4日目(クリスマス大作戦)
12月25日。
時間にして午前2時。良い子はぐっすり寝る時間だ。
こんな真夜中まで夜更かししている子に、サンタさんはプレゼントをあげたりしないだろう。
良い子の前にしかサンタさんは現れないのだ。
ということで、気分は最悪だが、もう一回敢えて言う。気分は最悪だが、僕は今この瞬間はサンタなのだ。
琴乃から衝撃的な報告を受け、それに対して嫉妬心を芽生えさせてしまった僕自身の罪悪感とか、その他諸々のもやもやした感情は脇に置いて、僕は今日サンタになるんだ。
良い子にプレゼントをあげなくてダメなのだ。
お兄ちゃんに黙って、彼氏作ってる妹は、良い子じゃないんじゃないか……?
なんて、思ってしまったりするあたり、相当僕は今回の一件でダメージを負っているらしい。
僕の寝室から一つ隣の部屋。そこが琴乃の部屋だ。
夜の11時を超えたあたりから物音がしなくなったので、恐らく寝たと思うのだけど、注意するに越したことはない。
抜き足差し足忍び足と、頭で反芻しながら、廊下を歩く。
無事、琴乃の寝室の前に。
ドアには「KOTONO」と書かれた猫のプレートがかけられている。
このドアを琴乃にばれないように開け、寝ている琴乃にばれないようにプレゼントを枕元にある靴下に入れ、琴乃にばれないように琴乃の寝顔を写真に残し、この部屋を後にしなければならない。
果たして、それは達成できるだろうか。
否、達成しなければならない。良い子にプレゼントを。そう。プレゼントを。
ドアノブに手をかける。心臓の鼓動がうるさい。手を伝って、部屋の奥に響いてしまうんじゃないかってくらいにうるさい。
くそ、毎度毎度、このクリスマスの日はひやひやするぜ。
自分を信じるんだ。今まで無事にこなしてきたじゃないか。いける。いけるぞ僕。
カッ、チ……。
静かにドアノブが鳴る。そこで違和感を感じた。
ドアノブが一定の角度まで行くと動かないのだ。何かに引っかかったように、ドアノブが回らなくなる。
なんということはない。端的に言うと、鍵がかかっているだけなのだ。
「なんてこった」
小さくつぶやく。つぶやいてしまう。
確かに最近、琴乃は自分の部屋の鍵を閉めているようだった。前もってそのあたりを考慮して今日という日を迎えるべきだった。
年頃の女の子だ。そりゃ勝手に僕に部屋の中に入られたりしてないか気になったりしているのだろう。当然のことだ。
しかし困ったな。「鍵がかかっていたからサンタさんは来れなかった」みたいな理由で、「僕が代わりに預かったよ」とでも言えば良いか。
いや、さすがにそれはまずいか。いくらあの琴乃でも、サンタのトリックに気づいてしまうかもしれない。あの子のサンタ実在説は裏切りたくはない。
はてさて、ではどうしたものか。
琴乃の部屋に入る手段となると、このドアからの侵入以外で言うならば、窓からしかない。
しかし、ここは2階。琴乃の部屋の窓へ行くには、恐らく僕の部屋から壁越しに移動して行くしかない。まして、窓が必ず開いているという保証もない。
誤って落ちても死んだりはしないだろうけど、大けがをするのは確かだし、なにより、琴乃ばれるのだけは避けたい。
世界のサンタはどうやって、年頃の女の子にプレゼントを届けているんだ……。
……そもそも年頃の女の子は、サンタの存在を超常的な髭おやじではないことくらい分かっているか。
しかし、こー悩み続けていても仕方ない。窓から入るしかないなら、入るしかないのだ。
腹をくくろう。
そう決意して、自室に戻ろうとした僕の耳に、琴乃の部屋の中の物音が届いた。
もしかして起きたのか……?
僕は極力足音を立てないように自室に戻る。ドアももちろん閉める。
しばらくドア越しで物音に集中していると、ガチャっと琴乃の部屋のドアが開く音がして、それに合わせて廊下を歩く足音が聞こえ、琴乃は僕の部屋の前を通って一階に降りて行った。
トイレか……。
どちらにせよチャンスは今しかない!!!
琴乃が階段を降りきったであろうことを見越して、早々に琴乃の部屋に急ぐ。
ドアは開きっぱなしになっているが、室内が真っ暗であることは違いない。
だが、なんとなく琴乃の部屋の家具の位置は覚えている。それをもとに枕元のサンタ用の靴下を目指す。
ガッ……!!
「……っっっ……!!」
おそらくベッドの端に右足の小指をぶつけた。
痛みで死にそうだ。もう指がなくなってしまったかのような激痛。声を抑えただけ立派だとだれか褒めてくれ。
イタイイタイ。いや、洒落になりませんってこれ!
しゃがみこんで動けなくなる。まずい、この状況はまずい。ここで琴乃が帰ってきたら、琴乃の中のサンタ実在説は崩壊し、僕という存在も崩壊しかねない。
もはや、痛すぎて感覚がおかしくなっている右足を引きずりながら、枕元の靴下をなんとか探り当てる。
中にプレゼントを入れ、後はこの部屋を離脱するだけ……!
なんとか立ち上がって、琴乃の部屋から出ようとする。
と、と、と、って小さな足音が階段から聞こえてきた。
くそ。トイレかと思ってたけど、違ったのか! おそらくリビングに飲み物を飲みに行っただけだ……!
