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3日目(前)

 




 ゲームセンターの一件から1日。翌日の朝、僕はやけに早起きした。時計はまだ5時を回ったばかりだ。

 僕は、昨日帰ってから琴乃にゲームセンターでの一件を聞くことが出来なかった。

 聞くのが怖かったといえば怖かった。

 自分の愛しの妹が見た目が大学生くらいありそうな男と会っていた。友達のお兄さんだろうか、それとも近所で知り合ったのだろうか。

 考えるのが怖かった。出てくる可能性に対して、消去法で可能性が絞っていくと、なんだか許容できないような結論に至ってしまいそうだったからだ。


 妹はしっかりしている。あんな感情の表現が苦手な子でも、コミュニティとしては妹はいつだって中心にいる。

 友達も多いし、近所での評判もいい。そんな妹だから、僕の知らない新しいコミュニティを作っていても不自然ではないわけだけど。


「なんだろうなぁ、この感じ」


 単純に心配なのだ。妹のことが。

 何か事件に巻き込まれてしまうんじゃないか、とか。僕の知らない男と会っている現実が、なにか邪なものに思えてならない。

 こういうところが過保護と言うのだろうか。僕がシスコンと言われる所以か。


 今思い返してみても、確かあの男は西のゲームセンターがホームと言っていた。

 この小さな町でゲームセンターは多くない。それに僕が昨日いたゲームセンターから西にあるゲームセンターなんて隣町にまで行かないとない。

 隣町なんて中学生の妹では簡単に行ける距離ではない。まして妹は自転車が苦手で一人では絶対乗ったりしない。と、なると嫌でも「近所で知り合った」という線は消える。

 そこまで考えると、友達の兄と言う線も低いように思える。もちろん、実家がこの町で今は隣町に一人暮らしをしていて、実家に戻ってきているときに知り合った可能性ももちろんあるわけだけど、それでもやっぱり低い。

 じゃあなんだ、残る可能性は。


「インターネットかねぇ」


 琴乃は別に機械音痴というわけでもないし、スマホもちゃんと使いこなしている。

 ツイッターも日頃からしてるそうだし(ちなみにぼくはアカウントを教えてもらっていない)、いくらでもそういう出会いがあってもおかしくない。おかしくないが。


 あの琴乃がネットで異性と会う時に危険性を理解していないとは思えなかった。

 そういうリテラシーの意識は、高いはずだ。

 だが、他の可能性は浮かばなかったし、1番自分の中で納得できてしまったのだから困ったもんだ。


 ヴァイスにも申し訳ないことをしてしまった。

 琴乃が男とゲームセンターを出て行ったあと、僕も考えがまとまらなくて、ほとんどヴァイスと会話をしていなかったと思う。

 僕を心配して色々声をかけてくれていたことは覚えているが、内容まではっきり覚えていない。

 心ここにあらずとはまさにあの事だ。


「ヴァイスに謝って、相談乗ってもらうべきか」


 一応、ヴァイスには昨日の帰り際にもう一度連絡先を交換してもらった。

 どうやらヴァイスはLINEの反対主義者らしく、「LINEをするくらいならスマホをたたき割るほうが良い」とか言うほどの重症者だ。いろんな意味ぶっ飛んでる。


 しかし、相談。相談か。僕はなにを相談するんだろう。

 僕は琴乃にどうして欲しいと思っているんだ。

 あの男と会うのはやめろ、と言いたいのか? いや、違う。別に会うこと自体構わないじゃないか。琴乃は琴乃なりの考えをもって会っているし、昨日だってちゃんと僕より先に帰ってきているくらい早く帰ってきていた。特に問題は無さそうだった。

 それに、あの琴乃が笑っていたんだ。

 琴乃が楽しめているのなら、それを邪魔するのはさすがに邪推なんじゃなかろうか。

 過保護なんじゃ……。


「あー、僕はどれだけシスコンなんだよ」


 自分が嫌になるほどのシスコンぶりだ。

 自他ともに認めるシスコンとは、笑えるものであっても誇れるものではないのだろうな。

 琴乃の友達の琴野ちゃんは、そんな風に愛される琴乃が羨ましいと言っていたけど。


 ……琴野ちゃん……?


