第5夢 新たな仲間
開かれた窓から入る涼しい風が、リビング全体を優しく撫でるように包み込む。
ユラユラと揺らぐカーテンが、浜辺に押し寄せる波の如く一定のリズムを刻んでいた。
「はぁ? なんだよ幻叶世界って」
その中で、ニッ怪は此処が幻叶世界なのだと3人に伝えていた。
そして当然のように不思議がられている。
「興味深いわね。話を聞こうじゃない」
「うむ。では話をするとしよう。実はの───」
そうして、この世界の仕組みを説明し出したニッ怪。
自分の記憶の中にある全てを掻き出して、包み隠さず口にする。
「成る程。ニッ怪が言うには、この世界は俺たちにとっては本当の世界だが、夏来にとっては夢の世界……つまり夏来の魂だけが平行世界に来ちまったってわけか……すげーなおい」
「幻叶世界ねぇ……何気なく生活して来たけど、あんたたちから見れば異様な世界のようね」
一時はどうなるかと思っていたが、無事2人には納得してもらえたようだ。
その理由としては、この世界に能力者が存在することが大きく影響したのだろう。
不思議な力を持った者がいる世界。
そこでなら、平行世界から来たと言われてもまだ納得がいく。
「うん……だから……僕、この世界の常識を知らないの……能力者が何をしたのか教えて」
「我からも頼む」
「じゃあ私が教えてあげよぉ!能力のことなら私にお任せっ♪」
「おっと待ちな。その前に名乗ったらどうだ? なんて呼べばいいか分からん」
「あ、そうだよね。まずは自己紹介から! 私の名前は仙座 ゆりか。聞いたことあるでしょ?」
「仙座……あっ! 思い出した! 確か……福岡の能力者狩りの生き残りで、物理威力を操る能力者」
「ご名答。流石だね非能力者くん」
「なんだその言い方っ!! なめてんじゃねぇぞコラァ!!」
見下されたように感じた炎条寺が、机に両手を強く叩きつけて怒鳴り散らす。
鬼のような形相で荒ぶる姿を見たうえで、仙座は表情を変えないまま夏来たちの方に顔を向けた。
綺麗にスルーされ、グサリとメンタルを傷つけられた炎条寺。
首を垂らしてブルーな気分に包まれた彼の頭を、幻花はぽんぽんと軽く叩いて宥めている。
「さてと、名前は確か……夏来とニッ怪だったっけ?」
「あ、はい……」
「そっ。んじゃ本題に入るね。 えっと、時は平安──」
時は平安時代。
現在の長野県に当たる土地に、光を操る能力を持った神が舞い降りた。
貧富の差が激しい世を憐れみ、その神は5つの能力を持った者たちを創り出す。
そしてその者たちの活躍により、栄養失調で苦しんでいた民は徐々に回復して行き、平均寿命が大幅に増え、村は活気にあふれたという。
「ぇ……いい事じゃないですか……」
「と、思うじゃん? でもここからが酷くなるの」
長く続いた平和は、1人の能力者によって砕かれる。
命令されることに嫌気が刺した男が、他の4人の能力者と共に神が住まう神社へと出向く。
「もうお前の命令は聞かない」「この地は自分たちが作り上げた場所だ」と、神へ抱いていた不満をここぞとばかりにぶつける。
『人は誰しも堕ちるものとはよく言ったものだ……その愚かさは我に対する侮辱か?』
背に光輪を召喚させた神は、ゆっくりと立ち上がると敵対する者へ向けて鋭い視線を送る。
その言葉を聞いた5人の能力者は次の瞬間、敵うはずもない絶対的な存在に謀反を起こした。
初めは勢いで押していた5人だったが、長期の決戦に本領を発揮した神に押されていき、ついには敗北。
この戦いで半径10㎞に渡り被害が出て、死者は数千人に及んだ。
自ら生み出した者に刃向かわれた怒りから、神は破壊の限りを尽くす。
そして同時に我が子とも言うべき大切なものを失った悲しみから、【感情】の力を持った男女2組を地上に残して天へと帰って行った。
「成る程……それから善人な能力者が増えていったんですね。でもどうして今は……」
「……結果的には国が悪いんだよ、夏来」
そして現在。
その事実を知った日本は、能力を持った者たちに危機感を感じていた。
何か気に触るような事が起これば、強大な力で反抗してくるだろうと。
