愛称を考える白鬼娘
「喜べ、ルシェ。この羽蜥蜴はお主の配下になったぞ」
ディアナちゃんに呼ばれて駆け寄ると、開口一番にそんなことを言われた。
「でもそれじゃあ、対等じゃないよ?」
首を傾げる私に、けれどディアナちゃんはにやりと笑って、
「友人というものは、必ずしも立場が対等であるとは限らないのじゃ」
……そういえば、ルシフェードの知識にもあった気がする。王様と騎士が友人とか、貴族様と使用人が幼馴染みで無二の親友、とか。そう考えると、主人と配下が友人関係っていうのも……あり、なのかな?
でも……、
「貴女は、それで良いの?」
ディアナちゃんにつけられた傷を癒やすためなのか、床に俯せる黄金の竜。彼女に視線を向けると、存外に落ち着いた声音が返ってくる。
「ええ。貴女は強大な力を示した。なら、敗者たる私はその意志に従うまでよ」
「……そっか。うん、そっか!」
彼女が納得しているのなら、私に否はない。
ホントのところを言えば、支配者と被支配者という立場は落ち着かないのだけれど……仕方ないよね。
魔物の思考は、人類とは違う。一般に人類に分類されるエルフのルシフェードの知識を得たからか、私はだいぶ彼の考え方に影響されているようで、私と彼女たちとの間に少し思考にズレが出ているみたい。
魔物である以上、矯正した方が良いのかもしれないけれど……でも、彼が残してくれたものを少しでもこの手に残しておきたい。そう思ってしまうから、なるべく直したくないかな。
……ううん。すでにこの考え方は、私の一部なんだ。だから直す必要なんてない。
そう納得していると、ふと、大事なことを忘れていると気付いた。
「あ、そうだ。貴女の名前、訊いてなかった!」
黄金の竜。ディアナちゃんは羽蜥蜴なんて呼んでいるけれど、まさかそれが名前ってわけじゃないよね。嫌がってたし。
友達になるのなら、名前を知りたいって思うのは当然のことだろう。むしろなんで今まで訊いていなかったのか。
すると、黄金の竜は僅かな沈黙を置いてから、
「……、フォーティリエスメラルダよ」
「ふぉー……なんて?」
「フォーティリエスメラルダ」
ふぉー……めら…………うぅ、長くて覚えられない。というか言いにくい。竜族ってみんなこんな分かりづらい名前なのかな?
でも友達の名前を覚えないなんて酷い話だし……ルシフェードの知識にも『コミュ力お化けは、一度会った奴の顔と名前を覚えておくことで交友関係を広げる』ってあるし、これからも友達を増やしていきたいのならきちんと覚えないわけにはいかない。
「ホーチリ……エランダ?」
「フォーティリエスメラルダ!」
「フォーティーメラルー?」
「フォーティリエスメラルダ!!」
「フォー…………」
うん、無理。繰り返している内に舌を噛んでしまいそう。
……あ、そうだ!
「ふぉー……めら……うん。メラさんって呼ぶね!」
長くて呼びづらいなら、愛称をつければ良いじゃん! ルシフェードの知識にも、『仲良くなった友人同士は愛称で呼び合うこともある』ってあるんだし、良いことだよね!
「は、はぁ!? 私の名前はそんなショボくないわ!」
「えー? メラさんって可愛いじゃん」
メラさん、メラさんって繰り返していると、なぜだか小さな火の玉みたいなイメージが頭の中に浮かんでくる。ルシフェードの知識の影響かな? 火は彼女のイメージとは違うけれど、小さくて可愛いから、愛称としてはバッチリだ。
「く、くくっ。似合っておるぞ、羽蜥蜴」
「ほら、ディアナちゃんもこう言ってるよ」
「明らかに貶してるわよそいつ! しかも相変わらず羽蜥蜴呼ばわりは変わらないしっ!」
どこが不満なのだろう? 可愛いのに。
竜っぽくないから、とか?
でも竜らしい愛称なんて分からないしなぁ……。
「うーん……じゃあ、フォーさん?」
「嫌よ、格好悪いわ」
「ティリ」
「高貴じゃないから嫌」
「メラルー」
「なにか……嫌よ。なぜかしら、背筋がぞわっとするの。竜には似合わないというか……竜を狩る側な気がするというか……」
全部可愛いと思うのになぁ。あ、でも最後のは黒い毛並みのイメージが浮かんでくるから、確かに彼女には似合わないかも。
うーん……やっぱりメラさんが一番だと思う。語感が良いし。何より可愛い。
「じゃあ貴女はなんて呼んで欲しいの?」
何度私が提案しても一蹴されるなら、もういっそのこと本人に決めて貰えば良いと思い立ち、訊いてみた。
すると彼女は、その声に呆れたような色を乗せて、
「普通にフォーティリエスメラルダと呼べば良いじゃない」
「えー、長くて言いづらい……」
「なんでよっ! そもそも私のこの高貴な名前を略して呼ぶなんてあり得ないことなのよ!? 確かに貴女には負けたし、そこの吸血姫にも敵わないけれど、私は『暴虐の金竜』として恐れられるAランクの竜なのよ! そんな私を象徴する偉大な名を、どうして略さなければならないのかしら!!」
「でも可愛いじゃん、メラさん」
「うぎゃぁぁぁああああだから略すんじゃないわよぉぉぉおおおおおお――ッ!!」
壁や床をビリビリと揺らす咆哮を上げる黄金の竜。でも、どうしてだろう。竜の咆哮といえば恐怖の象徴でもあるのに、全然恐くない。むしろ憐れむような気持ちさえ浮かんでくる。
だから私は、咆哮というよりは絶叫する彼女の頭をそっと撫でてやった。
最強種たる竜の皮膚は鋼鉄にも勝る強度を誇ることからゴツゴツしているのかと思っていたけれど、予想と違ってすべすべしていた。気持ちの良い手触りは、いつまでも触っていたいと思わせる極上の絹のよう。うーん、最高だよぉ……!
「ちょ……や、やめなさい! 撫でるんじゃないわよっ!」
「うわぁ、気持ちいいなぁ」
「やめなさいって言っているでしょう!?」
「どれ、わらわも一撫で……」
「なっ、吸血姫まで!? やめ、やめろって、やめなさいよぉぉぉおおおおおおおおおッ!!」
バジィッ! と雷光が弾けたけれど、ルシフェードの和服を着る私には焦げ痕一つ付くことはない。肌が露出している部分については『白』を多分に含んだ魔力で保護しておいたので、こちらも無傷だ。私の反対側から竜を撫でていたディアナちゃんも、魔力で防御したのかさして動じずに撫で続けている。
「お、おおっ! 確かにこれは良いな。ふむ、竜の皮で服をこしらえるのも、なかなかどうして魅力的じゃなぁ」
「ちょ、ちょっと! 竜の前でそんなこと言わないでくれるかしら!?」
「肉も美味い、皮も上質、鱗も超高価……竜は全身くまなく素材にできる便利な魔物じゃよ、本当に」
「ひぃぃいいいいっ!? だからそんな話、目の前でするんじゃないわよ!」
竜は体も大きいから、いっぱい素材が取れるしね……なんて言うのはさすがにかわいそうかな。
でも、こうやってじゃれ合っているのは……なんか友達っぽくて、すっごく気分が良い。自然と笑顔になってしまう。
「あははっ。これからよろしくね、メラさん!」
「だから略すんじゃないわよこの白鬼がぁぁぁあああああああああああ――ッ!!」
端から見たら、ドラゴンの頭を押さえつけて撫で回す少女と幼女。