 そこで僕は一昨日、琴野ちゃんからご飯の誘いがあったことを思い出した。

 一度断った手前、お願いするのはなんとも言いづらいことだけれど、琴乃のことで相談するのなら、琴乃のことをよく知っている琴野ちゃんが適当なはずだ。

 僕はすぐにスマホを手に取って、琴野ちゃんに通話をかける。電話番号は知らないから、LINE通話である。

 2、3コール呼び出し音が繰り返され、通話が繋がった。


「おはよう琴野ちゃん、ちょっといいかな!」

「……ふぇ? ……あー、おにいさん、ですかぁ」


 えらく眠そうな琴野ちゃんの声がスマホ越しから聞こえた。

 まるで寝起きのような……って今は朝の5時じゃねぇか!!


 電話越しの琴野ちゃんに見えるはずもないのに、僕はその場で土下座をして謝り倒した。



 ☆  ★  ☆



 雪が降ることもなく、太陽が高い位置から地上に光を降り注いでいる午後一時。僕は、琴野ちゃんと待ち合わせをするために、最寄り駅の前にいた。

 駅前だからといってショッピングモールがあったりしない僕たちの町だけれど、軽食が食べれる喫茶店くらいは並んでいる。

 今回、琴乃ちゃんと話をさせてもらうのは、駅前にある一つの喫茶店だ。

 この駅前、お世辞にも僕や琴野ちゃんの家から近いとは言えないわけだけど、敢えてこの場所を指定したのは、万が一にでも琴乃と接触しないためである。

 自転車がなければなかなか行きづらいこの駅前ならば、恐らく琴乃が来ることはないだろうという考えだ。


 待ち合わせ場所の壁でもたれながら、琴野ちゃんを待っていると、トットットッと小走りでこちらに走ってくる女の子を発見した。

 白いコートに全身を覆わせた黒髪ショートカットの少女。ニコニコ笑いながらこちらに手を振っているあの子は、いうまでもなく琴野ちゃんだろう。

 というか、ショートカットだったか? 以前会ったときは確かポニーテールだったはずなんだが、ばっさり散髪したのだろうか。


「こんにちわー! お兄さん!」

「久しぶりだね琴野ちゃん。今朝はごめんな」

「いいですよ! お兄さんのモーニングコールいただいちゃいました」


 きゃっきゃと笑う琴野ちゃんは、以前会った夏休みのころから変わらず、元気はつらつな女の子なようだ。


「髪の毛切ったんだ?」

「はい! イメチェンというやつです」


 そういって琴野ちゃんは頭を横にぶんぶん振って髪の毛を揺らす。

 一応セットとかしてきてるんじゃないのか、それ。ぼさぼさになるぞ。と思ったのもつかの間、案の定彼女の髪の毛はぼさぼさになってしまっていた。


「あー、なにしてんだよ」


 女の子の髪の毛を手櫛で戻すやり方など、僕にわかるわけがなかったので、とりあえず琴野ちゃんの頭をわしゃわしゃと撫で、せめて頭の分け目にそって髪の毛が流れるようにしてやる。


「わーー」


 琴野ちゃんは素っ頓狂な声を出しながら、僕の手櫛を受け入れてくれる。

 心なしか楽しそうだ。


「そういうところは夏休みから変わってないなぁ」

「そんなことないです。これでも成長したんですよ」


 そう言いながら、白いコートの前ボタンを外し始めた。

 待て待て、喫茶店に近いと言っても、後2、3分は歩くんだぞ。なんで今脱いでるんだ寒いだろ。


「おっぱい大きくなってきたんですよ!!」

「何を言ってんだお前はーー!」


 お前! 自分のおっぱいを見せるために今コート脱ごうしてるのか! あほか!


