海へ行こうよ
また遅刻だよ、これで何回目だと思ってるの。
と言わんばかりの顔で君は俺の車の助手席に乗る。紗英の表情は明らかに不機嫌顔である。
女の遅刻は化粧があるから許されると言うなら。男の遅刻は起きるのが億劫という理由で許されればいいのに。
「これで俺の遅刻何回目だっけ」
わざと地雷に飛び込んでみる、性格が悪い俺は紗英の怒った顔が好きだった。
「5回目だよ、せっかくだしこれまでの遅刻の理由を振り返ってみようか」
意外と少なかった、というより5回と言うのはあまりにも少なすぎる。実際は仕事帰りに会おうとして残業で1時間遅刻なんて何回もあったのに。
「5回、本当に5回? あまりにも少なすぎない? 俺もっと遅刻してるよね」
もっと地雷を踏み抜いてみる、実は地雷は踏んだ後に踏み続けてみると爆発しなかったりする。成功率は低いが……。
「少ないって……あのねぇ、どうしようもない遅刻は仕方ないし。事前に連絡入れてくれたのもカウント外だよ。広いでしょ、私の心」
どうやら俺は彼女の心の広さを見誤っていたようだ。
「この5回、この5回は遅刻してから遅れるって連絡入れた遅刻よ、完全なる遅刻ね。会社ならアウトのやつよ」
紗英はここから説教モードに入ろうとしていたので、俺は遮るように車を出す。
「んで、今日は海に行くんだっけ。」
俺は気持ちがあまり乗らなかった。紗英と一緒だと釣りにも行けないし(紗英はゴカイが触れないうえに生きた魚も触れない)春の海で泳ぐなんてのもできないし。一体この季節で海に行ってなにが楽しいのかわからない。
「ん、今日は弁当も持ってきたし。海でいっしょに食べよ」
今日の昼飯は紗英の弁当か、紗英は料理が得意だが作る量が多くて、ちょっと困りものだ。お陰で付き合い始めてから5キロは太った。
「それでね、遅刻してなかったら朝ごはんにおにぎりを贈呈しようと思ってたんだけどね」
今日は朝飯食べないで。と言われていたので俺は朝飯を抜いていた、というよりも寝坊したので食う時間も無かったわけだが。
「まぁご覧の通り遅刻してきたわけですよ。」
どうやら話をうまく遅刻からずらしたと思っていたがそううまくは行かないようで……。
「そんで、その贈呈されるはずのおにぎりは」
どうせおにぎりは紗英の胃袋の中だと思うが聞いてみる。
「待ってる間におにぎり全部食べちゃった。だからないよ。いっしょにドライブしながら食べたかったなー、遅刻してこなければ彼女の特製おにぎり食べれたのになー」
紗英は大食いだ。そんで俺より食う。それでも女性として魅力的な体型を維持できているのは彼女が体を動かすことが好きということもあるのだろう。それにしても胸に栄養が行き過ぎていると思うが。
「それでどれくらいのおにぎりを何個食べたんだ?いくらなんでも二人分を食べるのは無理があるだろ?」
「うーんお茶碗一杯分のおにぎり3個だから一合半くらいかな、まぁ私なら普通の量だよね」
これが20代の女の子のセリフなのだろうか、普通の20代の女の子なら、実はダイエット中で――とか。ホントは食べ切れなくて余ってる――とか。もうちょっと可愛げがあることを言ってもいいと思う。
しかしこれが紗英なのである。
「しかしよくこんだけ食べて太らないよな。普通だったらぶくぶくに太ってお腹がダブダブになるぞ。」
遅刻したうえにこの言い様、普通なら一発ビンタもらってもおかしくない。
しかし紗英は得意気に鼻を伸ばして。
「まぁ、運動してますからねー、食えば動けばいい簡単なことよ。それをしたがらない女が多いこと多いこと。」
男でも食ったら食った分だけ動くなんてのやらないやつが大半ということは黙っておこう。
「実際すごいよな、運動してるからとは言えよくこの体型維持してるもんだ」
毎度体型や食い過ぎに関する話になるとこのセリフが飛んでくる、そしてこのセリフを言い終わると大抵紗英は気分が良くなる。どうだ、これだけ食べてこの体型を維持してるんだ、どうだすごいだろ?。と言わんばかりの顔を顔をしながら……。
だが、彼女の機嫌は良くなっても俺の朝飯はもう戻らない。
しかし紗英はなんだかんだで俺に甘い。今までもなんだかんだで許してくれたし、それ込みで行動してくれたりしてくれたわけで……。
「まぁ、朝から何も食べてないで運転手させるのは悪いから。これをあげよう」
ほらみろ、どうせおにぎりの一つくらいは残してあるんだ。もしくはお昼のお弁当から少し食べさせてくれるとかそんな――
そんな甘い考えは彼女のもっと甘い行動によりかき消された。
