第八話 ルーミvsエンヴィー
は?何が起こった?
いや、俺は分かっている。
「未来視」で誰が何したかは、もうわかってる。
だけど、認めたくなかった。
前世での常識は、一切通用しない異世界。
今までも、魔法や魔物など前世と違うところがあった。
そういうところは、まだ割り切れていた。
だけど、たった一人の少女が、クレーターができるレベルのことをするなんて・・・流石に割り切れない。現実だと思えない。
俺は、声も発さず絶句していた。
アンやユーズも同様だ。
猪であるティーでさえ、少し震えていた。
俺は、「未来視」で視た映像を思い出す。
今からエンヴィーは、地面に降り立って、こちらに向かってくるはずだ。
そうなる前に、アン達を逃がさなければいけない。
ならば、やることは一つ。
「アン、逃げろ。」
俺が、アン達の逃げる時間を稼ぐこと。
「・・・い・・・や・・・いや・・・だよ・・・。」
涙目でアンは俺に訴えかけてくる。
やっぱりか。
そりゃそうだよな。
俺は十中八九、母さん達の二の舞になる。
それは、アンも分かっているのだろう。
だけどな、
「頼む。逃げてくれ。」
「いやだよ!お兄ちゃん一人で勝てるの?村の皆が、勝てなかった相手に。私も戦う。」
アンの眼は、真剣そのものだ。
だが、俺はアンの鳩尾を殴る。
それによって、アンの意識は暗闇へと落ちていく。
「なん・・・で・・・?」
俺は、もう失いたくないんだ。生きていてほしいんだ。
そのためなら、俺は何だってできる気がするんだ。
だから、ごめん。
逃げてくれ。
俺は、気絶したアンをユーズに託す。
ユーズには、俺の覚悟が伝わったようだ。
何も言わず、涙を流すのを必死にこらえて託されてくれた。
強い子だ。
ティーも俺を心配してくれるが、今の俺は、頑張って作り笑顔をしている。
そのかいもあってか、ティーはすぐに折れてくれた。
俺は、ティーが見えなくなるまで見送った。
「キミの兄弟を思う気持ちに少し嫉妬しちゃったよ~♪」
俺が振り返ると、そこには笑みを浮かべたエンヴィーが立っていた。
「意外だな。お前は、すぐに攻撃してくるかと思ったんだが。」
俺は、エンヴィーが地面に降り立ってから、俺達のことを待ってくれているのを分かっていた。
なぜなら、俺は「神ノ瞳」の能力の一つ、「心眼」を使ったからだ。
これは、たとえ目を閉じていても周りのことを把握できる能力だ。
俺は、これを久々に使う。
いままでは、危機察知能力をなるべく高めるために、一切使ってこなかった。
だから、これを使うのは、二度目かな?
もっと使って練習しておけば良かった。
今更、後悔しても遅いんだけどさ。
よく見ると、エンヴィーが少し震えている。
どうしたんだ?
そう思った俺は、腰の刀を抜く。
「下等生物がァ~ボクのことを“お前”と呼ぶなァァァァ!」
エンヴィーが物凄い形相と声で叫ぶと、エンヴィーの周りに10本以上の炎を纏った鎖が出てきた。
その鎖一つ一つが意思を持っているかのように、俺に向かってくる。
俺は、土壁を創った上で、横に回避した。
すると、土壁は一瞬で消し飛び、そのままの勢いで、鎖は森を破壊した。
危なっ!
「心眼」と「走馬灯」を並列で使ってなきゃマジでヤバかった。
俺がさっきまでいたところは、悲惨なことになってるし。
そんなことを考えている暇は、当然なく、
すぐに、鎖が俺を追尾してくる。
ギリギリ一本かわしきれなかったので刀ではじいたら。
え!?
魔鉄100%の刀が溶けてる。
ヤベェェェェ!
森の中で俺は、何度も何度も炎の鎖を避けていく。
森の中だといずれ捕まるな。
俺は、なるべく広い場所で戦おうと、森から出て村の跡地に逃げる。
マズい。
俺は、すでに肩で息をしている。
一方、エンヴィーはというと、炎の鎖に任せているため、一歩も動いていない。
どうしようか、と思っていると、
エンヴィーは、炎の鎖を消した。
それにより、エンヴィーの攻撃が一瞬止まった。
はぁ。どうせ死ぬぐらいなら、「解析鑑定」を本気で使うか。
俺を殺す相手の能力ぐらい知っときたいからな。
というわけで、「解析鑑定」~!
・個体名 エンヴィー
・種族 般若
・称号 九罪王/九守王/嫉妬王
・**** ****
・希少能力 「魔力感知」「多重結界」「魔王覇気」「思考加速」「炎熱操作」「黒炎」「炎人化」「物理攻撃耐性」「状態異常無効」「精神攻撃耐性」「熱変動無効」「見鬼」
「は?」
思わず心の声が、口から洩れた。
希少能力だけを見ても化け物だ。
しかも、「神ノ瞳」の本気でも見れない部分がある。
恐怖で心が覆いつくされそうになる。折れそうになる。
だけど、俺は折れるわけにはいかないんだ。
兄弟達のためにも。
そう俺は自分に言い聞かせて、心を保つ。
そして、乾いた笑みを浮かべる。
こうなったらヤケクソだ。
やれるとこまでやってやる。
文字通り、最期までやってやる。
ルーミは、この時点で生への執着をやめた。
彼は、一つの目的を達成するために刀を構える。
時間稼ぎという、一つの目的のために。
「キミはさぁ~。本当に般若を怒らせるのが得意だなぁ~。」
引き攣った笑みを浮かべた、般若が動いた。
エンヴィーは、差していた日傘を閉じた。
その瞬間、何かがエンヴィーから放たれた。
そして、俺の左側の脇腹が無くなった。
俺はそのまま、あおむけに倒れる。
は?
何が起こっ・・・があぁぁぁぁ!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い痛い痛い熱い熱い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い・・・
脇腹がなくなったことに、脳が遅れて反応した。
脇腹は、えぐれているだけで、血は全く出ていなかった。
何が起こったかというと、簡単に言えば、エンヴィーが傘で突いただけ。
しかし、エンヴィーが傘で突く速さは、音速に達していた。
それ故に、「神ノ瞳」を以てしても、エンヴィーが何かした。ぐらいにしか見えなかったのだ。
そして、音速に達したことで、衝撃波が生まれていた。
それだけで十分な脅威の威力だったが、エンヴィーは、それをさらに発展させて、衝撃波と一緒に獄炎も放てるようになっていた。
それにより、たとえ人体を貫いても即座に止血が可能。その為、ルーミの脇腹からは血が出ていなかった。
どんなに痛くても止血がされているから楽に死ねない。さらに言えば、エンヴィーならば、急所を外すことなんて児戯に等しかった。それが、この技の真骨頂だった。
俺、死ぬのか・・・。
何分稼げたかな・・・。
ちゃんと逃げれただろうか・・・。
今世は、短かったなぁ~。
いや、ホントに。
時の流れが物凄く速かった気がするからなぁ。
ああ、今世は楽しかったなぁ~・・・。
ルーミの意識は、闇へと落ちていく。
お読みいただきありがとうございました。