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薄弱少年と願いを叶える幻夢郷  作者: わたっふ
第1章 幻叶世界編
3/12

第2夢 友と決意

丘の上に建ち並ぶ家々。

その中の一角、灰色の屋根が目立つ大きな家が夏来の帰る場所だ。

玄関先に立ち、鞄から取り出した鍵でドアを開ける。

濡れ髪を軽く手で払い、家の中へと入る。


「ただいま……」


靴を脱いで、廊下へと足を踏み入れる。

掠れた、消えかかりそうな声で帰りを告げた。

しかし、夏来にはそれをする必要がなかった。

リビングへと続く長い廊下の壁には、家族の写真が飾らせている。

どれも父と母、そして自分の3人がそこにはいた。


「………」


しかし、今この家に住んでいるのは夏来だけ。

父親は仕事や人間関係が上手くいかず、極度のスランプ状態に陥ってしまい、約半年前に自殺。

その後を追うように母親は重い病にかかり、病院にて帰らぬ人となった。

家でも孤独、学校でも孤独、どこへ行こうとも夏来はたった1人だ。


「……」


そんなことを思い出しながら、薄暗いリビングの中央に位置するソファーに鞄を放り投げる。

そして小さい頃からの趣味である小説を書くために、机の椅子を引いた───その時だった。

夏来を包み込む無音の世界に、チャイムの音が鳴り響く。

椅子を元に戻して窓から玄関先を覗き見る。

すると豪雨の中、先程別れたばかりのニッ怪が傘もささずに佇んでいた。

夏来の視線に気づいたのか、こちらに顔を向けニカッと笑って小さく手を振る。


「ちょ…ちょっと……ど、どうしたんですか」


急いで玄関のドアを開け、目の前に立つニッ怪に問いかける。


「なぁに、少しばかり夏来殿の様子をとな」


「そ、そんなの明日でもいいじゃないですか……取り敢えず中に入ってください。 風邪でも引かれたら嫌ですし……」


わざわざ自分に会うためだけに来てくれたのにもかかわらず、このまま突き返すのは非常識だ。

それに、この世界のことをもっと知っておきたい。

そんな気持ちに駆られ、夏来はニッ怪を室内へと招き入れた。














「すまぬな、風呂まで頂いてしもうて」


「いえ……こんなことくらいしか出来ませんが……」


夕日も地平線に消え、辺りが暗くなって来た頃、風呂を借りたニッ怪はソファーに座る夏来に声を掛ける。

小さなテーブルを挟んで対のソファーに腰を下し、落ち着きのない夏来を真剣な眼差しで見つめる。


「さて、本題に入ろうかの」


「あ、その前に……なんで僕の家を知って……」


「それは今は良いではないか〜 夏来殿ぉ」


そう不思議に思った夏来の発言を、ニッ怪は綺麗に受け流す。

何かを隠している様な気がしたが、夏来はモヤモヤする気持ちを抑え込む。

誰だって知られたくないものはある。


「ぁ……まぁ…いいですけど……」


「うむ、それでは───」


それから暫くの間、この世界の仕組みを詳しく教えてもらった夏来。

聞くところによると、この幻叶世界と呼ばれる異世界は夏来の意思が作り出した創造の空間らしい。

そして、夏来が元の世界に帰れる唯一の方法である【願いを叶える】という条件。

これには時間制限があるらしく、3年以内に願いを叶えられなければ、現実の自分は死んでしまう。

さらには、この世界にて事故死や病死などで死亡した場合でも同じ道を辿るようだ。


「それで……今の僕はなんなんですか…?

本当の自分じゃないんですよね…」


「いや、お主はお主じゃよ。 分かりやすく説明するとすれば、今の夏来殿は魂だけの存在。現実の夏来殿は人間の形をした【モノ】ということじゃろうな」


「な、なるほど………そうですか……」


「───あまり、元の世界に帰りとうなさげじゃな」


夏来の暗く沈んだ顔つきに、ニッ怪がボソリと呟く。

その発言に、夏来は肩をピクリと跳ねさせて激しく首を横に振るう。


「どんな理由があろうと、現実から目を背けてはならぬぞ夏来殿」


「………ニッ怪さんは、僕とは違うからそんなことが言えるんですよ……」


そうだ、この人と僕は違う。

人生価値があるのとないのとでは、比べる必要もなし。

いやむしろ比べるのは失礼に値するだろう。


しかし次の瞬間、ニッ怪の口から出た同情の気持ちが入った言葉に、夏来は耳を疑った。


「我も同類じゃよ、夏来殿とよう似とる。 身寄り無し、帰る場所無し、親しい友もあまりおらん。 それでもこうして前を見ぃ歩いとる」


「ニッ怪さん……」


「じゃから、夏来殿は1人ではなかろうて。 我がいるからの」


自分と同じ境遇の人、この苦しみを分かち合える人が側にいるだけで、こんなにも心が軽くなるとは。

きっとこの人は自分の1番の親友になるだろう。

そう夏来は強く感じた。


「───あの」


「なんじゃ?」


「帰る場所が無いん……ですよね? その……良かったら暫くの間……この家で一緒に住みませんか?」


それ故か?

