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別離

作者: 三坂淳一

『 別離 』


 皇居のお濠端を歩いて、日比谷公園に入り、少し行ったところに第二花壇があり、そこに『思い出ベンチ』があります。

 東京都建設局に個人或いは団体が購入手続申請を行い、申請が許可された時点でお金を払い、購入・設置されるベンチです。

 ベンチの背もたれの中央に黄銅製のプレートが嵌め込まれ、寄贈主の氏名とメッセージが記載されています。

 四十文字以内という制限の下に、いろいろなメッセージが書かれています。

多くは感謝の言葉で、幸せな人生を満ち足りた思いで綴る言葉を多く目にします。

親と子供、祖父母と孫、夫と妻、恋人同士といった間柄で交わされるメーセージが殆どです。

例えば、夫婦の間柄でのメッセージではこのようなメッセージがあります。

『手と手をつなぎ歩き続け、天国の入口で

   「この人とで良かった」と互いに言えれば最高・・・』

 他、このようなメッセージもあります。

 『それではまた おさんぽしてきます』


 しかし、中には次のようなかなり異質な言葉を綴ったメッセージもあります。

 『生まれかわったら結婚しようね』

 ハニーという女性が、吉澤くんという男性に語りかけている言葉です。

 吉澤くんとハニーさんの関係はどのような関係であったのでしょうか?

 とても気になる文言です。

ハニーさんは、ひょっとすると日本人では無いのかも知れません。

事情が許さず、ついに結婚出来なかった恋人同士で、女性がこのメッセージと共に『思い出ベンチ』を購入し、叶わなかった恋の思い出の記念として残したかったのかも知れません。

このように、女性から言ってもらえる男性はよほど素敵な男性であったのでしょう。

女性の思いとは別に、男性側から言えば、男冥利に尽きるかも知れません。

たった十四文字に過ぎませんが、この十四文字にはいろいろと想像させる力があります。

 きっと、悲しく辛い恋があったのでしょう。


(サイモン&ガーファンクルの歌「April Come She Will」から)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

April come she will

When streams are ripe and swelled with rain ;

4月、彼女は来るんだ、小川が雨で増水し、いっぱいになる時にね

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 知らない人と飲むのもたまにはいいかも。

酒場でこうして君と知り合ったのだもの。

 僕と同い年ということだし、まあ、気楽に今夜は飲もうよ。

 君は外人の女性と付き合ったことがあるかい。

まあ、普通は無い、よね。僕はあるよ。

スナックで働いていたペルー人の女性さ。

フアニータ、という名の女の人だった。

 聴いてくれるなら、フアニータの話をしようか。


 僕がフアニータを知ったのは、吉祥寺の駅近くのスナックだったんだ。

茗荷谷に住んでいる僕が吉祥寺まで飲みに行ったのには理由があった。

会社の先輩が吉祥寺の社宅に住んでいて、週末僕を誘ったというわけさ。

 吉祥寺の駅があって、向かって左側がいわゆる歓楽街となっていて、飲み屋とかスナックがいっぱい並んでいるんだ。

 その内の一軒に、フアニータが居た。

先輩と飲んで、はしごして、三軒目の店だったと思う。

僕と先輩が店のソファーに案内されて座ったら、来たのが、フアニータだったんだ。

 化粧は濃かったけど、かなりの美形でね。

そう、スタイルもいわゆるナイスバディで。

 彼女、日本語がかなり上手だったけど、スペイン語で僕が話したら、喜んじゃってね。


 スペイン語が話せるのか?、って。

話せるよ。

だって、僕は外語大のスペイン語科を出て、メキシコに一年間ほど留学した経験もあるもの。

僕のスペイン語の流暢さに先輩はびっくりしていたみたいだけど、通訳しながら三人でわいわいと話していたら、フアニータも盛り上がってね、たちまち意気投合したというわけさ。


 「ケンジ、歌を唄って」というフアニータのリクエストに応じて、メキシコで覚えたラテンのスタンダードを何曲か歌って、ね。

ああ、ケンジというのは僕の名前。

僕、松下健司と言います。

今後とも、宜しくね。

さて、どこまで、話したんだっけ。

ああ、歌を唄った、ということまで話したよね。

翌日は休みだし、その夜は二時頃まで飲んだ。

店を出て、先輩と別れ、24時間営業のファミレスで時間を潰し、朝一番の始発で帰ったという次第さ。

勿論、フアニータの携帯電話の番号も抜かり無く、ゲットしてね。


 翌日、二日酔いで頭が痛くて午後まで寝ていたら、午後一時頃、フアニータから電話がかかってきたんだ。

良ければ、どこかで会いたいという電話でね。

僕らは新宿で待ち合わせをし、スタバでコーヒーを飲みながら話をしたんだ。

ラテン系の美女とスペイン語で会話をする、というのはなかなかカッコいいものだぜ。それが初めてのデートで、その後は毎週のように新宿とか吉祥寺で会っていたね。

あちらの人は一般的に老けて見えるんだ。 

フアニータも三十歳くらいに見えたんだけど、二十八歳で僕より三歳ほど年上だった。

一度、結婚したけれどうまく行かなくて、三年前に離婚し、生活費稼ぎに日本に来て働いては、年末に帰り、また年の初めに日本に来る、という繰り返しで三回目の来日だと言っていた。

国には、子供が一人居て、今は母親が面倒を見ているとも言っていたな。

フィリピンから来る女性もそういうケースがよくあるさ。

そうそう、ペルーから日本に来るのって、結構大変なんだよ。

知ってる?

