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薄弱少年と願いを叶える幻夢郷  作者: わたっふ
第1章 幻叶世界編
2/12

第1夢 幻叶世界

とある世界に助けを求める少年がいた。


悲しさと絶え間ない苦しみの中を生きる者がいた。


これは弱くて惨めで情けない少年が、本当の強さを得るまでの物語である────











※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



春の終わりを迎える5月下旬のこと。

高校1年生の少年【皇 夏来(すめらぎ なつき)】は東京のとある区で、平凡な日常を過ごしていた。

しかし彼は内気な性格で、自分から話しかけるような真似は一切せず、外部との接触を拒んでいた。

そんな日々を送っていれば、目の前の状況にも納得がいく。


「かはっ……!」


ある日の放課後、1人のクラスメイトに人目のつかない校舎裏に呼び出された夏来。

勢いよく肩を押され、壁に背中を打ち付ける。


「よォ、最近相手してやれなくてごめんなァ?」


不気味な笑みを浮かべ、拳をコキコキと鳴らす男。

彼の名は【紅原 海斗(こうはら かいと)

夏来との関係を一言で言ってしまえば、虐めをやる側とやられる側だ。


「お前がこの事を誰にも言わないでいてくれて助かるぜェ……その方がやりやすいからなァ」


グイッと顔を近づけて、目を細め鼻で笑いながら言う。

震えて身動きが出来ない状態の夏来を見下ろし一呼吸を置くと、少し強めのパンチを数発ほど頰や腹に食らわす。


「っぐ……」


慣れたはずの痛み。

しかし苦痛に涙を流す自分の姿に、心は折れても身体は正直だと改めて思い知らされる。

手で殴られた場所を押さえながら、ズルズルと後ずさる夏来の足元に、100円硬貨が2枚投げ出される。


「こんなことする奴なんて居ねえんだぜェ? 俺って優しいよなァ?」


「は………は…い……」


震えた声で返事をした夏来を見て、紅原は高笑いでその場を後にする。

そして夏来はゆっくりと立ち上がり、転がっている鞄を拾い上げると、その硬貨を近場にあった落し物箱に入れてゆっくりと歩き出した。














生徒玄関へと来た夏来は、ふと誰かの視線に気づいて顔を上げた。

すると壁にもたれかかりながら、微妙に崩れた前髪のオールバックの男がこちらを見ていた。


「ん? やっと来たか夏来。遅かったじゃねぇか。何してたんだ?」


そう明るい声で話しかけてきたのは、同じクラスで唯一の友達の【炎条寺 友貴(えんじょうじ ともき)】だった。

中学生までは京都に住んでいた夏来。

親の都合により東京の高校へと通う事になってしまって以来、初めて出来た友達ということもあり、夏来は炎条寺の事を信頼しきっている。


「なんでも……ないよ」


しかし、些細なことで炎条寺の過去を知ってしまった時から、少しずつだが距離を取ってしまっている自分がいるのを薄々感じていた。

聞いた話では、中学時代 相当荒れていたらしく、学校内でも何度も殴り合いの喧嘩をしたり、その度に起きる器物損害など様々な事件を引き起こしていたらしい。

そして【そう言う系】のグループのリーダー格を務めていた炎条寺だったが、逆心に駆られたメンバーからの裏切りによって病院送りにされ、今ではこうしてその道から外れて気楽に生きているという。


