第六話 ヒューズとイザベラ
いやぁ。こういう系は彼女いない歴=年齢の作者には難しかったです。
中心の小島に祠が建っている湖のほとりで一人の少年が泣いていた。
空は、灰色の雲に覆われて、曇っている。
「ひぐっひぐっうぇえええうぁあああああああ!」
少年は、自分の膝を抱え、そこに顔をうずめていた。
少年の髪は、黒色に茶色が少し混ざったような色で、肩に届くか届かないぐらいの男の子にしては長い髪をしていた。
するとそこへ、
「ああ!いたいた。ここにいたさね。」
少年の背後から・・・村の方向から一人の少女が草木を押しのけるようにして現れた。
赤毛をポニーテールにして結んでいる。
「あんたは、何かあるとすぐここに来るさね。ヒューズ。」
少年・・・ヒューズを見下ろす形で、あきれたように言う。
「・・・ひぐっうぐっえぐっ・・・イザ・・・ベラ・・・ちゃん・・・」
涙と鼻水を垂れ流しながら、泣き叫ぶのを我慢してヒューズは座ったまま振り向き、背後に立っていたイザベラに向かって言った。
そんなヒューズを見たイザベラがヒューズの横に立ち、右手でヒューズの胸倉をつかんで立ち上がらせ、利き手である左手に拳を作って、ヒューズの右頬を思いっきり、
「え、なに?・・・だあっ!」
殴った。
殴られたヒューズは、肩から湖に突っ込んだ。
湖は、浅いので尻餅をついても腰ぐらいまでしか水に浸からなかった。とはいえ、肩から突っ込んだので、ヒューズは全身ずぶ濡れになっていた。
状況のつかめないヒューズは、殴られた右頬を両手で押さえていた。肩から突っ込んだので、肩も痛かったのだが、殴られた痛みと親しい友達にいきなり殴られたというショックから、無意識に右頬を押さえてしまっていた。
「はあ、なっさけない。」
怒りを顔に表し、湖の中へバシャバシャと入っていく。
そして、今度は左手でヒューズの胸倉を掴んで立たせる。そのまま、息のかかるくらいの至近距離にヒューズを近づけると、
「お前は、男だろう!ならいつまでもそんなことでめそめそするんじゃない!」
大声で叫んだ。ヒューズの耳の中で耳鳴りがするくらいに、
すると、ヒューズはイザベラの手を振り払い、
「そんなことってなんだよ!おばあちゃんが死んじゃったんだぞ!それをなんで、そんなことですますんだよ!」
泣きながら、ヒューズ自身も驚くような大声で言った。
そんなヒューズを見たイザベラは、ふっ、と微笑み、
「やっと言ってくれたさね。自分の思ってることを。」
最初からイザベラの狙いは、ヒューズの本心を挑発することで引き出すことだった。
「・・・へ?」
ヒューズは、脳の理解が追い付かず、情けない声を出してしまった。
「あんたは、いっつもいっつもそうさね!辛いことがあると、いっつも皆には笑顔で接して、いっつも誰もいない湖で一人で泣いてるさね!」
「え・・・」
ヒューズは驚いた。誰にもバレていないと思っていたから。
「あんたの両親が亡くなった時もさね!あの時も、あの時もさね!」
そう言いながら、その時のことをイザベラは心に浮かべた。
「なんで一人で抱えるさね!なんで一人で背負うさね!なんで話してくれないさね!」
ヒューズは歯を食いしばりながら、
「話せるわけないだろう!・・・話せるわけないじゃないか。誰かに僕なんかのことで心配をかけたくなかった。心配させたくなかった。それに・・・それに・・・僕の心を理解してくれる人なんて、もうこの世には一人もいないから・・・。」
俯いて、絞り出すように言った。
するとイザベラは、ヒューズを抱きしめた。
「だから・・・だからこそ、話してほしいさね。話さないと、あんたの考えが伝わる人なんていないさね。あんたが誰にも話したくないって言っても、アタイにだけは、言ってほしいさね。たとえ、誰もが理解してくれなくても、アタイだけは理解するさね。誰もがあんたの言葉を信用しなくても、アタイだけはあんたの言葉を信用するさね、あんたを信用するさね。だから・・・だから、僕なんか、なんてもう二度と言わないでほしいさね。」
イザベラは、より一層強くヒューズを抱きしめた。
「うっ、ひっく、ひっく、ごめん・・・ごめんね。イザベラちゃん。」
そう言うと、再びヒューズは泣いた。
先程までの曇天の空は、ヒューズの心を表すがごとく、晴れやかな青空に変わっていた。
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それから、三年。
ヒューズ、イザベラ、十六歳。
ヒューズは水、イザベラは火の精霊を十五歳の成人の儀の時にその身に宿しており、僅か一年足らずで、その力をほとんど使いこなせるようにまでなっていた。
二人は、祠の建っている小島の浮かぶ、湖のほとりで並んで座っていた。
ヒューズは戸惑っていた。
急に、「ちょっと来てさね」、と言われて、半強制的にイザベラに連れてこられたからだ。
「アタイ、村を出ようと思ってるさね。」
「え?」
ヒューズは、反射的に顔をイザベラに向けた。
「アタイは・・・世界を見て回りたいさね。そして、もっともっと力を付けたいさね。その・・・大切な人を守れるように。」
利き手である左手に握り拳をつくりながら、ヒューズを向いて言った。
ヒューズは全く気が付いていないが、イザベラの頬は、少し赤くなっている。
「・・・いいんじゃないかな。」
一度、下を向いたヒューズだったが、満面の笑みで言った。
「え?」
少しぐらい反対されると思っていたイザベラは、面を食らったような顔をした。
「だって、イザベラちゃんが必死に考え出した結果でしょ?」
ヒューズは、湖の水面を眺めながら言った。
「う、うん。そうだけど。」
「なら、僕はいいと思うよ!行っておいでよ。」
再び、ヒューズはイザベラの方を向いて、笑顔で言った。
「そ、その、だから・・・一緒に来てくれないかさね?」
イザベラは、ヒューズの笑顔を見たのと、言った言葉が恥ずかしくて、俯いてしまった。
「駄目だよ。」
その言葉を聞いた瞬間、イザベラの目には涙が浮かんだ。
「イザベラちゃんに迷惑をかけられない。」
「そ、そんな、アタイは迷惑だなんて・・・」
勢いよく顔を上げたイザベラにの目に飛び込んできたのは、
「それに、おばあちゃん達に託されたこの湖と祠を守っていかなくちゃいけないからね!」
立ち上がって両手を広げている、ヒューズだった。
イザベラは一瞬、「そんなものほっぽり出してもいいさね」と思ったが、ヒューズの笑顔を見て、その思いを口には出さなかった。
「・・・ありがとう、さね。」
「え?」
イザベラは立ち上がると、押し付ける形でヒューズと唇を重ねた。
そして、急に寄り掛かれたため、バランスを崩したヒューズは、押し倒されるような形で湖に突っ込み、イザベラも同じように、押し倒すように湖に突っ込んだ。
湖に突っ込んだ二人は、
「くっ」
「ふっ」
「「はははははは!あははははは!」
大声で笑った。
二人の笑い声は、いつまでも、広い広い森にこだまして響いた。
お読みいただきありがとうございました。
今回は、ヒューズとイザベラの過去回でしたが、どうでしょうか?
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