麗しの姫
今回でやっとヒロイン登場です。
ハーレムはしないつもりなので悪しからず。
テオンは馬車の中で目を瞑り夢の世界へ行けるよう待機していた。
自分が乗っている馬車の隣でスレイプも走っている。スレイプにとっては造作も無いスピードなのだろう。少し退屈そうであった。
そろそろウトウトしてきたしきっともうすぐ夢の世界へ旅立てるのだろう。
テオン自身は自分にとって害さえなければこの世界が滅んでしまっても良いと思っていた。
どちらかといえば満足しているこの世界であった。ただ彼女がいないだけが唯一の心の穴であった。
寝ぼけた脳で半日ぐらい経てば多分避難所に着くだろうから記憶でも探ってみるとする。
でも、どの記憶も彼女といた記憶しかない。自分でも彼女がいなくなる喪失感はあった。もう会えないと分かっていても心のどこかでまた彼女を求める自分がいる。こんなにも自分が女々しいとは思っても居なかった。
そんなのは嫌だ、と自分で命を投げ捨てた。
そのお陰か彼女も自分もまた生を受けられた訳だし、もう絶対的に彼女に会えないようになっていても違う世界の地球という星の日本という国の東京という街で記憶に残っているマンションで2人で過ごした部屋で生きていてくれているというだけで、生が漲る。
きっといつか世界線すら超えてしまうような魔法を作って彼女にお爺さんになった姿を見せつけてやりたい。
彼女が生きている間に見せつけられるかどうかは分かんない。でも、やれるだけはやってみたい。
一体どうすれば彼女がいる世界に行けるのだろうか、と思案に耽っているといつのまにか寝ていた。
ガタンと馬車が揺れた。テオンはその衝撃で起きた。
尋常ならざる揺れであったため何事かと御者の方を見ると、ヒィーと、悲鳴をあげながら馬を幾重も叩いている。
(これは、何を聞いても駄目そうだな。一体何があったのだろうか?)
チラッと後ろの方を見る。そこには何百匹という数の魔物がいた。しかも、こちらを追いかけてきている。
(ああ、これはまあ、そうなるわな。日の傾きはさっきとほぼ変わらないから多分まだ寝てから時間はそんなに経っていないんだろうな。絶望的だな)
とりあえず、魔法でも打って時間稼ぎをする。
得意な雷魔法を魔物の集団の中に全力で打ち込んだ。
魔物達は一瞬足を止めるが数秒すると、またこちらに向かって走ってくる。
時間稼ぎになってはいるが、所詮は数秒稼げた程度の話である。
馬も疲れてきたのかスピードがどんどん落ちてきている。魔物との距離は広がることなく少しずつ着実に縮んでいった。
スレイプといえばもっととばそうと思えばもっととばせるが、自分だけ逃げるのはいただけないと思っているのか馬車に合わせたスピードだった。
後数分で会敵するだろう。
なぜ、テオンに緊張感もひったくれもないかというと、馬車からスレイプに飛び乗りそこから最速で走っていけば追いつかれることなく街に行けると考えているからだ。
それをしない理由はただ魔物の力と自分の能力を測りたいだけであった。
テオンは色々な魔法を打ってみた。火や水、光、闇など多様な魔法を放った。どの魔法も強力であったが、雷には数歩及ばないといった感じではあった。その内に遊びで魔法を混ぜて放ったりもし始めた。
実は複数の魔法を混ぜて放つのは普通はできないが、テオンはなんとなくやってしまった。誰かに見られれば色々と言及されるが、誰も見てる者は居なかった。御者も逃げることに必死で後ろを振り返る余裕もなかった。
だが、そんな楽しい時間も終わりを告げる。 先頭の魔物が後数歩という所に迫ってきたのだ。
テオンは馬車の中に入り御者を荷台に引っ張った。そして、荷台からスレイプへと跳び乗った。
馬車は魔物が木っ端微塵にしてしまったようだ。
御者はアワワと少し呆けているようだった。
スレイプは駆け足ぐらいのスピードから一気に加速した。
魔物達もそれにつられてスピードを上げるが、スレイプには全く追いつかない。体力のない魔物達は体力が切れて後ろへと下がっていくが、前へ追い上げようとする魔物達に潰されて圧死していく。
まるで犯人の乗る車両とそれを追うパトカーとのカーチェイスのようであった。ただしこれに追いつかれれば逮捕されるのではなく殺されるのだ。
魔物から少し離れた所でスレイプがいきなりこけた。テオンと御者は思いっきり前に吹き飛ばされた。
テオンは御者が怪我をしないように土魔法で柔らかい部分を作ってそこに着地した。御者はというと、すでに意識を手放しているようだった。
テオンは何があったのかと後ろを振り返ると植物の蔦がスレイプの足に引っかかっていた。
テオンはこれはもうダメか?と思ったが、魔物達はテオンを囲んだ。そこで、動きを止めた。すると、魔物の囲いの一部が急に開けてそこから鹿の魔物が優雅に歩いてきた。
テオンは魔眼でその魔物を見ようとすると頭が焼けるような痛みに襲われた。
「うっっ」
思わず声が出てしまう程の痛みだったが、その魔物から視線を外すとピタリと痛みが止んだ。
「フフフ」
魔物が不敵な笑みを浮かべる。
「ああ私の可愛い坊や。やっと会えたわ。一体今日という日をどれ程待ち望んだやら。あの男の所為で遅れてしまったわ。さあ、一緒に戦いましょう」