初めは静かに様子を見ていたが、10年程前に和歌山県で複数の能力者同士の殺し合いがあり、県全体の4分の1が壊滅した。
それがきっかけとなり、国は能力者に対抗するべく、死亡した能力者のDNAを摂取し、それを元に開発された薬から対能力者を創り出した。
その中でも、特に優秀な能力を持つことに成功した者達を寄せ集めて結成されたのが、特殊能力撲滅機動隊。
別名【特滅隊】だ。
その指導者である【ゾルバース・ヴェルデ】という者は、和歌山での殺し合いが起きた際に両親を目の前で殺されたらしい。
それもあってか、機動隊の中でも特に能力者への恨みが強い。
能力者は極悪人だと決めつけ、目撃証言等から居場所を突き止めては、世界の平和の為だと殺戮を繰り返している。
「その様な事が……」
「かつては日本全国で数百人居たと言われていたんだよぉ?でも今は確認出来るだけでたったの7人。始祖の神を含めて8人さ……みんな潰し合って死んでいったの……」
「え、し、始祖って……」
「さっきの話に出てきた神だ。一時期噂になってたもんだ。時折長野の山奥に光の柱が立つってな」
ガサゴソと新聞の山から1つの紙を取り出す炎条寺。
それを夏来とニッ怪の目の前に置く。
覗き込む2人の目に映り込んで来たのは【謎の光。邪神の再臨か?】との見出しと、暗闇の中で山の頂上に一本の光が差している写真だった。
「え……ここって」
「気づいたか。ま、そういうわけだ」
それから視線を説明文に移し、じっくりと読んでいると、何かを見つけた夏来が声を上げる。
そこに記されていたのは、この写真が撮影された場所だった。
「悟河村……」
そう呟いた夏来は、自分と繋がりのある場所に不安な気持ちを抱く。
何故なら、その悟河村には夏来の叔父と叔母が住んでるからだ。
夏休みなどの長期の休みを利用し、炎条寺と幻花を連れて泊まりに行く程度だが、親のいない夏来にとっては1番頼りになる存在だ。
「20XX年……結構最近なんだね」
「あぁ。んでもって これが世間に伝わった頃から、始祖の神が度々姿を現すようになったんだ」
そう言って、今度はスマホの画面を見せる。
そこに映っていたのは、2分程度の短い映像だった。
再生ボタンを押して、動画が流れ始める。
【えー現在、私は新潟県の○○市に来ています。彼方に特滅隊の皆様が待機しております。やはり始祖が来るのでしょうか?】
マイクを持ったリポーターらしき人物が、薄暗い地で目を見輝せながら実況をしていた。
カメラに映る、全身を闇で覆い包んだ3人の人間は、その場に佇んで空を見上げている。
『──来たかァ……』
すると、その内の1人が声を発する。
その瞬間、雨雲に包まれた空から、一本の光の柱がゆっくりと降りてきた。
そしてそれは、とある一軒家の屋根に接触すると同時に人の形を作り出していく。
『………』
全身を作り上げ、周囲に漂う闇を薙ぎ払った者は、勢いよく両手を広げて背中に光輪を出現させる。
「あれが……始祖の神……」
そのあまりの神々しさに、夏来は目を奪われる。
だが、それと同時に始祖の神から感じられる威圧感と恐怖に、ガクガクと身体が小刻みに震えていた。
『久しぶりだな悟神ィ……何しに来たんでェ?』
語尾を伸ばす独特な喋り方の人間は、始祖の神に向かって【悟神】という名前を使う。
『ゾルバース……我は貴様らに殺された我が子たちの恨みを返す為だと、前に言っておいたはずだが』
それに続いて悟神という名の神は、地上にて敵対する者たちを見下ろしながら、対話を続けている者の名を口に出す。
『相変わらず怖ェこと考えてやがるぜェ……悟神さんよォ……』
『行くぞ。ハァァッ!!』
『フッ……ッァァァァア!!』
互いに声を張り上げて足場を蹴りだすと、空中で拳同士がぶつかり合う。
その荒々しい交戦により生み出された衝撃波が、周りの建物を粉々に破壊していく。
そして最後にリポーターの叫び声が聞こえ、そこで動画は終わってしまった。
「悟神……ゾルバース……」
「それが、あの者らの名のようじゃな」
これから自分たちとも敵対するであろう者たちの顔と名を、2人はしっかりと脳裏に焼き付ける。
人間離れした力にどう立ち向かうのが最善か?
