2日目(後)
僕がヴァイスと対戦ゲームをしてボコボコにされたことは、ここで言う必要もないくらいに絶対的だったわけだけど、久しぶりのゲームセンターを満喫した僕は、小休止ということでゲームセンターの休憩スペースで腰を落ち着けた。
さすがというべきか、ゲームセンター内の暖房は行き届いていて、髪の毛の下のおでこに汗がにじむほどには暑い。今が冬だということを忘れてしまう。
「ほれ、餞別や」
座る僕の目の前に差し出されるミニサイズのお茶。言うまでもなく、ヴァイスからだ。
「ありがと」
「いやぁ、あんな奴おるんやなあ、強かったわあ」
「え、負けたの?」
「せやで、この店舗で負けたのは久しぶりやわ」
苦笑いを浮かべるヴァイスを見てから、僕は先ほどまでヴァイスがやっていた対戦ゲームを見た。
こちらに背を向けて座ってる短髪の男、あの人にヴァイスは負けたのだろう。一応僕もやってるゲームだから、その人のプレイ画面を遠目から見ていても上手いのはすぐにわかった。
上手いとはいえ、ヴァイスが負けるなんて……。
「やっぱ上には上がおるもんやな」
なはははは、とヴァイスは続けていつもの笑いを見せた。
「そういえば、少年には妹がおるらしいけど、妹さんはゲームとかしはるんか?」
僕の隣に腰を下ろして、ペットボトルの蓋を開けながらヴァイスは僕に聞いてくる。僕もペットボトルを開けながら答える。
「あんまりしないかな、僕がしてるとこを見てきたりはするけど、自分がしてるところはなかなか見ないな」
「はぁー、残念やなあ、もし好きならゲーセン連れてきてくれ言おうとしたのに」
「仮に好きでもお前には会わせられねぇよ」
仮にもお前の連絡先を消した張本人だぞ。
夏休みの出来事を経験している僕としては、流石にわざわざ自分が消した連絡先の相手と顔を合わせることが嫌なことくらいわかる。
次は連絡先を消すどころか携帯そのものを消されてしまいそうだ。
「しかし、本当見てみたいもんやわ、少年の妹さん」
「可愛すぎて腰抜かすぜ」
「あんた、どんどん妹さんの顔面偏差値のハードル上げてるの自覚ある?」
構わないぜ。事実、琴乃の顔面偏差値は理論値超えしてる。
「そんなブラコン振りやと、妹さんに彼氏でも出来たら発狂しそうやな」
「僕が認めた男以外との交際は認めない!」
「なんてうざい兄貴なんや」
「うざい言うな!」
事実問題として、あの琴乃が惚れるほどの男とは一体どれほどの男なのだろうか。
違う。自画自賛しているわけではないぞ。
たしかに夏休みに僕は琴乃に告白されたわけだけど、それはそれ。色んな感情が混ざり合ってしまった結果だ。
純粋に、僕以外の男が琴乃の隣に立って、手を繋いで歩く姿など到底想像できない。
「少年よ、君から見た妹さんってどんなんなんや。あ、可愛いとかそういうのはいいわ」
可愛い!と言おうとした僕を先読みして、ヴァイスが釘を刺してくる。
「もう少し分かりやすく伝えてくれんか。会ったことのないうちにも分かるように」
「なんでそんなに琴乃のこと知りたいんだよ」
「興味や興味。少年がそんなに気に入る妹さんに非常に興味があるんや」
にやにや笑うヴァイス。なんとなくこのまま簡単に教えてやるのは癪だった。
どうしようかと視線を周りに泳がすと、先程ヴァイスがやっていたゲーム機が視界に入った。
ヴァイスが対戦した男もまだやっているようだった。
数人がその男のプレーに魅入っているのか、男の後ろで止まって、ゲームのプレーを見ていた。
「よし、ヴァイス」
「なんや」
「さっきの奴にリベンジだ。勝ったら琴乃のことちゃんと教えてやるよ」
小さく男に指をさす。
ヴァイスはちらっと男の姿を見てから、まじ?と顔を顰めた。
「なんや、少年が相手してくれるわけやないんか」
「俺がやっても負けるの確定じゃねーか」
「まぁ、そうやけどもなぁ」
「事実でもそうあっさりと納得されるとなんかムカつくな」
イマイチ乗り切れない様子のヴァイスだったが、数秒考えるような素振りを見せてから、僕の方を見た。
ニヤッと楽しそうないつも通りのヴァイスの顔がそこにはあった。
「ええで。でも一つプラスご褒美増やしてや」
「ん? なんだよ」
「あの男にストレート勝ちしたら、うちを少年の家に招待してや」
そう僕に言うや否や、僕の返事も聞かずにヴァイスは男の方に歩いて行く。
待て待て、僕はその条件呑んでいないぞ!?