ほっぺにキス。普段自分からそんなことをしない彼女がいきなりしてきたので正直困惑した、それに何か食べ物をくれて腹が膨れると思ったのにそんなことは無かったと言うのに若干苛立つ。
しかし彼女の顔を見てみるとそんな苛立ちなんかは吹っ飛んだ、顔を赤くしている紗英がかわいくてそんなことはどうでも良くなった。
「てっきりなんか食べさせてくれるのかと思ったんだけど。それにいきなりキスとは大胆じゃない?」
彼女の顔はまだ赤い。
「まぁたまにはいいじゃない、バカップルしたい時だってあるのよ」
しかしキスじゃ俺の腹は膨れない。
「正直に言うとお腹ペコペコです、何かください」
そう言うと紗英はため息をついて缶コーヒーを渡す。
「空きっ腹に缶コーヒーはちょっとなー」
悪態をつく。
「じゃあその空きっ腹にせざる負えない理由はだれが作ったんでしょうか」
俺はその言葉を聞くと缶コーヒーを開け一口飲む。車は海を目指す前に山を越えようとしていた。
「窓開けていい?」
紗英は言うのと同時に助手席の窓を開ける。
「虫が入るから嫌なんだけどなぁ」
俺は虫が嫌いだ特に飛ぶ虫が大の苦手で車に入ってきたら大騒ぎすること間違いなしである。
「暑いならクーラーで良くない? というかまだ春先でクーラー付けるほど暑くないと思うけど」
俺はどうしても窓を開けてほしくないのである。
「暑い寒いじゃなくて、外の空気を入れたいのよ」
外の空気なんざ外気を入れてるんだからいつでも入っている。
「虫入ってくるの嫌なんだけどなぁ。外の空気なら今外気にしてあるから入ってくるんだけどなぁ」
彼女はため息をつく。正直うんざりしていても仕方がない。
「んじゃタバコ吸っていいから、そのかわり後部座席の窓も開けること、片方だけでいいから」
俺はタバコを吸う、特に運転してる時とたらふく飯を食った後は吸いたくなる。
しかし紗英は非常にタバコの臭いが嫌いで、俺が歯磨きをしないとキスすらさせてくれない。
「吸っていいならしゃーないか、んじゃ開ける」
窓を開けてタバコに火を付ける煙草の煙は紗英には当たらない
「なるほど、煙が当たらないようにか」
一人で納得する
「それもあるけど窓を2つ開けておくと煙が車の中に残らないのよ」
なるほどそういう意味もあったのか。
車は峠の下りになり徐々に海に近づいていく。
「んー風が気持ちいいわー、この山の空気から徐々に磯の香りになっていくのが最高」
とは言うが山からすぐ海になるわけでもなく山の麓はちょっとした町になっているので間には町の空気が入ってくる。
「まーそこまで寒くないし気持ちいいかな」
俺はタバコを吸い終わり窓を閉める。
「んーそろそろ磯の香りに変わっていくかなぁ」
と言いつつ車は信号待ち前の車の排気ガスの臭いが伝わっていく」
「しかしなんだってまだ泳げもしない海に? 釣りに興味が湧いたわけでもないだろ?」
正直な疑問をここでぶつけてみる。今更と突っ込まれるのはわかっているが聞かずにはいられなかった。
「んーそうだなぁ、カレンダーを見たらいいよ、でも今日はカレンダー見ちゃだめ」
大変答えを見つけるには難しい答えが帰ってきた、カレンダーねー。
「ん、じゃあ明日見るよそんで明日電話で答え合わせな」
「そんなことしなくてもどうせ今日中にはわかるからいいよ。だからそれまでにカレンダーを見ないで答えを見つけること」
制限時間が設けられた、なんとしても答えを出さないと。
徐々に車は海に向かい磯の香りがしてくる
「やっと磯の香りだね、おっあそこでおっさんが釣りしてるぞー」
釣りか、この時期だとスズキ釣りなんてのがいいんだが。スズキはルアーで釣れるからイソメがさわれない紗英でもなんとかなるだろうし。
「釣り、やってみる?」
ダメ元で聞いてみる。
「そーだね、あのうにょにょ動くやつに触らなければやってみてもいいよ」
意外な答えだ、どうせ魚触れないの知ってるでしょとか言われて終わりだと思っていた。
「それならルアー釣りなんてどう? 最初は難しいかもしれないけど」
「ルアーって作り物の餌だっけ、うにょにょ動かないし噛まない?」
「作り物の餌が噛んだら大変だろうが、うーん種類によってはうにょうにょするけど動かないから多分触れる、それにゴムっぽい材質だから実際の餌と違う感触だしな」
俺の熱い勧誘をする
「んーじゃあ今度釣具屋さん行こうよ。私行ってみたことないし」
心の中ででっかいガッツポーズをした、彼女といっしょに釣りなんてどんな幸せ者だよ。
その後も車を快調に飛ばし、海の見える公園につく。ここは釣り公園なんて言われている場所で様々な釣り場がある釣り初心者にもうってつけの場所だ。