はたまた、どちら側かに付いて安全を確保するか?
仮にそうなるとしても、友好を築ける可能性があるのは悟神側だ。
先程の会話から分かるように、ゾルバース達は特滅隊以外の能力者を始末しようとしている。
その一方で悟神は、地上に残した感情の力を持った者たちの子孫である能力者を殺された恨みから、特滅隊を始末しようとしている。
これにより、共通の敵を持ち、なおかつ自分たちに危害を加えないであろう悟神の方が安全性はある。
「どっちかに付いて戦いを有利にしようと考えてるなら、残念だけど無駄だよ」
「え……」
仙座がまるで心を読んだかのように、顎に手を当て深く考え込んでいる夏来にキッパリと言い放つ。
「この世界の能力者は3つに分けられているの。1つ目は感情の能力者の子孫。2つ目はゾルバース率いる特滅隊。そして3つ目は───」
「3つ目は…?」
「──悟神に逆らった5人の能力者の子孫さ。もうこの世には私1人しかいないけどね」
耳を疑う衝撃の発言に、夏来とニッ怪は目を丸くして驚く。
仙座から聞いたあの話を、2人は十分に理解していたはずだった。
しかし、肝心なところを見落としていたことに、今になってようやく気付くことができた。
思い返してみれば、5人の能力者は村を回復させるために長い時間を過ごしていた。
それは数年か、はたまた十数年だったかは分からない。
けれども、子を残すことは十分に出来たはずだ。
故にその血が絶えていないのだとしたら、この世に悟神からも、ゾルバースからも命を狙われている能力者が存在していることになる。
それが彼女【仙座ゆりか】なのだろう。
産まれてからこの日に至るまで、あの2つの脅威から逃れに逃れてきた過酷な人生。
時に仲間の死を乗り越え、そして最愛の家族を失った憎しみから世を恨み────
「もう、逃げるしかないんだ。 私がここにいたら、夏来たちも仲間だと思われて殺されるかもしれない……」
「仙座殿……」
1度も本当の幸せというものを感じたことがないような、暗く、沈んだ目だ。
この悲劇の少女を救い出せるのは自分たちしかいない。
そう感じた夏来は、少しでも仙座の心の傷が癒えるように、あることを切り出す。
「あの……行く宛が無いのなら、この家で一緒に住みませんか?」
「え……で、でも……! 見つかったら…」
「元の世界に戻る為だからって、目の前で困ってる人を見捨てることなんて出来ないですよ」
それまでのおどおどとした口調から一変、夏来は真面目な顔つきで答えた。
予想外の返答に、仙座は驚いたように大きな美しい目を開く。
「だけどっ……夏来が死んだら帰れなく……!」
しかし、直ぐに自分が置かれている状況を振り返った仙座。
その口調は奴らの迫り来る恐怖を表していたが、それと同時に帰る場所を見つけたという【喜び】を叫んでいたようにも感じた。
「友達を助けられずに自分だけ助かるなんて、それこそ罪悪感で死にたくなるよ」
「とも……だち……?」
「あぁ、俺たち友達だろ。なぁ?」
「えぇ、当たり前じゃない」
「然様。友の苦しみは友で分かち合おうではないか」
「おっ! 良いこと言うじゃねぇかニッ怪」
「み…みんな……」
ポロポロと泣きながら感謝する仙座を見て、夏来たちは互いの顔を見合わせてクスリと笑った。
するとその時、壁に掛けられた時計が14時を告げる音色を部屋全体に響き渡らせる。
「ってかヤベェ! 買い物済ませたらすぐ帰って来るように言われてたんだった!」
その音を聞いて何かを思い出した炎条寺が、額に冷や汗を流しながら荷物をまとめて立ち上がる。
ドタドタと騒がしい音を立てながら玄関へと続く廊下のドアノブに手をかけると、一言残して風のように去って行った。
「全く……あいついつも勝手なんだから。ごめんね、ゆりか」
