1日目(前)
世間ではそろそろクリスマスだと騒ぎ始める頃だ。
近場に唯一あるスーパーに関しては12月前からクリスマス特集のコーナーを設けるくらい、クリスマスというのは有名なものらしい。
……あんなリア充イベントなんぞ、僕からしたらあってないようなものだ。
しかし、我が家には僕とは違い、このイベントを待ち望んでいる可愛らしい存在がいるのだ。
サンタクロースを超常的な存在だと未だに信じ、今日も例年同じく良い子にベッドのそばに赤色の大きな靴下を用意して、そのヒゲオヤジがやってくるのを待ち望んでいる存在がいるのだ。
サンタクロースというと、赤い服を着て、赤い帽子をかぶって、白のヒゲで顔面を覆い隠したおっさん。良い子にしてる子供達へ、この時期にプレゼントを運んでくる太っ腹なおっさんのことを指すのだろう。
そのおっさんのことを信じている時期も、確かに僕にもあった。それは確かにあったのだ。
クリスマスイブを超えたクリスマスの早朝。ベッドのそばにプレゼントが置かれていた時、もう叫びすぎて寝ている妹を起こしてしまうくらい大喜びしていた僕であったが、いつの間にかそんな喜びも消え失せてしまった。
いや、いつの間にかということはない。大人になるにつれて気づいていく真実。クラスの子の「えー、サンタクロースなんていないんだぜえ?」とかいう言葉に触発されつつ、変わっていく認識。
いやまぁ、僕の場合は、夜トイレに行くときに、リビングでサンタの格好した父と母がキスをしていたという考えたくもない場面に出くわしたことによってサンタの正体を知ってしまったのだけど、どのような形であれ、サンタという存在は超常的な存在であって、実際に存在するのは、僕たちのことを愛してくれている家族の想いの形そのもののことなのだと思う。
話が脱線したけれど、僕が言いたいのは、そのサンタの存在を、未だに白いひげを生やしたおっさんであると信じている、我が家の麗しき可憐な存在がいるということである。
今年で中学一年生になり、さらに可愛らしくなった僕の妹のことである。
「兄さん、今年はサンタさんに何をお願いするんですか」
そう真剣に、真顔で僕に問いかけてくる妹の姿は、毎年恒例ながら、僕の頬を緩ませるには十分すぎる破壊力がある。
「そうだな、今年は琴乃のパンツでもお願いしようかな」
「にやけながら何てこと言ってるんですか。死んでください」
確かにリビングのテーブルを挟んで、朝食をとりながら言うべき言葉ではなかったな。失敬失敬。
プレゼントか。昨年僕に送られてきたサンタからのプレゼントは、ガーナのチョコレート1つだった気がする。
「琴乃は何をお願いするんだよ」
「私は、今年は化粧水をお願いするつもりです」
なんて実用的なお願いなんだよ。なんかクリスマスって感じがしないじゃないか。
「普段は高くてなかなか手が出せませんからね」
「女の子は金かかるもんな」
「兄さんほどではありませんよ」
「金食い虫みたいに言ってくるけど、僕はそんなクソ野郎じゃないからな?」
「え、何を言ってるんですか」
「正気じゃないの? みたいな目をして言ってくるんじゃねえよ!」
そのジト目に貫かれると、本当に僕はそんなクソみたいな存在なんじゃないかと思ってしまうから怖い。
「といっても、まだクリスマスまで3日あるけどな?」
「3日なんてあっという間ですよ」
「そりゃそうだ」
「冬休みもあっという間ですよ」
「やめろ、そんなこと言うな」
僕のスクールバッグの中で眠る〝奴ら〟が目覚めるじゃないか。せっかくのお休みなのだ。〝奴ら〟もゆっくり休みたいはずだ。触れてやるな。そっとしてやるべきだ、うん。
「宿題は計画的にしたほうがいいですよ」
「やめろっていってるだろ!」
あえて言わないように〝奴ら〟って比喩してたんだから! わざわざ言うなよ! 思い出しちゃうだろ!
