2日目(前)
今日は久々の晴天だけれど、太陽の暖かさの恩恵など受けないとばかりに、真っ白の雪景色が僕の家の前に広がっている。
こういう日の路面は、凍結してしまっていることがあるので、自転車で外に出かけるのは、ご法度である。
自転車が主な移動手段である僕にとって、この冬の外出というのは、なかなか苦労したりする。
普段なら20分ほどでつくゲームセンターに向かって、あれこれ1時間弱歩き、商店街がある小さな繁華街に入る。
その中にある小さなゲームセンターが、今回の目的地である。
「さぁて、遊ぶぜ!」
1人ゲームセンターに入ってはしゃぐ男子高校生の絵面というのは、あまりにも哀しいものと思うが、仕方ない。この辺りに娯楽施設なんてこれぐらいしかないのだ。
どこぞのボウリングのピンボールが目印の大アミューズメント施設には遠く及ばないが、一応最近のゲームは一通りこのゲームセンターに入荷されている。
僕はごちゃごちゃとして、ゲーム音が騒がしい店内で、目的のゲームに向かった。
向かって、固まった。
「あらま、しばらく見ないなぁと思っててんけど、久しぶりやな、少年!」
厚着のセーターにジーパン。クリーム色の深い帽子。僕よりやや低い身長の彼女の顔は、帽子のツバにやって見えない。
だけど、その独特の喋り方。関西の方言。それは、忘れることはできない女の子の声だった。
いや。忘れてたけど。
「あ、久しぶりっすね。ご無沙汰してます」
「えらく他人行儀な挨拶やな。あ、他人やったな。せっかく交換した連絡先に全く連絡してこーへんくらいやし」
「あ、それはかくかくしかじかでしてね?」
そう、彼女こそが、夏休みに僕のアドレス帳から妹に消されてしまった連絡先の相手である。
「はあ? あんたに妹なんかおるん?」
「いますよ。それもとびっきり可愛いね!」
「やめてやー。あんたの妹とか妖怪みたいな子なんちゃうやろな」
「ぶっ飛ばすぞ!?」
いくら親しい中ではない人だとしても、妹を馬鹿にする奴は許さない。
「なははは、それぐらいがちょうどええよ。タメ語で話しーや」
「いや、一応年上ですしね?」
「気にせんでええわ、そんなん」
そう言って彼女は、ちょいちょいと僕を手招きしながら、ゲームセンターの外に向かった。
一応ついて行く。ゲームセンターの喧騒がうるさくて、話しにくかった
のだろうか。
ゲームセンターを出て、開口一番。彼女は僕に言った。
「まぁとりあえず、飯でも行こや」
昼時、確かにちょうどいい時間帯でもある。
僕は二つ返事で快諾し、2人で近場のファミレスに向かうことにした。
僕にとって、これは家族以外の女性と2人で食べる初めての食事となるのだ。
☆ ★ ☆
「にしても、ほんま久しぶりやな。夏休み以来やから4、5ヶ月くらい?」
「そうなりますね」
僕はペペロンチーノ、彼女はカルボナーラをつつきながら、向かい合って座っているわけだけれど、お店に入っても帽子を外さないのは、なにかその帽子には呪いがかけられているのかと疑ってしまう。
パスタをフォークでくるくるとしながら、彼女は続ける。
「しかし、けったいな妹さんやな。アドレスから勝手に連絡先を消すって」
「まぁ、確かにあれには僕もびっくりしましたけど、妹のしたことなので許せますね」
「少年はシスコンなんか」
「否定はしません」
シスコンだろうとなんだろうと、僕が妹を愛している事実は変わらないのだ。
「そういうあなたは……っていうか、名前聞いてませんでしたね」
「ん? あー、そうやったな」
今更ながら、僕は彼女の名前を知らないことに気づいた。
彼女は、なはははっと笑うと、帽子のつばを持って、スッと頭から帽子を外した。
僕はその先にある彼女の髪に、目を奪われた。いや、正確には、彼女の髪の色に目を奪われたのだ。
「あたしは、『ヴァイス』。白って意味や」
前髪の右3割ほどが、真っ白な、黒色がごっそり抜け落ちたような綺麗な白色に染まっていた。
「え、本名?」