「ううん、大丈夫!」
目の下をほんのりと赤く染め、ニカッと笑って見せた。
すっかり元気を取り戻した様子に、夏来たちはウットリと目を閉じて和やかな顔になる。
「さてと、私もそろそろ帰るわ」
「あっ……もう行っちゃうの……」
テーブルに手をついて立ち上がった幻花は、寂しそうな影がちらちらと頬の辺りを掠める夏来を見て、踏み出そうとした足を止めた。
「──そうね……あんたら2人の能力、この目で見てから帰ろうかしら」
「だね……! 僕も見てみたい!」
少しでもこの家に幻花が滞在してくれることに、夏来の心は随喜に満ち溢れた。
満面の笑みを浮かべて喜ぶ夏来を見る幻花は、本能的にこの笑顔を守ってあげたいという気持ちに包まれる。
「はいはーい! じゃあ私から見せるねっ!」
「仙座殿……能力というものはあまり見せるものでは───」
「良いじゃん良いじゃん! ニッ怪のいた世界はそうかもしれないけど、こっちにはそんな決まりないしねっ!」
何の躊躇いも無く上機嫌で話を進める仙座に、ニッ怪は優しく注意を促す。
しかし、ここはニッ怪のいた世界とは何もかもが根本的に違う世界。
それ故に、能力に対する考え方が違ってくるのも仕方がない。
「そうかい、ならば仙座殿から……」
この幻叶世界の常識に合わせることにし、ニッ怪は仙座の話に耳を傾ける。
「では、お披露目しましょん! まずは物理威力を操る能力から!」
そう言った仙座は、窓を勢いよく開けてサンダルに履き替え庭へと足を踏み入れる。
何をするのだろうと不思議に思っていると、キョロキョロと辺りを見渡した後に、花壇から重そうな分厚いレンガを1つ持ち上げる。
そしてそのレンガにデコピンを数発食らわす。
「いっ……たぁっ!!」
「何したいのよ……」
意味不明な行動からの自滅に、幻花は呆れた様子で呟く。
「い、今のが……能力無しね……っ……そして──」
痛みに涙を流す仙座は、次にレンガを真上に軽々と放り投げる。
これだけでも十分凄いと言えるが、 目の前に落ちてきたレンガを、手の甲でコツンと叩いて粉々に砕いた時の凄さには敵わなかった。
「えぇ!? ちょ、凄いじゃない!」
「ま、多少はね? これが物理威力を操る能力さ! 人間が出せる力の最大10倍までの力を発揮出来るんだ〜凄いでしょ♪」
「血、出ておるぞ」
得意げな表情を浮かべる仙座は、右手を血で赤く染め上げていた。
痛みに引きつった顔を見て、ダメージを受けてしまうのなら意味が無いと思うニッ怪。
「どう? これが私の実力だよん!」
ニッ怪の声が聞こえていないのか、はたまた痛いところをつかれたことにより無視をしているのかは分からない。
だが焦りの目を向けている仙座を見て、それ以上は何も言わない方が良いのだと察した。
しかし、家の物を壊されておいて黙っている夏来ではない。
「うん……あの……凄いけど、あとでレンガ弁償してくださいね」
仙座の足元に散らばるガラクタ。
とてもレンガだったとは言い難い姿に、夏来は少しキレ気味で言い放った。
「すいましぇん……あっそうだ! ちょっと待ってて!」
「え?」
夏来が聞き返そうと口を開いた瞬間、その場から仙座が一瞬にして消え去った。
そのあまりの衝撃さに、それまで退屈そうに腕組みをしていたニッ怪は、不意を打たれた拍子に喉が塞がって声が出せない。
「おまた〜はい、これをセットして完了!」
そしてその数分後、何事もなかったかのように現れた仙座は、破壊したレンガと同じ形と色のレンガを花壇に置いて話を続ける。
「よっと……今見てもらったように、私は瞬間移動も出来るんだ〜。あ、あとこのレンガはちゃんと買ったやつだから!」
ポケットの中から取り出したレシートを夏来たちに見せつける。
