第三十一話 南西部、最後の決着
場面がコロコロ変わりますが、ご了承ください。
(今の・・・は、)
巨大な光の矢で、ヘイグは影も形もなく消滅した。その様子を、すぐそばでヘイグに翻弄されていたイリスは目撃した。矢の飛んできた方向からして、犯人は明確だ。
彼女は、地上で精も根も尽き果てて倒れているアンの元へ降り立つ。急いで駆け寄り、ボロボロではあるが四枚の翼でアンを包み込むようにして、回復魔法をかけ始める。
しばらくして、イリスはふう、と息を吐くと、
「取り、あえずは大丈夫です、かね。」
安堵し、その場にへたり込んでしまった。
しかし、それがいけなかった。
『魔の大森林』。ここはもはや予測不能の戦場だった。何が起こるかわからない。最も激化しているのは西部。ましてやここは、西部に近い南西部。アンがヘイグに捕捉された理由と同じだった。
木を薙ぎ倒し現れたのは、異形の怪物。腕にそのまま百足をくっつけたような二足歩行の蜥蜴。
それは、動くものすべてに攻撃する。
「お兄ちゃん、誰?」
ユーズの放ったその言葉は、ルーミの心臓に打撃でも叩き込まれたんじゃないかと思わせるほどの衝撃だった。
「・・・は?俺は、お前の、兄の、ルーミだ、ぞ?」
ルーミは唇を震わせながら言葉を紡いだ。
しかし、
「?僕には姉ちゃんしかいないよ?」
ユーズは首を傾げた。まるで、ルーミの存在を否定するかのように。
「・・・した、」
「あ?」
忘れている。
これは、頭に強い衝撃を受けたことによって起きる記憶喪失なんかじゃない。
明らかに魔法や能力の類だ。
だとしたらかけた元凶は?
怪しいのは、ただ一人。
「ユーズに何をしたァァあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
魔王。
ルーミの瞳は、その赤い瞳と交差する。
「うるせェ。さッとと消えろ。」
直後、魔王が何かをした素振りは見せなかった。
しかし、ルーミの身体は不自然な程にあっさりと吹き飛ばされた。
そのまま木にたたきつけられたルーミの視界に入ってきたのは、
「何してるの!?」
「黙ってろ。」
突然のことで理解が追い付かず叫ぶユーズと、それを一瞥しただけで黙らせ、昏倒させる魔王。
ルーミはそれを、茫然と見つめることしか出来なかった。
「なァ、テメェがコイツの兄ッてことでいいんだよなァ?」
同時に、自分と同い年にしか見えない魔王から一直線に、まるで嵐のような威圧が吹き荒れる。
背後の木々がギシギシと軋む。
全身がビリビリと痺れて、鳥肌が立つ。
〝格〟が違う。
だけど。
退くわけにはいかない。
ルーミは「覇気」を発動させて、魔王の威圧を相殺する。
「記憶も、全て返してもらうぞ。」
「・・・チッ、場所変えるぞ。」
刀を抜く間もなかった。魔王が右手を振るったと思ったら吹き飛ばされていた。
ゆうに十メートル。
背中に強烈な衝撃を受けたことで、反射的に吐いてしまう。
「ぁ、ぐ・・・げほっ、がぼっ!がぼばぁっ!!げがっ・・・がっ!!はあ、はあ・・・。」
そんなルーミを待つ間もなく、
「オイオイィィ、この程度か?だッたら殺すぞ。」
今しがたルーミが吹き飛ばされたことによってできた破壊の後。それを気にも留めないかのように、悠々と歩き月明かりによってより輝く金髪の少年。
(くそっ、どうする。サーガは今いないんだぞ!!)
その時だった。
一瞬、何故か月明かりが途切れた。暗闇の世界が訪れる。
魔王の動きが止まった。しかし、ルーミには、「暗視」がある。
この奇跡の様なチャンスを力にして、立ち上がり、刀を抜き、振るう。
いつの間にか、イリスの前には黒い人影があった。
「あなた、は・・・、」
その人影は、黒を基調とした執事服を着ていた。イリスが黒い人影と思った要因の一つである。
そしてイリスが気が付くと、腕が百足の蜥蜴は細切れになっていた。
人影はそんなのお構いなしに、
「ふむ、暴食をイメージした異形族ですか。強引に繋げてあるといった感じですかね。・・・おっと、つい分析してしまった。」
そう呟いた。
そして振り向いた人影は、笑ってこう言った。
「ご安心ください。私はルーミ様との契約者でございます。御方の命令でお助けに参じました。」
ただなる気配。しかし、彼は味方と言った。
その言葉を信用するかのように、激しい戦闘の後回復にほとんどの魔力を使ったイリスは、意識を手放した。
「それでは、運びましょうか。」
サーガは〝闇〟で腕をもう二本創り出し、合計四本の腕で倒れている彼女たちを抱える。
この場に彼が現れた理由は、ルーミの苦肉の策である。
自分が一人しかおらず、アンかユーズ、そのどちらかしか助けに行けないのであれば、人手を増やせばいい。
そう思ったルーミが使ったのは、闇魔法『影分身』。自分を一人までなら複製できる魔法だ。しかし、この魔法に技術は複製されない。故に、密談時のようにサーガが複製体に乗り移ったのだ。
だが、一見メリットのみに聞こえるこの方法も、当然のようにデメリットが存在する。それは、ルーミ自身の魔力が半減し、サーガなしでの戦いを強いられることだ。
エンヴィーとの戦いでも、サーガがいたから生き残れたのだ。サーガがいたからまともに渡り合うことが出来たのだ。
もし、サーガおらずエンヴィー並みの強者と戦うことになったら・・・。
だからこそ、サーガは急ぐ。
だからこそ、
(血鬼将という輩は、あちらに任せましょうかね。)
彼は暗闇で閉ざされた森の中を一瞥し、そう思った。
(どうしてだ、どうしてオレサマはこんな状況になったんだ!!)