「あほか。んなわけあるか。PNやPN」
「PN? プレイヤーネームのこと?」
「そーそー。ゲーセンで知り合った相手のことはPNで呼び合うのが普通やで」
初耳だ。
「え、そういうもんなのか」
「やから、少年のことは、えーと、なんてPNやったっけ?」
「少年でいいです」
「え、なんでや」
「少年でいいです」
あとでこっそりゲームのPN情報を編集しておこう。あんな厨二病満載の名前呼ばれてたまるか。恥ずかしくて死んでしまうわ。
というか、ヴァイスもそれなりに厨二病な名前な気がする。
なんだか仲間意識が湧く。
それはそうと。
「その前髪、メッシュってやつですか?」
「なははは、そんな立派なもんやあれへんよ」
笑いながらヴァイスは帽子を被り直した。前髪はすっかり隠れて、むしろ両目まで隠れてしまいそうなほど深く被り直した。
「先天的なやつや。染めたわけちゃう」
「へー、じゃあ切っても白色が生えてくるのか」
「まぁ、そういうことやな」
すごいな。そういうことがあるのか。
一種の病気のようなものかもしれないが、僕からしたらなんだかとてもお洒落に見える。
メッシュとか、なんだか分からないけどカッコいい。ロックな感じがカッコいい。
けれど、帽子をお店の中でも深く被っているのは、その前髪をあまり見せたくないからなのかもしれない。
「妹はいくつなん?」
「中学一年生ですよ」
「ほー、一番楽しい時期やんけ」
「大学一年生も楽しい時期なきがするけど」
「んなわけあるか。忙しいわ」
この人はなんだか毎日ゲームセンターにいそうなイメージがあるから、全然大学で勉強している様子が想像できない。
「失礼なやっちゃな。これでも頭ええんやで」
「大学入れるだけでも凄いですよ」
「大学なんて入ろう思えば入れるところ多いで」
選ばんかったらな、とヴァイスは続けて、なははははっと笑った。
この人の笑い方は、なんだか聞いてる僕の方も心地よくなる笑い方だ。気持ちのいい笑い方をしてくれる。
ぜひとも琴乃にもやって欲しいものだ。
……いや、やめておこう。
☆ ★ ☆
「よっしゃ、それじゃ一戦やるか!」
「勝てる気しないけどな」
ファミレスを出た僕たちは、再度ゲームセンターに向かっていた。
ヴァイスの言う一戦というのは、ゲームセンターにおいてある格闘ゲームのことだ。
そもそも僕たちは、同じ格闘ゲームで対戦したことから知り合いになったわけで、僕たちの始まりにして、共通点でもあるのだ。
しかし残念なことに、僕はヴァイスに格闘ゲームで勝ったことがない。
こいつは店内ランキング1位という気持ちの悪い廃人なのだ。
「あたしが勝ったらラーメン奢れな」
「実力差を考えろよ!」
ファミレスで打ち解けれたおかげか、僕もヴァイスに対してタメ口で話すことに抵抗がなくなってきた。
ヴァイスのコミュ力に随分助けられているけれど、彼女といるのは、僕にとってかなり心地がいい。
琴乃とはベクトルの違う暖かさがある。
「なんか賭けないとおもろないやろ」
「リスクとリターンが違いすぎるだろ!」
「なんやねん。ほな、あんたが勝ったら胸揉ましたるわ」
胸を張るヴァイスの胸に、つい視線が向いてしまう。
ダウン越しとはいえ、しっかりと主張してきているその膨らみは、きっと柔らかいに違いない。
やめろ、童貞には最高のご褒美にしか見えないんだ!!
「満更でもない感じやな」
僕が固まってしまったのを、ヴァイスはニヤニヤとした笑みで見ていた。
違う! 違うぞ!
「やめろ! そんな体を安売りするんじゃねえ!」
「大特価やで」
「やかましいわ!」
なははははは、大きな声でヴァイスは笑った。目尻に涙を滲ませながら、くっくっ、と笑いを堪えるようにして僕の肩を叩いてくる。
「おもろい。おもろいわ、ははは!」
とても心地がいい。
勝手な、勝手な想像だけれど、「一生涯の友達」というのは、こういう人の事を指すのではないか。と、自分勝手ではあるけれど、ヴァイスのことをそんな風に思ったのだった。