そこには確かに今日の日付の購入履歴が書かれていた。
「それなら問題ない」と言い、再び能力の話に戻る2人の横で、夏来は首を傾げながらジッとそのレシートを見ていた。
「ねぇ仙座さん……」
「ん? なぁに?」
「お金……持ってましたっけ?」
「ぎくっ!」
明らかに怪しい反応を見せ、さらには声を上げて一歩後退する。
こんなに分かりやすい動揺の仕方があるのだろうか?
そんな自分の姿を客観的に見たのか、目を閉じて薄ら笑いを浮かべた仙座は、袖から高級そうな財布を取り出した。
「あ、それって……」
「ふふっ……そうだよ。これはさっき帰った──えっと……」
「炎条寺殿じゃ」
「あぁ!そうそう! あいつのさっ!瞬間移動は便利だよね〜盗みも簡単にできちゃうからねぇ!」
本性を現した仙座は、まるでRPGのラスボスの様な雰囲気を醸し出していた。
可愛らしい容姿からは想像も出来ない闇に、夏来たちは可哀想な者を見るような視線を送る。
「い、いや違うから! 確かに瞬間移動を使ってイタズラとかしたことあるけど、これは今日が初めてだから! ちゃんとお金は返すから! 2人ともスマホをしまってよぉ……」
無表情でスマホを取り出した夏来と幻花は、画面を3回タップした後に耳元へと持ってくる。
その一連の流れに、仙座は警察に通報されてしまうのでは無いかと思って泣きながら縋り付く。
すると、そんな慌てふためく仙座の頭を撫でた幻花は「そんな事しないわ」と優しく声をかける。
「うぅ……ごめん、ごめんっ……」
「早う炎条寺殿に謝りに行った方が良かろう」
「うん……ニッ怪君の言う通りですよ。今なら許してくれるかも……」
「許してくれるかなっ!? なら行ってくるぅっ!!」
レシートと財布をしっかりと握りしめ、仙座は甲高い声を置き去りにして消えた。
それを見届けた夏来は、2人をダイニングテーブルへと案内する。
炎条寺のキレやすくネチッこい性格を知っていた夏来は、暫くの間仙座は帰ってこれないことを察していた。
「あの……紅茶入れるけど……2人は?」
台所に立った夏来が、席に着いた2人に問いかける。
「ええ、いつも通りの渋みでお願い」
「我は少し薄めで頼む」
「はーい……」
それぞれの注文を聞き、夏来は温めた透明なカップに電気ポットのお湯を注いで準備を始める。
その間、肘をついて手に顎を乗せた幻花は、ニッ怪と向かい合いながら神妙な面持ちで話し始めていた。
「所で、ニッ怪はどんな能力を持ってるの?」
「時間を巻き戻す力と、エネルギーを操る力を有しておる」
仙座同様、ニッ怪も2つの能力を持っているようだ。
使い勝手の良い時間系の能力に加え、エネルギーを操るという謎に満ちた力。
この2つでどのようなことが出来るか、それを詳しく聞き出そうと身を乗り出して顔を近づける。
「は、話すけん……少し離れてもらえぬか」
間近で異性の顔を見ることに慣れていないのか、ニッ怪は目を左右に動かしながら喋りずらそうにしている。
その様子を見た幻花は、高ぶる感情を抑えて椅子に浅く座って話を聞く。
「まずは時間を巻き戻す力から話すとしよう。これはの──」
自身の秘められた力について、少し嫌な顔をしながらも話し出したニッ怪。
この力の対象は使用した者だけに限らず、生があるもの無いもの、全てに影響することが出来ること。
そして実用例としては、怪我などを治す時に非常に役に立つと言う。
怪我をする前の状態に戻したりなど、使用方法は様々だ。
しかし、ニッ怪自身はこの能力の話をあまり言いたくない様子であり、もっと詳しく聞き出そうとする幻花に対して口を固く閉ざして黙り込むという態度をとる。
「ぁ…いや、もう十分よ十分……」
「そうかい。ならば良いのじゃが」
何か隠すことでもあるのだろうか?