不思議とその魔物に付いて行きそうになるが、寸での所でスレイプが鳴いた声で意識を取り戻す。
すると、いきなり鹿の魔物が血を吐き出した。
「あら、もう限界のようね。せっかくこの体には馴染んでいたのに。それじゃあちゃっちゃとやる事をしますか」
「誰だ。お前は?」
魔物に対しての問い掛けではないが、そのような質問をせざるを得ない程人間に近いような仕草や声であった。もし、これが電話の向こう側にいたとしたら人間と錯覚してしまうような魔物らしからぬ魔物であった。
「私はイーラ。貴方の母よ」
「違う。お前のような母がいた記憶はない」
「まあ、今の貴方を作ったと言えばいいかしら。こうやってずっと貴方と話していたいんだけど、どうやらそれはできないみたい。だから今から説明するわ」
「何をだ?」
「色々よ。そう焦んないで。取り敢えず最初に言わなきゃいけないのは地球のことかしら?」
「何か地球にあったのかよ」
「ええ、何かどころの騒ぎじゃないけど。そんなに勿体ぶるのもあれだし、端的に言うわ。地球が滅んだわ」
「は?」
「だから、地球が滅んだって言ってるのよ。貴方はもっと賢い子だと思っていたのに」
テオンはすくっと立ち上がり魔物に近づいていく。そして、魔物の目の前に立つと魔物の目と自分の目が合うように魔物の顎をグイッと上げる。
「おい、じゃあアイツはどうなったんだよ。もしかして死んだのか?誰が地球を滅ぼした。そいつをぶっ殺す」
「あらあら、そんなに興奮しないの。私の可愛い可愛い坊や」
魔物が少し甘ったるい声でテオンに話し掛ける。だが、今のテオンには逆に神経を逆撫でされるような声であった。テオンは無意識にその魔物に拳を振り上げて殴りかかっていた。
だが、その拳は魔物には届かない。まるで魔物の前に壁が透明な壁があるような感触だった。それでも、テオンは諦めない。次に手に得意の雷魔法を纏わせて殴りかかる。だが、また何かによって阻まれる。テオンは自分の腰の位置にあったアイテムポーチから斧槍を取り出してそれを全力で振りかざす。だが、それでも何かは突破できない。次は魔法を纏わせて振りかざす。だが突破できない。それでもテオンは諦めずに何度も何度も斧槍を振りかざす。
「諄い。そして、拙い。調子に乗るなよ人間風情が」
魔物がドスの効いた言葉で喋った。
テオンはハッとして武器をポーチにしまった。
「そうそう。それでいいのよ。私の可愛い坊や」
また、さっきの口調に戻ったが少し怒気をはらんでいた。
「人の話は最後までよく聞きましょうね。彼女は死んだわ」
テオンの体がピクッと反応する。
「でも、大丈夫だわ。私がしっかりこの世界に転生させてあげるから」
すると、段々と魔物のお腹が膨れ上がってきた。
そして、魔物が苦しみだした。
数十分後魔物から子供が生まれた。だが、魔物ではない。正確には半分は魔物ではない。
額には少し角らしきものが生えていた。そして、尻にも小ぶりながら尻尾が生えていた。髪の色も鹿の魔物の血を受け継いでいるのか茶髪であった。
テオンはそれが見た目的には彼女ではなくとも本能的に察した。
テオンの目には水が溜まっていた。
自分の愛しい愛しい彼女と再会することができたのだから。
「フフフ、私の可愛い坊やとお嬢さんこれからは健やかに育ってね。それとスレイプちゃん少しこちらに来なさい」
そうスレイプに声を掛けるとまるで子供が親に寄っていくようにイーラの側に寄っていく。
そして、イーラがスレイプに向かって声を掛けるとスレイプが少し苦しみ出した。だが、痛みを持っての苦しみではないようだ。まるで歯が抜ける時のような苦しみの声だった。
「それと、最後に可愛い坊や。良い物をあげる」
そう言って自分に近づいてきた。
「元気に育ってね」
そう言われると心臓がいきなり暴れ出す。比喩ではなく本当に暴れている。心拍数が急上昇する。そして、体のあちこちが熱くなりそして痛み出す。特に心臓が痛くなる。とても耐えられるような痛みではなかった。だが、余りにも痛すぎて意識を手放す事も出来ない。
少し落ち着いて来るとイーラがまた近寄ってきた。また、痛むことをするのではないかと気構えたがどうやら違うようだ。
「それと、坊やには獣がいるのにお嬢さんにはいないのは不公平だから彼をあげるわ」
すると、イーラのような鹿の魔物が出てきた。
だが、こちらは角がしっかりとある。
そして、魔物が彼女に寄っていきイーラが離れていくとまた体が痛みだした。
スレイプはどうやらまだ苦しんでいるらしい。
そして、体がどんどん痛み我慢できる範囲を超える。だが、今回はさっきのように意識を手放さないような痛みではなく、意識を手放すのにピッタリの心地よい激痛であった。
---side?---
「やってくれたな。これがあるからこの仕事はやめられない」
笑い声をあげる何か。だが、姿形は見えない。
「ジャンヌ行け」
「はい、畏まりました」
4000文字をキープして投稿するのは難しいです。
他の出したい作品も休みのお陰でかなり出来ているのでこっちにもその勢いで筆が乗ります。
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