トイレを流す音が聞こえなかったことで、たかを括ってしまっていた。
まずい、考えろ、僕。今、この部屋を出たら、階段から上がってくる琴乃と鉢合わせるぞ……!
とりあえず、隠れるものはないかときょろきょろするが、そんな都合のいいものはないし、クローゼットの中も一瞬考えたが、クローゼットを開けて閉める音でバレる上に、仮にばれないとして、どうやってここから出るんだ……!
そんなこんなで琴乃の部屋で右往左往してた僕の背中に冷ややかな声が浴びせられた。
「……にいさん……? なにしてるんですか……?」
かなり眠そうな、ふわふわとした声色で僕を呼びかける声。
言うまでもなく、この部屋の住人だ。
「い、いや……」
ギギギっと音が鳴りそうなほど強張った僕の体は、不自然なほど固まったまま後ろに振り返った。
寝ぼけ眼で、もうほとんど目が閉じている琴乃のパジャマ姿がそこにあった。
薄い黄色の生地に小さな熊がプリントされている可愛らしいパジャマだ。
「も、物音がしたからさ。不審者が入ったのかと思ってさ」
「……ふしんしゃはどう見てもにいさんですが……」
そういいながら、ゆっくりと部屋に入ってきた琴乃は、部屋の扉を閉めて、がちゃっと鍵をかけた。
……え、なんで鍵かけるのさ。僕がまだ部屋にいるのに。
真っ暗な部屋の中、若干目が慣れつつある僕は、とことことベッドに向かう琴乃を目で追う。
もぞもぞとベッドに入り、動かなくなる。……寝たのか……?
いや、え。あ、寝ぼけてるのか。とりあえず眠たいから、僕のことになんて頭が回らないのか。
ふぅ……とりあえず首の薄皮一枚繋がったか……。
「……にいさん」
「は、はい!」
一息ついていたところに琴乃から呼ばれて、体がびくつく。返事も変に高くなる。
「そんなところでなにしているんですか……」
はい。ごもっともです。
すいませんでした。
まぁ、僕としてもプレゼントを靴下に入れることはすでに成功しているから、この部屋から無事に出れたら万々歳なのだ。
そそくさと出ていこうと、ドアの方に向かう。僕は外から鍵をかけれないから、今日に関しては開錠された状態になるだろうけど、そこは堪忍してほしい。
「どこにいくんですか」
「え?」
え?
「はやく布団にはいらないとさむいですよ」
ぼけーっとした声で、可愛らしい琴乃のは、僕にそういうと自分のかぶっている布団を持ち上げた。まるで「こっちに早く入りなさい」とばかりに。
「にいさん、はやく。わたしもさむいんです」
……寝ぼけているのは確かだが、なんだこれ。どういう状況なんだよ。
「はやくこっちにきて、わたしのことをあたためてください」
☆ ★ ☆
目を覚ますと、目の前に愛しのマイシスターの寝顔があった。
眼前に、目の前に、目と鼻の先に、マイシスターの寝顔がある。
キュートだ。天使だ。
まるで夢のようだ。琴野の寝顔をこんなまじかで見れるとは。
ないぞ、普通。この歳になって、妹と同じ布団で横になって寝るなんて。あり得ないぞ。
そう、あり得ない。
小さく寝息を立てている琴乃の口は、すこしだけ開き、ぷるぷるとした唇が目の前にある。流石に妹にキスしたくなるようなほど、僕はシスコンをこじらせてはいないけれど、しかし魅惑的であるのは確かだ。
僕が彼氏なら襲っている。
……は? 琴乃を襲うとか許さないからな琴乃の彼氏さんよ。
琴乃に手を出したら、お前のお稲荷さんを僕が直々につぶしてやる。
と、朝から思考が四方八方に飛び散る僕だったけれど、この現状を理解するのはすぐだった。
昨日の晩、僕は琴乃に誘われて布団に入った。それだけだ。
それ以上もそれ以下もない。
一緒の布団で寝た。それだけだ。
……それだけのことだが、僕としては一大事だがな……!
そっと琴乃の頬に触れる。
ぷにぷにしてる触感と、やや温かい体温が伝わってくる。
本当可愛いよな。なんでうちの妹はこんなに可愛いんだろうか。
そんなことを思っていると、パチッっと琴乃が目を開けた。
目が合う。
眼前で、目の前で、目と鼻の先で、マイシスターと目が合う。
ジト目の中の目玉が、少しずつ焦点を合わせていき、琴乃の頭が今の現状を少しずつ理解していっているのだろう。
ぴくっと眉毛が動き、やや怪訝な顔をする。いつも無表情なこいつだが、これだけ近いと少しの顔の変化が分かりやすい。
視線が僕の右手に行く。琴乃の頬に触れている右手だ。
そして、もう一度僕の目に視線が戻る。
「…………」
「…………」
無言で見つめ合う。
何十秒お互い硬直していただろうか。
沈黙を破ったのは琴乃だった。
「なにを、しているんですか」
若干、声が震えているように思えた。
「えっと、……添い寝?」
ははは、と笑いながら答える僕を、黙殺するようにガン見する琴乃の目には、どうみても怒気が含まれている。
いや、お前が誘ったんだよ!?
その日の朝食。こげこげの真っ黒になったトーストが僕の食卓に並んだ。