自分たちにすら言えない、誰にも知られてはいけない何かが───
そう不思議に思っていると、ニッ怪がテーブルの上に置かれた花瓶の花に触れながら、エネルギーを操る能力について説明し出す。
「この力は、生きておるものから生命エネルギーを奪うことが出来る。尚、与えることも可能じゃけん、お主らも一時的ではあるが我らと同じ程の力を発揮できるのじゃよ」
そう言いながら、ニッ怪は手に力を込める。
すると、触れている花が見る見る内に生気を失い縮み始めた。
そして全ての花弁が抜け落ちた時、再び能力を発動したニッ怪により、以前の面影を持った花が誕生した。
「───正直その喋り方と言い、心の中であんたのこと見下してたけど、前言撤回するわ。頼りになる能力者さん」
感心する幻花に、少々照れ臭そうに笑うニッ怪。
おぼんに乗せて運ばれてきた紅茶を手にし、これからのことについて話をしていると、玄関の方から炎条寺の怒鳴り声が聞こえてくる。
飲みかけの紅茶を一気に飲み干し、駆け足で玄関へと向かった3人は、そこで襟を掴まれながらジタバタと暴れ回る仙座を見つける。
「ったく……こいつの面倒見るなら ちゃんと躾とけ。オラッ!動くんじゃねぇ!」
「夏来の嘘つき──! 許してくれなかったじゃんかぁぁ!!」
「え、ぼ、僕じゃないよ……元はニッ怪君が言い出したことだし……」
「我に責任を押し付けるでない!」
「はぁ……今回のは目を瞑ってやるから、次からは気をつけろよ」
「うぐぅ……」
軽く頭をコツンと叩いた炎条寺は、最後の駄目押しと言わんばかりにふんと鼻を鳴らすと、ついでに帰ると切り出した幻花と共に夏来家を後にした。
「ばいばーい」
玄関先まで見送った3人は、青々と晴れ渡る空を見上げた。
夏来はこれから始まる幻叶世界での生活に心を踊らせつつも、願いを見つけられるのかと言う不安。
ニッ怪は自分の知っている世界と明らかに違う状況に、どう接していけば分からないと言った焦り。
そして仙座は孤独から抜け出して友と呼べる者に出会った喜びを噛み締めると同時に、特滅隊や始祖の神の手からどう夏来たちを守れるかを考えていた。
「さてと……これから忙しくなるね」
それぞれが思うことは違えども、幸せの裏には必ず不安や恐怖があるものだ。
そう改めて感じた夏来はパチンと手を叩き、声高らかに言った。
家の中へと駆けていく2人の背を見つめながら、夏来は一歩を踏み出す。
「───?」
その時だった。
バサバサと、何かが空を羽ばたくような音が聞こえ、夏来は身体ごと振り返る。
すると、太陽に向かって天高く昇っていく一羽の鳥が目に映り込んで来た。
───僕はあの鳥を知っている。
ふと、そんな思いが頭をよぎる。
知るはずもない鳥の記憶、それを自分は何処かで見ていた──
悲しみとも、喜びとも捉えられる気持ちに包まれた夏来は、手招きをする2人に呼ばれて歩き出した。