紗英のあの話を聞いた瞬間俺はここでご飯を食べようと決めた、次来たときの下見も兼ねられる最高の場所である。
時計は13時、お腹はペコペコである。
「そういやおにぎりたらふく食ったらしいけどおなか空いてる」
一応聞く。
紗英はふっとなんてくだらないことを聞くんだいう目をしてこっちをみる。どうやらあっちもペコペコなようだ。
車を降り、公園のベンチに座る。対面には海が広がる、正直太平洋はそれほどきれいな海じゃないがそれでも大きな海は気分がいい。
「んじゃ早速食べましょうかねぇその3段弁当」
紗英が作ってきた弁当は3段弁当で1番下がおにぎり2段目が肉料理(大量の唐揚げと味付け玉子)、3段目が副菜、デザートになっている。
正直二人で食べるには多すぎる、この量のお弁当は運動会に家族が食べる量に匹敵する。
「いやーほんと2段めはもうちょっとバラエティ豊かに作ろうと思ってたんだけどね、昨日スーパーで鶏もも1キロがすごーく安くなってて……」
「さ、さいですか。まぁ食いきれるでしょ、ここに大食いも居るし、それじゃいただきます」
「いただきます」
二人は5人分位あるであろう3段弁当を今登り始めた。
まずは唐揚げ、冷めては居るがしっかり味が着いていて非常に美味い。
唐揚げを一つつまんだからおにぎりを一口。おにぎりはたらこ、ツナマヨ、鮭の3種類の具が2つづつ入っている。
「そういや朝もおにぎりだったんだよな?」
「ちなみに朝のおにぎりとは全く違う物を入れているので朝昼どっちもおにぎりでも飽きさせなような私の素晴らしい心遣いが施されています」
忘れた頃に痛いところを突かれる。
味付け玉子も非常に美味い黄身が半熟なのがGood
3段目はこれまた大量のポテサラ……玉ねぎがいいアクセントになっているのだが正直飽きる。
デザートはいちご、スーパーで訳あり品安売りしてたらしい。
なんだかんだで食い切ると紗英が一言。
「で、今日がなんの日かわかった?」
飯に夢中で全然考えていなかった――
なんては言えないので、どうにか答えを出そうとすると
「まぁ特にこれと言ってないんですけどね、しいて言えば二人が出会った記念」
んなのわかるかぁ、と心の中で叫んだが、ここで叫んでしまうと女心を傷つけてしまう。流石に頓珍漢な俺でもわかる。
「でさ。出会って、そして付き合って5年になるけど。私は未だに大食いで生魚が触れなくて、あなたはタバコを辞めなくてそんで遅刻癖が治らないで治らないでここまで来たわけだ」
ちょっとだけ周りの音が静かになる。俺は最悪なことを言われるのではないかとドキドキしながら唾を飲んだ
「でいい加減5年経っても変わらないってのはちょっとまずいわけですよ、私達5年も成長してないってことだからね」
うん、と頷く
「だから思ったわけです今日を私達が変わる日にしようってね。だからこれからはうまくできないけどあなたに甘えてみるし魚に触ってみるし釣りも初めてみる」
「だからあなたも変わってほしいなぁって」
ちょっと顔を下げながら紗英は言う。
付き合って5年、こんなことを言われたのは初めてだった。
変われと言われて、なんか少し嬉しかった。なんだかより一層二人が一つのものになっていく気がした。
「ん、じゃあ変わるよ。俺はもう遅刻しない、たばこは……」
「いいよそこまではしなくて、正直遅刻さえ直してくれれば後はそれほど嫌だと思ってないし。」
「んじゃ紗英もそこまで無理しなくていいよ、俺が一つだけでいいなら紗英が変わるのも一つだけでいい」
俺が一つしか変わらなくていいのに紗英が3つも変える必要は無いだろう。
「魚はどっちかというと直さないと行けないものだからいいの、釣りはほら、あなたの趣味にも色々理解を示したいしね、それにイソメは触れないだろうからこれは別、だから私が治すのは甘えることだけ」
「私を甘えさせてくれますか」
紗英はちょっと恥ずかしげに言う、気恥ずかしいのか弁当をそそくさと片付ける。
「こんな甘ちゃんな俺でよければ是非」
「それじゃ約束ね」
紗英は小指をだす。
俺も小指をだして指切りをする。
その後車に戻り車を走らせる。正直帰るにはまだ早い時間だ。
「まだ変えるには早いし、ちょっと釣具屋でも見ていこうか」
「ん、見ていく。ちゃんとうにょうにょしないやつでできるようにしてよ」
「わかってるって」
車は海からは少し離れ釣具屋を目指した。
ダラダラと書いてあるので載せようか迷いましたがどうせ書いたので載せちゃいます。
感想お待ちしております。