白き魔王に抗う小鬼
リハビリがてら投稿。
初めての一人称なので見苦しい部分も多いかと思いますが、なんとか形になるよう努力して参りますので、どうかお付き合いくださいませ。
気付いたら、石畳の通路に立っていた。
「……?」
辺りを見回せば、苔の生えた石材の壁や天井が目に入る。床も同じような石造りだが、生物の往来があるためか他と比べて幾分か磨り減っており、所々に鋭いものに斬り裂かれた痕や重たいものに砕かれた残骸が見て取れた。
知らない場所――というのは当たり前だ。だって、私という存在は、今この瞬間に生まれたのだから。
『――ほう。珍しい。雌の胎ではなく魔力収縮によって生まれた小鬼に、もう自我が芽生えているのか』
知らない声がした。
知らないのは当然だ。生後数十秒のゴブリンに知り合いなど皆無なのだし。
けれど驚いたのは、それが『声』と呼ぶには少々歪だったからだ。
脳内に直接刻み込むような、おかしな感覚。もっとも、直接他者と会話などしたこともないので、種族――或いは『魔物』として生まれた瞬間から有する知識に基づいた判断なのだけれど。
その『声』は、不思議な感覚に首を傾げる私の反応などお構いなしに――或いは気にするような精神を持ち合わせていないのか、独り言のように続ける。
『面白い。実に面白い。魔王の素質か? 或いは勇者候補か? どちらでも良い』
カカカッ、と。枯れた老人のような調子で笑いを零す『声』。
「……、がにゃーあ、ぎゃーげ?」
上手く声が出せない。ゴブリンは元々綺麗に喋る種族ではないのもあるが、それ以上に生まれたてでまだ馴染んでいないのだろう。自然に生まれた(『声』曰く魔力収縮での誕生)のだからすでに幼体ではないのだけれど、こればかりは練習あるのみか。
ただ、『声』はそれでも聞き取れたのか、或いは別な方法で私の思念を読み取ったのか、答えてくれた。
『貴様に言ったところで分かるまい。だがまぁ、冥土の土産だ。これからその体を貰うに当たり、多少の融通を利いてやる』
「……? えいどょにょみゃーげ?」
何か、おかしなことを言われた気がする。
訝しむ私に、けれど『声』は構わない。いや――構う必要がないのか。
『生まれたばかりで死ぬというのも、この世界では良くあることだ。汚らわしい小鬼の娘よ。いや、将来有望だった魔物よ。諦めよ。そして光栄に思え。我、白き魔王ルシフェード=ヴァイスが、その体をもらい受ける』
淡々と。
けれど、どこか愉快そうな調子を乗せて。
『声』は――否、魔王を名乗る絶対強者は、そう宣言した。
――直後。
突如目の前に発生した純白の閃光が、私の体に突き刺さった。
「がッ!?」
空気を吐き出す。別に肺が圧迫されたでもない。そもそも体に傷はない。けれど確かに、私は『痛み』を感じた。
『さぁ、疾く譲り渡せ』
脳裏に響いた『声』は、先ほどよりも大きい。
――ああ、そうか。
当然だ。だって『声』は、私の中に入ってきているのだから。
『ほう……やはり貴様の魂は歪だ。異質だ。――ゆえに、我が復活するための良い糧となる』
魔王は語る。面白そうに。
それはきっと、彼が口にしているようなことに抱いている感情ではない。
未来だ。
彼が本来の力を取り戻し、再び魔王として君臨する未来を夢想して、喜悦を感じているのだ。
彼が私の中に入り込み、魂に触れ、体の支配権を奪うために食らいつくそうとしてくれたおかげで、私の方にも彼の心の中が流れ込んできている。彼の知識、彼の経験、彼の野望と共に。
『小鬼如きの肉体に宿るなど屈辱の極みだが、この際仕方あるまい。多少の我慢だ。それに小鬼も一応は鬼族だからな、進化を重ねれば、以前の肉体に勝るとも劣らぬ強靱な肉体を得られるであろう』
未来を語る魔王。彼の頭の中には、すでに私の存在などない。
その肉体を奪えて当然。邪魔されるなど、微塵も考えていない。
彼からすれば当然のことだ。最弱の種族、生まれたばかりの小娘。たとえ彼が消耗し、魂だけの存在であろうと、脅威にはなり得ない。
――だからって、おとなしく肉体を譲り渡すのか?