「馬鹿野郎! やめろ! 健全な中学一年生がなにしてやがる!」

「お兄さんになら、無料で触らせてあげますよ?」

「有料であっても簡単に揉ませるなよお前は!!」


 変わってないなぁ。本当に。

 ニシシッと意地悪な笑顔を浮かべる琴野ちゃんを見ながら、僕は重たくなっていた気分を多少軽くできたのだった。



  ☆  ★  ☆



 目的地である喫茶店は、お昼時ということもあり、賑わっているようだった。

 しかしお店の雰囲気と客層も相まって、非常に静かな店内だった。

 僕たちは向かい合う形の二人席に腰を下ろして、飲み物をひとつずつ注文した。

 僕がホットコーヒー。琴野ちゃんはカフェラテだ。


「それでお兄さん。相談とは何でしょうか」


 店員さんが注文を聞いて僕たちから離れるとすぐに、琴野ちゃんは単刀直入に聞いてきた。

 もう少し雑談を交わしてから相談をしようと思っていた僕は、多少尻込みしてしまう。

 僕が一瞬尻込み、言葉を詰まらせた隙を突くように、さらに琴野ちゃんは言葉を続けた。

 さらっと、その衝撃の事実を告げた。


「琴乃ちゃんの彼氏さんのことですか?」


 …………ぁ。

 僕の喉から搾り出るようなか細い声が出た。いや、声とは呼べない代物だ。うめきに近い。

 言おうと思っていたことがすべて吹き飛んだ。

 今回僕が抱えてきた問題をすべて一蹴し、一点に収束させる事実が、どうやらそこにはあったようだ。

 琴乃に彼氏。……彼氏。恋人。そう、恋人だ。

 琴乃に恋人がいたのだ。

 理解が追いついていないわけではない。なんとなくその可能性があることはどこかではわかっていたはずだ。


 そうか、僕はただショックなだけなのか。


「あ……もしかして知りませんでしたか?」

「……ん、初耳だな」


 なんとか平静を装った。装えたつもりだ。

 動悸が激しい。心臓の音が琴野ちゃんに届いてしまっているような気がする。


「言ってなかったんですね。琴乃ちゃん」

「そうだな、聞いてないな」

「いつかバレることなんだから、早く伝えておきなよって言ったんだけどなぁ」


 琴野ちゃんは腕を組んで、うーんと頭を傾げた。なんで言わないのかなぁっと言いたげな顔だ。


「それで、その彼氏さんのことで相談ですか?」

「うん、どんな人なのかなって」

「どんな人、ですか」


 優しいですよ。

 琴野ちゃんはあまり間を開けずにそう答えた。琴野ちゃんも彼氏君としっかり面識があるのか。ほんの少しだけ安心した自分がいた。


「ずっと琴乃ちゃんのことが好きだったみたいで、何回も告白して。最後には琴乃ちゃんが折れた形で付き合ったらしいですけど」

「何回も、告白されていたのか」


 琴乃は可愛い。あんな可愛いのだから、そりゃ他の男からも可愛いと思われるに決まっているのだから、モテて当然だ。

 しかし、あの高校生か大学生くらいの彼氏君から何度も告白……となると、それなりに長い期間知り合いだったということなのか。

 夏休みの頃にそんな影はなかった。夏休みが終わってから、約4か月。その間に知り合ったと思うんだが。


「お兄さんは琴乃ちゃんのこと大好きですから、猛反対しそうですね」


 猛反対。確かに、反対したい気持ちはある。だが、それは安易にしたくなかった。

 琴乃に彼氏。衝撃的だ。僕にとっては今後の生活に関わるレベルの大きな大きな案件だ。

僕個人としても、琴乃がどこの馬の骨とも知らん奴に気安触れさせるなど絶対に許したくない。

 だが、それでも琴乃が選んだ男であることに変わりはない。

 例え、折れる形で付き合うことになったとしても、琴乃が選んだことなのだ。

 第三者の僕があまりしゃしゃり出るのはおかしい。


「いや、今のところはしないよ。ただ、琴乃自身から話は聞きたいと思ってる」

「そりゃそうですよね。てっきり伝えてるものだと思っていたので、びっくりしました」

「あの琴乃が僕にそんな簡単に教えてくれるかよ」

「うーん。まぁ、そうですかねぇ」


 何か含みを持った琴野ちゃんの様子に少し引っかかったけど、僕は敢えてそれには触れないことにした。








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