暗い暗い森の茂みの中で、アンに『月光早矢』を食らってなお、頭部だけになりながらヘイグは生きていた。首からは一切血が出ておらず、徐々にその先から肩が生え始めていた。
その理由は、彼の種族・・・吸血鬼族の特性にあった。それは、魂さえ無事なら、回数制限ありで生き返ることができる、というものだった。ちなみに、ヘイグは二回。彼の上位互換である始祖であれば、九回という驚異の再生力を誇っていた。
(オレサマは追いつめていたはずだ。始祖であらせられる色欲王様の血を飲んだから。)
そう。ヘイグは奥の手である始祖の血を飲んだのだ。その力は魔王すら凌駕すると言われていたから。
だが、負けた。負けた。負けた。負けタ。負ケタ。まケタ。マケタ。マケタ。マケタ。マケタァァァアアアアアアアアアアアアアあアあアアああアアア!!
(クソッ!!殺される、殺される、殺されるゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!)
その時、胸まで再生していたヘイグの目に飛び込んできたのは、二対の翼を羽ばたかせて降り立つ、イリスの姿だった。彼女は、倒れているアンに駆け寄り、回復魔法をかけ始める。
(あの・・・ッ!クソガキドモォォォ‼殺してやる、殺してやる、せめて腕まで再生したら殺してやるッッ!!)
そして、ヘイグの腕まで再生された時、
(ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!あいつらあんな雑魚トカゲに襲われてやがるッ!)
その隙に、と、下劣な笑みを浮かべたヘイグが、腕のみで襲い掛かろうと茂みから出ようとしたとき、
(な、ナンで、こんなところに〝原初〟がいやがるッ!しかも、〝黒〟じゃねえか・・・強さに興味を持った途端、無差別に悪魔共を殺害したイカレタ悪魔ッ!勝てねェ、勝てるわけがネェッッ!!)
現れたのは、〝原初の黒〟。
茂みから出ようとしたヘイグの腕が止まる。
さらに、
(ヒャッ!メ、目が合った?ヒャヒャヒャァァァアアアアあアあアアあアアアアアアああアアあアアあア!!)
全力で逃げた。
ヘイグの心を満たしたのは、尋常ならぬほどの恐怖。この場から逃げたいという、恐怖。
どんなにみっともなくとも、死にたくない。その一心で、這いずり回りながら、逃げる。逃げて、逃げて、逃げて、逃げ続ける。手の皮が擦り切れても、膝までが再生されても、逃げる。
そして、足まで再生して、走れるようになった時、ヘイグの前に、影が降り立った。
そこにいたのは、サーガ・・・ではなかった。
再び光を取り戻した月光に映し出されたシルエットは、黒ではなく白。
透き通るような白髪。顔を隠すための、何も描かれていない真っ白な仮面。そして、森には合わないような、白を基調とした質素な執事服。背には白い鞘に収まった大剣を携えていた。
「な、ンだよ、第三位ンとこの飼い主じゃねェかァ。驚かせンじャねェ!!」
「・・・、」
サーガと間違えつつも、八つ当たりのように叫ぶ。
そんな傲岸不遜な態度に、執事服の男は無言のままだった。
「つゥか、なンでこンなとこにいンだァ?今回の作戦にテメェは参加してねェはずだろうが?」
「・・・決まっていますよ。九柱も〝王〟はいらない。〝王〟は我が主、暴食王様にこそ相応しい。と、回答。」
「あァ?」
一瞬だった。
執事服の男は、その重たそうな大剣を抜き、音速を超える程の剣速で、ヘイグの首を斬り飛ばした。
「さて、あと一回ですかね。と、推測。」
気が付いたら、ヘイグの頭は地に落ちていた。
「テ、テメェェェ何しやがッ・・・。」
「さようなら。と、嘲笑。」
頭のみになって叫ぶヘイグを、縦に一刀両断。
あまりにも、あっけない。
とある元人間の吸血鬼の、最期だった。
その一方的な殺害現場を後にする執事服の男は、こう呟いた。
「さて、第七位の力を完全に削ぐまで、あと二人。と、策略。」
あと何話で二章が終わるのでしょうか・・・?