「……ぎぁ、だ……」
『羅刹か。夜叉か。般若か。いや、或いは吸血鬼に外れるのも良いな。ククク、存外鬼というのも夢のある種族だ』
その愉快な声が気に入らない。
その視線に私を映していないのが気に入らない。
なにより――何もせず敗れる私自身が気に入らない。
「うよ、ざぼ……」
『む……? なんだ、やはりおかしな恩恵を得ているな。「塔」の魔物ゆえか……いや、それだけではないな。カカカ、やはり美味い拾いものだ』
じわじわと。
私の中が、食い尽くされていく。
寄生虫が内臓を喰らっていくように。悪魔が魂を啜るように。私の存在が、喰われていく。
気持ち悪い。気持ち悪い。認められない。認めたくない。こんなところで終わるなど――こんなに短い生涯など、許容できるわけがないッ!
だから。
私は、力の限り、叫んだ。
「びぶぎぶぼぐづがげづでゃげど、づでょざぼ……ッ!」
求めよ、さらば与えられん。
でも、与えてくれる者がいないなら、どうすれば良いの?
「ばだじが……っでぎゃりゅ」
そうだ。
「ばだじが、ぐらっでぎゃりゅッ!!」
ともすれば飲み込まれてしまいそうな意識を強く持つ。私という存在を確かに認識する。
大丈夫。私の体は私のもの。卑劣な白き魔王などに明け渡す道理はない。
『ぐ……?』
「ぎゃぎゃ、でゃ……」
私が私の未来を歩むために、入り込んでくるもう一つの魂は邪魔だ!
だから喰らえ。自らの糧にしろ。
この世界は理不尽で溢れていると、魔王は言っていた。
なら、進入してくる魔王の魂を、生まれたてのゴブリンである私が喰らっても、許されるよね?
『なん、だ……何が起きている? 貴様、何をしている!?』
「ぐぐじゃぎ、ばだじぼがだだばばだじどぼどだッ!」
一瞬だけ、魔王が怯えた。最強の存在が、確かに私に対して恐怖したのだ。
それは未知への恐怖であって、決して私に対して脅威を感じたわけではないだろう。でも、その感情は、確かにつけ込む隙となる。
「ばだじば、ばだじどじぎゃだで、びだびぼづがぶッ!!」
叫んで。叫んで。叫んで。
そして――いつの間にか、私の世界は真っ白に染まっていた。
◆ ◆ ◆
魔王とは本来最強の存在であって、肉体から離れた魂だけの存在となってもその絶対的地位は揺るがない。
けれど魂の強さは、物質的な強度に由来しない。魔法現象によっては関与されるけれど、魂同士の争いになった時に優劣を決するのは、存在の次元を決める霊格と、思いの強さだ。
霊格は、彼女が生まれ持つとある加護と、魔王が事前に受けていた損傷によって、ほとんど差がない状態だった。
であれば。
最終的に支配権を有するのは、より未来への渇望に溢れていた者となる。
◆ ◆ ◆
◆ゴブリン(固有名未設定)
年齢:0(生後数十秒)
性別:女
階級:E
種族:鬼族・小鬼
職業:ゴブリン・ノーマン
恩恵:『???の祝福』……※情報開示権限レベルが不足しています。New!
称号:『反逆者』……運命に抗う者に与えられる。(幸運Ⅱ 特殊技能『因果の打倒』獲得)New!
技能:『???・下級』……※情報開示権限レベルが不足しています。New!
『因果の打倒』……不運操作の影響を受けない。不利な運命操作の影響を受けない。New!
武装:
特徴:一般的なゴブリンの姿(深緑の肌で、子供くらいの体型)
初めましての方は初めまして、そうでない方はお久しぶりです。月詠舞夜です。
……え? 他の三作? ……しばらくは投稿できないかなぁ(殴)。
すみません、かっちりプロット作ったやつだと気楽に書けなくて、あまり執筆に時間が掛けられない現在はそちらを進めるのは難しいのです。
……でも現実逃避で書きたくなってしまうんですよねぇ、ってことで今作を書き始めました。
だいぶゆっくりの更新になると思います。自由気ままに書くつもりです。
こんな調子ですが、少しでも面白いと感じて頂ければ幸いです。