1日目(後)
僕が琴野ちゃんに告白されたということを、琴乃は知らない。いや、もしかすると琴野ちゃんから聞いている可能性があるけれど、少なくとも、僕からは琴乃には話していない。
ましてや、琴乃からすると僕と琴野ちゃんが仲良くなっているということ自体知らない可能性もある。
そんな中、突然僕と琴野ちゃんが晩御飯に2人で行くなんていうことを琴乃が聞いてみろ。いったいどんな反応をされることやら。
あのジト目を珍しくつり上げて「妹の友達に手を出すなんてど畜生ですね」なんて本気で僕に怒りかねない。
「悪いけど、ちょっと難しいかな」
琴乃ちゃんには悪いけれど、ここは丁重にお断りさせていただこう。
『それは残念です』
しょんぼりとした琴野ちゃんの声が電話越しに聞こえる。いつもの笑顔が落ち込んでしまっているのが、容易に想像できた。
「また今度さ、琴乃も誘って3人で行こう」
琴乃に黙ってるという罪悪感を無くすための、我ながら情けない提案だ。
『……そうですね! その時はお兄さんのおごりですからね!』
最後に琴野ちゃんはそう残して、通話が終わった。
思ったより琴野ちゃんが元気だったことに安堵する。琴野ちゃんと僕との間に起こった出来事で、琴乃のコミュニティを崩壊させるようなことは起きなくて済みそうだ。
僕はスマホをベッドに投げ捨て、体をベッドに沈ませる。
夏休みから4ヶ月経ち、琴乃の髪の毛はかなり伸びた。
肩にかかるくらいの後ろ髪は腰まで伸びていて、横髪も胸の前あたりまで伸ばしている。
いつもセミロングぐらいをキープしていた琴乃が、そういったイメチェンを始めたのは、なにかあの子の中で変わろうとしている証拠なのかもしれない。
妹の成長を見守る兄としては、嬉しいやら寂しいやら、なんとも複雑な感情を抱いてしまう。
いつ頃からか妹に距離を置かれ始めた僕だったけど、今年の夏休みにおいて、その距離は再度計り直されたわけだ。それは妹にとって、大きなきっかけになったんだろう。
結局、僕は妹のことばかり考えてるシスコンなのだと、自覚せざる終えなかった。
☆ ★ ☆
夜。
午後8時を超えて、僕と琴乃はいつものことながらリビングで寛ぐ。
同じソファに腰掛けて、テレビを見つめる。晩御飯を食べ終えて、お風呂に入った琴乃からは、シャンプーのいい香りがほのかに漂ってくる。
女の子の髪の毛の匂いって、絶対にシャンプーの匂いだけじゃない特別なフェロモンが混じっているに決まっている。
むしろ、うちの妹だけがそういった特殊なフェロモンを分泌しているのかもしれない。僕を誘惑するために。
「何バカなこと考えてるんですか」
「なんで分かったんだよ」
「兄さんのことならなんでもわかります」
そんなジト目の妹は、テーブルの上にある熱々のココアを両手で持ち上げて、冷えている手を暖めている。
妹は冷え性なのだ。
「なんて考えてたと思う?」
「どうせ、「琴乃の体からとてつもない色気を感じる。襲ってしまいたい」とか考えてたんでしょう。おぞましいです」
「思ったより斜め上だったわ」
さすがの僕でも襲ってしまいたいとは思わない。
「女として負けた気分になりました」
「兄として負ける気はないんでね」
「妹として負けたくないです」
「何に対してだよ」
テレビではクリスマス一色に染められた都会のイルミネーションが大々的に報道されている。
冬といえば雪。冬といえばイルミネーションと、この日本は本当にお祭りごとがお好きだ。
「またかまくらでも作るか」
「頑張ってください」
「お前も手伝えよ」
「凍え死にますよ」
都会での楽しみ方と、田舎での楽しみ方は違う。
言わずもがな、こっちの街にイルミネーションなんぞあるわけもなく、それこそ隣街の◯▲モールにでも行かなければ見ることはできない。
そんな田舎での冬の楽しみといえば、雪を使ったお遊びだ。
雪合戦とか雪だるまとか、そんな昭和の頃から愛されてるお遊びをしまくるのだ。
「雪を触ると私は凍ります」
「凍った琴乃を観賞用として部屋に飾るのもいいな」
「ど畜生ですね」
だが残念なことに、琴乃は極度の冷え性のため、冬の雪遊びなどには一切参加しない。
防寒着をびっしり着込み、頭に毛糸の暖かそうな帽子を耳まで被り、手に分厚い手袋をして、もう見た目は雪国にいるペンギンのようになってしまっても、その両手は冷たいのだ。いっそ悴んでいるとも言えるほど、真っ赤っかになる。
そんな琴乃を楽しませるためには、雪合戦や雪だるまよりも、僕が頑張ってかまくらを作り、その中で美味しい餅でも食わせるくらいしかなかったわけである。
「氷に封印された美少女とか、なんか燃えるな!」
「氷の美少女に燃やされる、ですか。なかなか面白いですね」
「なにがだよ」
「兄さんには分からない次元の楽しみ方です」
「なんで僕の方が次元が低いんだよ」
氷の美少女なのに相手を燃やす、ということが言葉遊びになっていて、面白いという意味と、後になって僕は分かったわけだけど。
「イルミネーション綺麗ですね」
「そうだな」
テレビ越しに映るイルミネーションは、日本でかなり有名な場所らしく、日本三大なんたらとかテレビのキャスターさんに言われている。
◯▲モールにあるクリスマスツリーもどきみたいな木に飾ってるチャチなイルミネーションとは規模が違う。このテレビの向こうにある景色は、視界一面がキラキラと輝く世界なのだろう。
「一度は行ってみたいものですね」
「確かに、どんなものか見てみたいな」
仮に行くとしたら、ここからどれくらいで行けるのだろうか。
琴乃を連れて行くとしても、どれほどのお金が必要になるのだろうか。
◯▲モールに行くのとでは、雲泥の差に違いない。
せめて僕が大学生になってからぐらいが妥当だろうか。
「こういうところに、好きな人と行けるとロマンチックですよね」
「……ん、そうかもな」
僕はロマンチストではなく、リアリストなので、こういうイルミネーションの綺麗なところとか、夜景の見える高級なレストランとかではなく、植物園の菜の花が沢山咲く場所とかの方が好きな人と行くなら選ぶと思う。
琴乃はこう見えて結構、ロマンチストでメルヘンチックなのだ。
サンタクロースを信じている時点で、メルへン100%であることに間違いはないか。
「化粧品よりも、今年はイルミネーションに行きたいですね」
「それは靴下には入らないぞ」
「まったくです。どうしてサンタさんは、あの赤い靴下の中に入るものしか許してくれないんでしょうか」
それは経済的な問題とかじゃないかな。
「いっそのこと、あのソリごと置いて行って欲しいです」
「お前、がめついな」
欲望に忠実なのが僕の妹だ。
その後、自室に戻った僕がスマホで調べてみた結果、テレビで報道されていたほどの規模ではないけれど、それなりにイルミネーションが綺麗なテーマパークを比較的近場で見つけることができた。
今年の琴乃へのクリスマスプレゼントは、今この時決まったのだった。