ヴァイスがやるこのゲームは1対1の対戦格闘ゲームだ。
十数人いるキャラクターの中から1人選択し、3本先取で敵を倒した方が勝ちのシンプルなゲームだ。
だが、キャラクターの操作コマンドはたくさんあり、攻撃から攻撃へ繋ぐコンボは、数え切れないほどパターンがある。プレイヤーの数だけあると言ってもいい。
単純な対戦ゲームでありながら、駆け引きや10分の1秒まで迫る反射神経がものをいうゲームである。
ヴァイスのいうストレート勝ちというのは、「相手に一本も負けずに三本勝つ」ということを意味していて、それは相手よりそれなりに実力が上でなければできない芸当なのだ。
ヴァイスは店内ランキング一位のゲーム廃人だけれど、そのヴァイスを一度降した相手だ。ストレート勝ちなんてそんな容易にはできないはずだ。
「何回もすまんな。もう一回相手してくれんか?」
ヴァイスは、プレー中の男の横に行くと、そう男に言った。
なんとも礼儀正しいやつである。普通こういうゲームは、黙ってチャレンジャーとして挑戦するものだ。
男も怪訝そうな顔をしてヴァイスを見たが、「構わないよ」とだけ言って、またプレー画面に視線を戻した。
間近で見た男は切れ目で、ヴァイスを見る目つきは鋭い威圧感があった。決してその視線にびびったわけではない。
「ほんじゃ、やったるかな」
ヴァイスは心底楽しそうに笑いながら、100円玉をゲーム機に入れた。
☆ ★ ☆
結論から言うと、ヴァイスは勝った。
非常に接戦だった。もちろんヴァイスはストレート勝ちなんて出来ていないし、最後の最後までどちらが勝つかわからない熱い戦いだった。
この試合が終わる頃には、ヴァイスと対戦相手の男の周りにはたくさんの人が集まっていた。
ヴァイスの真後ろから試合の様子を見ていた僕にとっては、まるで自分がプレーしているような手に汗握る戦いだったわけで。
これだけ人だかりが出来るのも当然と思えた。
「っしゃーー!! 勝ったでー!」
3本先取のランプが画面内で光った瞬間、ヴァイスが叫んだ。その声に呼応するように観客も湧いた。
本当にすごい対戦だった。
「いやぁ、ほんま強いなぁ。あんたここの店舗ホームやないやろ? どこの店舗よ」
ヴァイスは叫んだ後、すぐに対戦相手の男の所へ行った。
男は「参ったよ」と苦笑いをして、ひらひらと手を振りながら答えた。
「俺のホームはもっと西の方だよ。今日はちょっと待ち合わせがあって暇つぶしにここで遊んでただけ」
ちなみにここでいうホームというのは、家という意味ではなく、「自分がよく行くゲームセンター」の事を指す。拠点、という意味がある。
「やんな。こんな上手いのにうちが知らんとかそれしかないわな!」
なはははは、と笑うヴァイスを見ながら男はふぅっと嘆息する。
ちらっと視線が画面に向き、ちょうどゲーム画面には店内ランキングのプレイヤー一覧が表示されていた。
その一位の名前を確認したのか、男は「はははは」と切れ目を一本の線になるまで細めて笑い始めた。
「お前、ランキング一位じゃねぇかよ。そりゃ強いわな」
「でも一回君に負けてもうてるからな。君との勝率は5割。君の前では一位は誇れんわ」
「よく言うぜ。さっき俺が勝った時より段違いで強かったぜ」
すっかり仲良しになったようで、スイスイと会話が進む。
僕のようなコミュ障でない二人が話すと、こんなに簡単に友達になれるのか。なんだか僕とは住んでいる世界が違うように感じた。いや、実際に違うのだと思う。
「もう一戦どうや」
ヴァイスがゲーム機を指差す。周りの観客もそれに合わせて盛り上がった。もう一度あの対戦を観れると思うとテンションが上がるのだろう。それは僕も激しく同意できる。
だが、男は首を横に振った。
「すまんな、待ち合わせの子がここに到着したみたいなんだ。またの機会にな」
「あちゃー、じゃあしゃーないな」
そういえばさっき「待ち合わせの暇つぶし」と言っていたな。
男は立ち上がるとヴァイスに手をひらひらと振った。ヴァイスも「お疲れさん」と敬礼の格好をして返事をした。本当にこういう所のヴァイスはバカだと思う。
そんな失礼なことを思う僕に、ヴァイスはぐるんと振り返り、にやっと笑った。
「へへへ、見たか。勝ってやったで。ほら、妹さんのこと教えるんや」
「お前、ほんとどんだけ知りたいんだよ」
そんな話をしていたことも忘れていた僕だったけど、ヴァイスは当然覚えているようだった。
やれやれ、仕方ない。琴乃がどれだけ可愛くて、どれだけ素晴らしいのか教えてやることにしよう。
そう思って一時間近く僕の琴乃演説を聞かせてやろうと、思った瞬間だった。
僕の目の前に理解不能な事態が起こった。
「……琴乃」
「ん? なんや、どないしてん」
僕がヴァイスの後ろを見つめてフリーズする様子に、ヴァイスも気づいたようで、すぐに後ろに振り返った。
ヴァイスからすると今後ろに振り返ったところで、なんの違和感もないだろう。
先程の男は「待ち合わせがある」と言っていたし、少し離れたところでその男が一人の女の子と話していたとしても、大した違和感を覚えたりはしないはずだ。
待ち合わせの子とちゃんと合流できたのか、程度にしか思わないことだろう。
だが、僕からするとそういうわけにはいかなかった。
目の前で先ほどの男と話している女の子が、僕の愛しのマイシスターとなれば、僕としては無視できるはずもなかったのだ。
「ヴァイス」
「なんや」
「妹のことを説明する必要は無さそうだ」
「は?」
「実際に目の前にいるからさ」
小さく微笑む程度の笑顔だが、それでも僕は琴乃が僕以外にその笑顔を向けていることに激しく動揺していることを自覚しながら、ぐっと唾を飲み込んだ。
ヴァイスは視線を僕と琴乃を交互に泳がせ、最終的に何かを察したように「あー」と声を漏らした。
結局僕は、琴乃が男と楽しそうに話し、ゲームセンターを出て行く様子をただ呆然と見送るだけだった。
ヴァイスの心配そうに僕を覗き込む瞳が、とても痛かった。