「そうか、まぁなんかあったら教えろよな」


「うん……ありがとう」


だが、そんな事実があっても友達でいたいと言う気持ちは変わらない。

なにせ、こんな何の役にも立ちやしない自分と友達になってくれたのだから───


「さ、帰ろうぜ。帰りにラーメンでも食いに行くか?」


小腹が空く時間帯での、その言葉の力は強烈だ。

しかしあまり外食し過ぎるのも身体には良くない。

ここは我慢と自分に言い聞かせて、夏来は炎条寺の誘いを断った。














「じゃあ……こっちだから……バイバイ」


「おう、また明日な!」


歩き続けて数十分後、分かれ道へと差し掛かった夏来。

炎条寺に別れを告げ、互いに背を向けてT字路を曲がった。

ここから家までは、入り組んだ路地を5分ほど歩いて見えてくる、緩やかな坂を登っていった所にある。


「………いっ……」


別れてから数十秒経った後、押し寄せてくる寂しさと共に、紅原から受けた痛みが再び夏来を襲う。

入学当初から目を付けられていた夏来は、何かあっては決まって放課後に呼び出され、ストレス発散の材料として利用されている。

このことを誰かに相談しようとしても、いざ口に出そうとすると恐怖で声が出ない。

いつも脳内に紅原の顔が浮かび、どこかで監視されているのだろうと思うようになっていたからだ。

だから今でもこの関係が続いてしまっている。


「あ……」


これから先もずっと苦痛を味わってしまうのか。

ふとそんな事を考えていると、目の前にどこからかサッカーボールが転がって来た。

それを拾い上げて首を傾げている夏来に、前方から少年達の声が聞こえる。

大きく手を振りながらこっちに頂戴と叫ぶ少年達に、夏来は作り笑いで愛想よく近付いていく。

左右を確認して十字路を横断し、少年達にボールを手渡しする。

「ありがとう」と元気よく言って去っていく姿を見つめた夏来は、心が温かくなるのを感じた。


「よし……行こう」


気持ちを新たに、振り返って足早に歩き出す。

ズレ落ちそうになる鞄の持ち手を肩にかけ直し、十字路を右折すると、行く手に緩やかな坂道が見えてきた。

その手前の信号のレンズが赤から青へと切り替わる。


「………」


それを見た夏来が再び赤になる前に渡り切ろうと走り出す。

そして先程とは違う十字路に差し掛かった時、その身体は右側からの衝撃に吹き飛ばされる。

目に映り込んでくる飛び出し注意の標識と、口から吐き出された生々しい血が、弧を描いて夏来の身体と共に地へと落ちる。

一瞬の出来事に夏来は一体何が起きたのか、理解するのに数秒の時間を有した。


「お、おい大丈夫か!」


意識が朦朧とする中、慌てた様子で駆け寄る男。

その側には小型のトラックが止まっていた。


「………ぁ……が……」


余りの痛さに、身体がピクリとも動かない。



あぁ……このまま死ぬのか僕は……


もっと……生きたかったの……に……



後悔の念に駆られ涙する。

だがそれも一瞬であり、次に夏来の心に満ちたのは喜びだった。

これで紅原との関係を終わらせ、自由の身となることが出来るのならと思い、夏来はそっと目を閉じた───



















「大丈夫かい?」


暗闇の中で先程の男の声ではない、別の声が聞こえる。

その声に夏来は何処と無く懐かしさを覚え、うっすらと目を開けた。


「おぉ、気がついたか」


「(だ……誰……?)」


視界が広がると同時に、目の前に立つ見知らぬ若い男が話しかけてくる。

ホッと胸を撫で下ろし、夏来に向かってニカッと満面の笑みを浮かべる。

そんな不気味ともとれる男の表情に、夏来は鞄を抱きしめながら後退する。


「ぁ…あれ……」


するとそこで夏来は異変に気付いて、小さく声を漏らす。

周囲を見渡した後に、自分の身体を確認する。


見慣れた風景


感じる風の冷たさ


そして自分という存在


その全てが意識を失う前にいた世界と同じ形でそこに広がっていた。

十字路の真ん中で、夏来はしっかりと地面に足をついて立っている。

トラックに轢かれて重傷を負った筈の身体は、擦り傷一つすらも付いていない。


「な……なん…で……どうなって……」


状況が上手く読み込めず、夏来は何かを知っているだろう男の方へ振り向く。


「ぉ、自己紹介がまだであったな。我はニッ怪 滝(にっかい たき)と申す者じゃ。以後お見知り置きを」


高身長で20歳くらいの男が、夏来と目があった拍子に思い出したかのように自己紹介をする。

M字バングの髪型で、右頬には目から顎にかけて三本のクッキリと目立つ傷跡。


「あっ……す…皇 夏来……です」


「宜しく頼もう夏来殿」


堅苦しい雰囲気が漂う中、差し出された手を少々警戒しながらも握り返す。

そして今のこの状況を確認しようと、夏来は自分から話しかけていた。

それは勇気を出して口にしたのでは無く、この男──ニッ怪から感じる自分と同じ雰囲気からであった。


「その……僕、死んだはずなんですけど……どうなってるんですか?」


「お主はまだ死んでおらん、一命は取り留めておる。だが、それも時間の問題じゃ」


訳のわからないことを言い出したニッ怪を、夏来はキョトンとした表情で見つめる。

一命は取り留めている? そんなこと見ればハッキリ分かるじゃないか。

そんなことを思った矢先、再びニッ怪が口を開く。


「我らが今いるのは、お主が生きていた世界の裏側。別名【幻叶世界】じゃ」


「幻叶世界……?」


異世界召喚的なものだとでも言うのだろうか?

第1、もし異世界だとしても、トラックに轢かれてなんてありきたり過ぎる。


「さよう。この世界はその名の通り幻……つまりは夢の世界」


「夢……ですか……」


その言葉を聞いた瞬間、夏来は全てを理解する。

一命は取り留めているということは、死んだと思っていた自分はまだ生きており、この世界は瀕死の自分が今見ている夢なのだと言うこと。


「そしてお主が元の世界に帰るためには、心の内に秘めた願いを叶えねばならん」


「願い?」


「うむ。お主は何かしらの強い願いの為か、現実の世界にて死にとうても死ねぬ身体になっておるのじゃ。故に、その願いとやらを叶えん限り、この世界から出ることもできぬ」


「は……はぁ……」


いよいよ、本格的なものになって来てしまった。

これまでのことを整理すると、自身の【願い】とやらを見つけ出して叶えることが目標となるようだ。


「そ、その……ニッ怪さん…」


おどおどしながらも、現状をもっと把握しておきたいと思い 口を開く。

するとその言葉を遮らんとばかりに、ポツポツと大粒の雫が空から降ってきた。

何事だと空を見上げると、先程まで晴れ渡っていた青空に黒々とした雲がかかっていた。

遮るものが一切ない状況下、夏来の服は容赦なく降りつける雨にジットリと濡れていく。


「あっ……えっと、またここに来れば会え……」


振り向き様に、再会を約束しようと投げかける。

しかしそこにはもうニッ怪の姿はなかった。


「……今日は…帰るか」


これから何をするわけでもない。

ここが異世界でも、見た目は普通となんら変わらない世界だ。

その【願い】とやらを叶えない限り、現実世界の自分は目覚める事なく死んでいく。


───それはそれでいい。


痛みを感じないまま死ねるなら本望だ。

だから、今は何も考えないでいい。

いつもと変わらない日常を過ごせばいいだけの話。


そう、いつもと───


夏来は死ねなかった悔しさと、これからも続く苦しい日々に、暗く沈んだ顔つきのまま家へと続く坂道を登って行った。


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