夏来は無意識のうちに、ニッ怪に向けてそんなことを告げていた。

気味の悪い発言をしてしまった。

そう気付くも、もう後戻りが出来ない状況となっている。


「では、お言葉に甘えようかの」


だがそんな夏来の思いとは裏腹に、ニッ怪は小さく笑みを浮かべて答えた。

まるでこうなる事を知っていたかのような表情で、夏来は少し違和感を覚える。


「家事は我に任せい。 食事以外は出来るけんの」


「そ、そうなんですか……」


「…………」


夏来の冷静な返答に、ニッ怪は口を噤む。

何か気に触るようなことを言ったか、言動を振り返るも決定的なものは無いはずだ。


「あ、ご、ごめんなさい……」


せっかく仲良くなった、夏来にとって数少ない友達だ。

それを自分の失態で失いたくない。

あたふたと身振り手振りで焦りを表しつつ、どうしたら許してもらえるかを考える。


「それじゃ」


「え?」


しかし次の瞬間、ニッ怪の口から出た言葉に、夏来はキョトンとした表情で見つめなおす。


「敬語は止めぬか。 友の仲では不要じゃろうに」


「ぁ……はぁ……わ、分かりました」


「むっ」


「あっ……分かった!」


「なっははは! 良い!それで良いのじゃ!」


なはは、と癖のある笑い方をする。

今日会ったばかりで、まだお互いを余り知らない状態である中、多少の躊躇いはあったが特に断る理由もない。

これも親友への一歩だと信じて、夏来は勇気を出して口にする。


「うぬっ?」


と、その時、ぐぅーと大きな音を立てる2人のお腹。


「ご飯にしま……しよっか」


「そうじゃな! 腹が減っては戦は出来ぬからの!」


「戦はしないんだけどね……」


冷蔵庫から冷凍食品を取り出し、ラップに包んであるご飯と一緒にレンジで温める。


「こっちこっち」


熱々のご飯をお椀に移し、ダイニングテーブルに料理を運ぶ。

割り箸を配り終え、2人は椅子に腰をかけて食べ始める。


「誰かと一緒にご飯なんて……久しぶり」


僅かに笑みを浮かべながら、そう呟く。

今までの寂しくて味気ない食事も、今日でおさらばだ。


「なんじゃ、きちんと笑えるではないか」


「え、ぁ……ん…」


「おやおや、顔が赤くなっておるぞ? 大丈夫かの?」


「だ、大丈夫っ! な、なんてことない……から」


こういった辱めを受けるのも、随分久しぶりに思える。

だからこそ、この嬉しい気持ちにも納得がいく。


「ごちそうさまっ」


先に食べ終わった夏来は、忙しそうに洗い物に入る。


「ここは我が受け持つ。夏来殿は風呂へ行くと良い」


夏来の背を押し、皿洗いを始めるニッ怪を、横目で心配そうに見つめる夏来。

その視線を感じたのか、振り向いたニッ怪はニカッと笑ってみせる。


「じ…じゃぁ……お願いね」


言われた通り、夏来は着替えを持って脱衣所へと向かう。

シャワーを浴び、風呂に浸かり大きく息を吐き出した。


「僕は1人じゃ無い……か」


広がる湯気の中、先ほどのニッ怪の言葉を思い出す。

孤独な身にとって、この言葉に秘められた力は大きなものになりうるだろう。


「ふふっ」


だからとても嬉しかった。

これ以上ないくらいに心が軽くなったような気がする。


「ありがとう」


目を閉じながら小さく呟く夏来は、ニッ怪に向けて心からの感謝の言葉を口に出した───
















風呂から上がり、扇風機の風の気持ち良さを肌身で感じている夏来。

そのすぐ横では、眠たそうに目をこするニッ怪がいた。

ふと壁の時計に目を移すと、夜の9時を回っていた。


「もう寝よっか。 待ってて、布団敷くから」


「いや、毛布のみで良い」


隣の和室との境にある戸に手をかけ、横へと引く。

押入れの中から布団を引っ張りだそうとしている夏来へ向けて、ニッ怪は遠慮がちに言う。


「そう…? じゃ、毛布だけ」


はい。 と渡された毛布を受け取ったニッ怪は、部屋の壁にもたれて肩にかける。


「……痛くない?」


「これがよく寝れるのでな。 心配はいらんぞい」


「ならいいけど……ま、おやすみ」


コクリと頷いたニッ怪は、腰をずらして寝る体勢を取る。

夏来はリビングの電気を消し、二階へと行くと自室のベッドにダイブする。


1つ屋根の下、誰かと一緒の生活が始まる。

それだけでとても安心できた。


「これからどうなるのかな……」


しかし気がかりが1つだけある。

生きる希望が増えた今、何もしないで3年後の死を待つのは惜しい。

何とかして現実世界に帰り、これまでとは違う自分に生まれ変わりたい。


「……頑張ろう」


そう決意を新たに、夏来はゆっくりと目を閉じる。

窓の外から聞こえる雨の音が、まるで自分の心を映し出しているかのように、儚く、そして切なく思えた────


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