勿論、直行便なんて無いさ。

フアニータは、リマ空港からデルタ航空の飛行機に乗って、アトランタ経由で成田に来たと言っていたな。

なんやかんやで、十九時間の飛行機の旅さ。

他に、ヒューストン経由のコンチネンタル航空とか、サンパウロ経由のブラジル航空があるけど、乗っている時間としては、十七時間から十九時間ということで似たり寄ったり、大差無い時間となっている。

僕は、五年前にメキシコに居たけれど、メキシコもリマほどでは無いにしても、結構遠くて、十四時間以上かかったという記憶がある。

長くて、うんざりする旅さ。


そんなデートをしている内に、君も察しが付いていると思うけど、フアニータといつしか男と女の関係、つまり、できてしまったんだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

May, she will stay,

Resting in my arms again.

5月、彼女は僕と居るよ、僕の腕の中で安らぎながら

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その時、僕は二十五歳でフアニータは二十八歳だよ。

分かるだろ? 熱烈なラブ・アフェアに発展したんだ。

一方、僕たちはいろんなことも話をしたよ。

メキシコは、アステカ文明とマヤ文明という二つの古代文明が有名だけれど、ペルーも負けてはいない、ちゃんと、インカ文明と言う素晴らしい古代文明があるんだ。

インカ文明の特徴は、何と言っても、黄金文化とミイラさ。

黄金に関しては、ピサロというスペインの征服者とインカ帝国の王様、アタワルパの話が有名で、計略で捕らえられたアタワルパが自分の身を解放してくれるならば、今囚われている室を黄金で一杯にするということを約束したという話が一番有名かな。

とにかく、アタワルパの命令により、国中の黄金という黄金が集められ、室を一杯に満たしたそうだ。 

しかし、ピサロは黄金を得たが約束は守らず、アタワルパを縛り首にしてしまったということだ。

メキシコで言えば、征服者のエルナン・コルテスとアステカ王のモクテスマの間にも似たような話があるよ。

喫茶店で僕とフアニータはインカ文明がどうだ、アステカ文明、マヤ文明がどうだこうだ、とかスペイン語で話をしていたのだから、知らない人が見たら、男女の考古学者が真剣に語り合っているように見えたことだろうなあ。

実は、民間会社の新入社員に毛が生えたくらいのしがないサラリーマンとペルーから出稼ぎに来ているスナック勤めの女であるということを知ったら、噴飯物だったろうな。

君、笑わないでくれよ。

僕たちは昼は真剣に議論し、夜は熱烈に愛し合ったんだ。


 また、いろんなところにも二人で行ったよ。

代官山のラ・カシータという店を知ってる?

 知らない。

知らざあ、言って聞かせやしょう。

ま、冗談はさておき、ラ・カシータという店は昔メキシコできちんと料理の勉強をして来た人がオーナー兼料理長で頑張っているメキシコ・レストランなんだ。

値段は少し高めに設定されているけれど、なかなか美味しくて雰囲気も良い店だよ。

今度、案内してもいいよ。

そこは、昼間のランチ・デートのところで。

夜は、恵比寿のエル・リンコン・デ・サムという酒場が僕たちのデートコースだった。フアニータは吉祥寺の駅のキオスクで売っているペルー系のスペイン語版の新聞をよ

く買ってきてくれたものさ。

僕たちは店で額を突き合わせるようにして、その新聞を二人で読んだものだよ。

はたから見たら、可笑しな光景だったと思うよ。

今でもなつかしく思い出すけど。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

June, she’ll change her tune,

In restless walks she’ll prowl the night ;

6月、彼女は心変わりをしたようだ、夜の闇の中を落ち着き無く歩き、彷徨っている


 こうして、僕たちは恋に墜ちたわけだけれど、いつしか隙間風が侵入してきてね。

 相手の国を理解するということは、とりもなおさず、相手の国の常識を理解するということなんだ。

まあ、それはともかく。フアニータは日本に出稼ぎに来て、子供の関係もあって、リマに住んでいる母親に毎月仕送りをしている女だし、僕は僕で会社では未だ半人前の営業マンだし、とても結婚なんて出来る環境じゃなかったんだ。

