扱った時から感じられるようになった魔力の感覚が、過剰なまでに白の色彩を私に伝えてくる。
『怯むな』
――魔王の声に、はっと意識が戻る。
飲まれていた。ゴーレムが可愛く感じるほどの強大さに、押しつぶされていたんだ。
でも、感じていた感情は、恐怖じゃなくて――。
『進め』
……。
ううん、これは今考えることじゃない。
深呼吸をしてから、ともすれば震えそうになる足を、一歩、前へ進める。
肌を撫でる白い魔力が、ヒリヒリとした痛みを与えてくると同時に、どこか温かな癒やしを感じさせた。感覚からして……浄化と、治癒? 魔物だから浄化で傷ついて、でも治癒の効果で回復している……ってことなのかな。
――――。
どれだけの間、歩いたのだろう。
濃密な魔力に酔ったのか、感覚があやふやになる。頭がぐにゃぐにゃする。
でも、なんとか理解できたのは、目的の場所に辿り着いたってことだ。
『不味いな、早急に処置を始めねば、肉体と魂が乖離してしまう』
焦るような魔王の声。
『継承者よ、我が肉体に触れろ』
白き魔王の肉体っていうのは、この目の前に寝かされた、色白のエルフのことなのかな。傍に立つだけで倒れそうになるのは、この体が部屋に満ちる魔力の源だから……かも。頭がくらくらして、良く分からないや。
肌は白いけれど、病的なまでじゃない。むしろ神々しさすら感じるほどだ。長く伸ばされた髪は白銀で、溢れ出す魔力が煌びやかに彩っている。ずっとずっと見ていたくなるほど美しくて、頭がぼうっとしているせいか、余計に目が離せない。
『早くしろ』
……うるさいなぁ。もうちょっとゆっくりさせてくれても良いのに。
そんな文句を口にする余裕もないから、おとなしくエルフの体に手を伸ばす。犯しがたい処女雪のような体に、指先を触れる――。
『目覚めよ、理の管理者よ』
魔王の声が響く。
私の内側だけじゃない。外側――部屋中に反響するような、荘厳さを宿した声。
『我は「白」の担い手なり。これより「白」を次代へ継承する』
ドクン、と――。
震えたのは、私か、魔王か――それとも、世界か。
『新たな担い手はここに』
部屋中の魔力が渦を巻く。でも、肌に当たる感覚は無かった。音も聞こえない。
ただ、魔王の唄う言葉だけが、私の世界を支配する。
『さぁ、名を告げよ。高らかに。その存在を、世界の理に刻み込むために』
名前――。
そんなもの、持っていない。
でも、ここで答えなきゃいけないんだってことは、さすがに分かる。
うーん……。
魔王につけて貰うのは……なんか嫌だな。それじゃあ、魔王に服従してしまったような気分になるし。
とりあえず、どんな名前が普通なのか知らなきゃつけようがないや。
けれど、私が今まで聞いたことがある名前なんて、白き魔王のものだけだ。
確か、白き魔王の名前は、ルーシー=アイス……だったはず。……あれ? ルシフェン=ライスだっけ?
ま、まぁ、とりあえず、そんな感じの名前にすれば良いのかな。
…………。
「――ルシェ」
脳裏に浮かんだ言葉が、自然と口から零れる。
あれ……? なんでこの名前にしたんだろう。
でも、別に嫌な感じはしないし……いいや。むしろしっくりくるっていうか、なぜかそれ以外の名前で呼ばれるなんて考えられないって感じがするし。どうしてそう思ったのかは分からないけど。
あ、魔王の名前みたいに、後半も考えないと――。
って思ったけれど、魔王は待ってくれなかった。
『承認する。汝、ルシェ。未だ鬼人に甘んずる継承者よ。今この時より、汝は「白」を継ぎ、ヴァイスを名乗れ』
違う。魔王の声じゃない。
知らない声。
けれど姿はどこにも見えない。ううん、そもそもの話、気が付いたら私の視界は真っ白に染まっていて、何も見えなかった。
視界の異常に気付いたら、だんだんと他の変化にも気付きだした。
耳に伝わる音はなくて、静寂が降りている。体を動かそうと思っても力が入らなくて、けれど感覚が全くないわけじゃない。なんだか、変な感じがする。
体が……ううん、魂が暖められていくような――新たな力が注がれるような。
『汝、ルシェ=ヴァイス。「白」を継ぎし者。未完成の器には限界がある。ゆえに、残りの継承は階級の上昇に応じたものとする。励め。七星の一として恥じぬようにな』
その声を引き金に。
私の意識は、ぷつりと切れた。
◆ ◆ ◆
◆ルシェ=ヴァイス
年齢:0(生後数十時間)
性別:女
階級:■……※情報の書き換えを進行中です。
種族:■■・■■……※情報の書き換えを進行中です。
職業:■■■■……※情報の書き換えを進行中です。
恩恵:■■■■■■■……※情報の書き換えを進行中です。
称号:■■■■■■■……※情報の書き換えを進行中です。
技能:■■■■■■■……※情報の書き換えを進行中です。
武装:
特徴:■■■■■■■……※情報の書き換えを進行中です。
やっと……やっと名前が、出せた……!
なお、主人公――ルシェのおかしな直感が暴走していますが、その辺りは追々書いていく予定です。




