第三十話 月光の下で
ついに三十話です。
『魔の大森林』南西部。
〝血鬼将〟ヘイグ。
そして、アン=ナーヴァ。
その間を遮る壁のように立つイリスは、背後のアンを一瞥して、悔やんだ。
全身ボロボロ。体中は擦り傷だらけで、血まみれ。左脚は青紫色に変色して膨らんでいた。最も重症なのは右腕だ。当たり前のように青紫色に変色しており、変な方向に曲がっている。骨が見えないのが奇跡だと思うぐらいだ。
もっと早く来れたら。もっと早く駆け付けられたら。
そんな苦悩の念が、イリスの心を満たす。
「ヒャヒャヒャヒャヒャ、仲間だァ?ンなもの何になるッてンだ?なァ、そンなくだらねェもン、何なるッつッてンだよ!!」
「黙ってください。アナタなんかにそんな言われ方をする筋合いはありません。」
傷つけられた友。下種な笑み。いや、ヘイグが存在していること自体。
そんな怒りに掻き立てられる。
「イリス、ちゃん。そいつの能力は、血を、介して、衝撃を放つ、から・・・。」
もう立ってすらいられないアンは、消えてしまいそうな声でそう言った。
「大丈夫です。血を一滴でも浴びなければいいんですよね。少し寝ておいてください。その間に、すべて終わってますから。」
ボロボロになってまで次へ伝えた少女に、答えるにはどうしたらいいか。
そんなもの、優しい顔で、不安など一瞬たりとも感じさせないように、笑えばいいのだ。
イリスはそれをした。
そして、ヘイグと対峙したとき、イリスの怒りは解放される。
「私の友達を傷つけた罰、その命を以って償えコノヤロウ、ですっ!」
直後、ヘイグを上空へ巻き上げる程の、自然現象では絶対に有り得ない上昇気流が、彼の足元でのみ発生した。
打ち上げられたヘイグが蝙蝠のような翼を広げて空中に静止すると、それを追うようにイリスは飛び上がった。
そして、アンを巻き込まないほどの高度まで上昇すると、音もなく、彼女の種族としての能力を解放した。
二対四枚、雪のような純白の翼。そして同色の小さな輪が、彼女の頭部のすぐ上に生じていた。
直後、無数の鎌鼬の様な風の刃が、ヘイグを襲う。
彼女の種族は中位天使。
二百柱の下位天使を束ね上げる、各属性に二柱のみの天使である。
しかし、今のイリスには一つおかしい点がある。
それは・・・
「オイ・・・オイオイオイ!何でだ!?何で、オマエは二属性の魔法が使えるんだ!!?」
そう。
悪魔や精霊もそうだが、天使とは本来、火の天使なら火属性の魔法が、水の天使なら水属性の魔法が使える。
しかし、それだけなのだ。天使は一属性の魔法しか使えない。それはこの世界の絶対不変の法則だったはずだ。
なのに。
「いやいや、知ってますよね?自分の適していない属性の魔法を使える方法。」
「ハ・・・ヒャヒャヒャ、そういうことか、魔道具かァ。だが何でだァ?魔道具は魔力を流すだけで言い分、威力は落ちるじャねェか。」
「簡単じゃないですか。威力の高い魔道具を作ってもらった。それだけです。」
再び、目には見えない無数の風の刃がヘイグを襲う。
刃に斬られても、ヘイグには「再生」という能力がある。よって、致命傷となる傷でさえも時間さえあれば再生する。しかし、スキルにも魔力を消費する。魔力が無くなれば、どんなものだろうと消滅する。
ならどうするのか、彼の取った行動は、刃に当たらないように避け続けるというものだった。彼に風の刃を止める手立てなどない。彼の能力は血が付着したことで発揮される。風であれば、数滴の血液など吹き飛ばされて終わりだ。だから避ける。
「再生」に魔力を使うのなら、「再生」が発動しないようにすればいい。
しかし、それを許すイリスではない。
必死に蝙蝠の様な黒い翼を羽ばたかせて逃げるヘイグは、純白の羽を羽ばたかせるイリスにすぐ追いつかれてしまう。
移動にも魔道具が使われている。速度でもイリスの方が上だ。
ヘイグがどれだけ再生しようが、彼の魔力は刃を受けるたび減り続ける。
イリスは、ヘイグがどれだけ逃げようが追い回して、自身の魔力が続く限り彼に風の刃をぶつけ続ける。
これは、魔力の残った方が勝つ戦い。
・・・その、はずだった。
アンは目撃した。
そもそも、彼女は重症だった。倒れてもおかしくはなかった。
だが、彼女はできなかった。後のことは人に任せて一人で眠りこけることは。『可哀そうなお姫様』になることだけは。
自分の兄には、『人に頼れ』と言ったのに。
ここで少女は、兄の気持ちを本当の意味で理解できた。
これは、自分で自分の言ったことを破る行為だ。
しかし、少女は動かなくなる寸前の身体に鞭を打ってでも、立ち上がった。
なぜなら、先ほどまでとは、目を疑うほど違う異様な光景が、彼女の視界に飛び込んできたからだった。
形成逆転。
それはまさに、この状況のことを指していた。
自らの血を自由自在に操るヘイグ。
そしてヘイグの猛攻を受け、防戦一方のイリス。
何故こうなったのか。
始まりは、ヘイグが赤黒い液体の入った瓶を取り出し、その中身を飲んだからだろう。
それから、彼は絶叫し発狂し、耳障りな奇怪な声を出したかと思うと、自身の血液を浮遊させ、自由自在に操って見せたのだ。
今までは、血が一直線に同じ速度で放たれていたから、対処が可能だった。しかし、それらが、様々な速度で全方向から襲って来たのならどうか。
イリス本来の魔法は、命。精神や身体を操り、回復等を得意とする属性だ。
だからだろう、これだけの攻撃を受けても即座に回復しているのは。
しかし、回復しているとはいえ、破壊の力がそれを上回ってしまっては意味がない。
いつかは、殺される。
それは、たとえ誰が見たとしても明白だった。
嫌悪感極まりない笑みを浮かべ、多角的に、そして血液を介して衝撃を放つヘイグ。
アンよりもボロボロになっては回復し、痛みも相当なほど食らい続けるイリス。
それを見たアンは。
思考するよりも先に、行動していた。
逃走よりも自身の回復よりも先に、イリスを救うための魔法を唱えていた。
月明かりの下で。
「月光に宿りし光の精霊たちよ。私の魔力を糧として、私の友を守り給え。私は友を害なす者を罰する者。私に集まり、力を貸し給え。私に、敵を打ち滅ぼす力を与え給え。」
そして、叫ぶ。
「上級魔法!!月光速矢!!」
直後、アンの掲げた杖に月光が集まり、一つの矢となりて、ヘイグを貫いた。
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