まして、僕は長男だし、いずれは親の面倒を見なければならない立場だった。

フアニータも子供同様、母親の面倒を実際金銭面で面倒を見ているわけで、二人共かなり不自由な立場にあったのは事実なんだ。

愛があれば、何とかなる、というのは幻想で人は置かれている環境、境遇に支配されると思う。


 秋になって、確か9月の下旬頃、お台場でフィエスタ・メヒカーナという在留メキシコ人が主催するお祭りイベントがあって、僕たちは誘い合って出かけた時のことだった。

 タコスを頬張りながら、ボエミアというメキシカン・ビールを飲んで舞台のマリアッチ・バンドを観ていた時、フアニータに話しかけてきた外人の女性が居たんだ。

発音とか容貌から判断して、フアニータと同じペルー人と知れた。

なつかしそうに話すフアニータの顔は残念ながら、僕と話す時よりも生き生きとしていたんだ。

今、残念ながら、と話したよね。本当に、その時はそう思ったんだ。

同国人と話すフアニータの表情はこちらがびっくりするほど生き生きとしていて、明るかったんだよ。

ボエミアでかなり気持ち良く酔っ払っていたんだが、急に酔いも冷めてしまってね。

別に、フアニータが悪いわけでも無く、その話しかけてきた女の人が悪いわけでも無いんだが、白けた雰囲気となってね。

 何だか、その時、別れ、というか、別離の予感がしたね。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

July, she will fly

And give no warning to her flight.

7月、彼女は僕のところから飛び去る、何にも告げないで

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その後も、僕たちの関係は続いたんだけれど、別れは急に来てね。

晩秋の紅葉も散って、クリスマスの季節になった頃さ。

ビザが切れ、フアニータはペルーに帰って行った。

来年、必ず来るから、と言い残してね。

僕は成田まで彼女を見送って行ったよ。

フアニータの母親と子供へのお土産も持たせて。

飛行機は確か、コンチネンタル航空だと思った。

ヒューストン経由で行く飛行機だった。

フアニータが何度も後ろを振り返り、僕に別れを告げて去って行く姿を未だ覚えている

よ。

なかなか、忘れられないものだね。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

August, die she must,

The autumn winds blow chilly and cold ;

8月、彼女はきっと死んでしまうだろう、秋風が肌寒く冷たく吹く頃に

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 数ヶ月が過ぎ、春を迎えようという季節になった頃、フアニータから一通の手紙が着いた。

かなり厚い封筒だった。

その手紙は彼女の再婚を告げる手紙だった。

母親の勧めで、親戚の男と結婚するとの手紙だったんだ。

母親が病気となり、学校に上がる子供の面倒をもう見れないこと、日本に行くことも断念せざるを得なくなったこと、親戚の男がかなり理解のある男で幸せな結婚が期待できることなどが細々と書いてあった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

September I’ll remember

A love once new has now grown old.

9月、僕はつくづくと思い知らされる、かつて輝いた愛が今は消え失せたしまったことを

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 これが僕の失恋物語さ。

メキシコでも実は失恋していてね。

おい、そう笑うなよ。

こちらは真剣なんだから。

メキシコでは同じ街に留学していた留学生の女の子さ。

この女の子も可愛くてね。

かなりのぼせたんだけれど、結局は他の留学生に獲られてしまった。

 結局は、フアニータにも振られてしまった。

でも、フアニータを愛したことは後悔していない。

これは、当たり前だろ、愛に後悔は似合わないもの。

以上が僕の、或る恋の物語、さ。

今度は、君の番だよ。

とびっきりの恋物語を聴かせてくれよ。

感動したら、これから、恵比寿のサムの店に連れて行くからさ。

サムさんの唄うメキシコ艶歌ランチェーロは絶品だぜ。

感動すること、請け合いさ。

さあ、聴かせてくれよ。


 涼しい風が吹いて、お濠端の柳の枝がさわさわと揺れていた秋の頃、僕は警視庁丸の内警察署の前を通り、晴海通りの交差点を横切って日比谷公園に入った。

 有楽門から心字池の横を通り、第一花壇、小音楽堂、大噴水を右に見ながら、第二花壇に出た。

 ベンチに腰を下ろし、前方の花壇を眺めた。

 丁度、ゴールド・バニーという黄色の薔薇が咲いていた。

 少し、風に揺れていた。

 ふと、左手の黄銅製のプレートの字が目に入った。

 僕は、このベンチが『思い出ベンチ』であることに気付いた。


 その黄銅製のプレートには、このようなメッセージが書かれてあった。


 『生まれかわったら 結婚しようね。

    2003.11.12

     吉澤くん ハニー     』


 僕は、そのメーセージを見詰めた。

 フアニータとの出会い、二人で過ごした楽しかった頃を、そして成田での辛かった別れを想い出した。

 いつまでも、見詰めた。




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