「夏休みは案の定、兄さんには手を焼かされました」
「宿題に関してはお前に迷惑かけてないだろ!?」
やっぱり後回しにしてしまうもんなんだよ、こういうのって。
「私はもう終わりましたけど」
「わけわからん!!」
なんだよこのハイスペック妹は! 世界は不条理だ!不平等だ!!
「今年の夏は色々あったからな、忙しかったんだよ」
「色々って……兄さんに予定なんてないでしょう」
「あるわ! 主にお前との予定だよ!!」
「私と兄さんがなにか一緒にする予定なんてあるわけないじゃないですか。頭大丈夫ですか?」
「なかったことにされようとしてる!?」
それに増して、妹の口から吐かれる毒のすごさも上がってきている。
それもこれも夏休みでの出来事が色々尾を引いているのかもしれない。
琴乃は、朝食であるトーストの最後の一口を食べきると、お皿を持って立ち上がった。
「あ、それと兄さん。今日は私の友達が遊びにきますので、午後からは部屋にいてください。リビングは私たちが使うので」
「あー、はいはい。構わんぞ」
キッチンに皿を持っていく妹の姿を見ながら、僕は夏休みのことを今一度思い出し、牛乳を飲み干した。
☆ ★ ☆
今年の夏休みは、確かに僕と琴乃にとっては大きな大きな節目になったと思う。
お互いのことを再認識したというか、お互いの想いを伝えあった夏休みは、僕たちの距離を確実に近づけ、ある意味遠ざけた。それこそ、絶妙な距離感を見つけるための、大きな布石になったはずなのだ。
夏祭りの日、1日で浴衣姿の女の子2人に告白されるというモテ期を経験した僕ではあるけれど、僕にはやはり彼女はおらず、ましてや、童貞のままだ。
また妹に「童貞の兄さん」という失礼極まりない枕詞をつけられてしまう。まぁ、それはいいんだけども。
ともかく、4ヶ月。夏休みが終わって二学期を超えて、こうして冬休みが始まったわけだ。
冬休みといえば、クリスマスとお正月なわけで、そして今の琴乃はクリスマスのことで頭がいっぱいと……。
まったくほんとうに、可愛いじゃないか!!
「ん?」
今から妹を脳内で愛でまくろうと思った矢先、目の前に置いた僕のスマホが震え始めた。
画面には〝琴乃の友達〟と出ている。どうやらライン通話をかけてきているようだ。
なんだって急に。というか、今日遊びに来るんじゃないのかよ。
とりあえず、ライン通話に出てみることにする。
『おはようございます! お兄さん!』
「おはよう、琴野ちゃん」
琴乃の友達の1人であり、その中でもかなり琴乃と仲が良い活発な元気満々な女の子。
夏休みに僕と仲良くなり、僕に初めて告白してくれた女の子。
偶然にも漢字は違うが、僕の妹と同じ名前という琴野ちゃんからの電話だ。
夏休みからしばらく連絡を取っていなかったのだけど、一体なんの用なのだろう。
『お久しぶりですね。お元気ですか?』
「それなりに元気にはしてるよ。どうしたの?」
『いえ、今日遊びに行くので、お兄さんに会えるなあ、とか思いまして!』
「僕は部屋にいるから、最初少し会えるくらいだと思うけどな」
夏休みの時は、僕の部屋に押しかけてくるほど元気の有り余ってる琴野ちゃんだったから、今日もそうなりそうな気がするのは僕だけではないはずだ。
しかし、琴野ちゃんからの申し出はそれとは違うものだった。
『いえ、その遊びが終わった後ですよ』
「ん?」
『一緒に晩御飯とか、食べに行きませんか?』
琴野ちゃんから僕へ、今になってアプローチがあるなんて思っていなかった僕が、いつかの夏休みのように、固まって唖然としてしまったのは、言うまでもないことだった。