オオカミに襲撃された件について…
カスミちゃんとサンドイッチを交換したりしながら楽しくお昼ご飯を食べていると、遠くから何か音が聞こえてきた。
何か動物が走っているような地響きだ。
野生のガゼルの群れが何かから逃げているのだろうか、こちらに向かってかなり大きな群れが近づいてくる。
更に、その喧噪に紛れて人の声が聞こえる。
「助けてくれーー」
「俺たちは旨くないぞーー」
どうやらガゼルと一緒に逃げている人間がいるようだ。
「アイネちゃん、透視できる」
「わかった、やってみるね」
カスミちゃんから催促され、私はクレヤボヤンスで様子を見る。
どうやらガゼルの群れはフィールドウルフの標的となっているようだ。
灰色っぽいオオカミが30匹ほどと一際大きいオオカミが1匹確認できる。
かなり大きな群れだ。
逃げているガゼルの群れは100匹以上いるのではないだろうか。
そして注目すべきは、ガゼルの群れに巻きこまれるように必死で走る人間の男性が2人。
ガゼルに負けない素晴らしい健脚を披露している。
視点を近づけて確認すると、なんとお父さまたちだった…。
何をしているんですかお父さま!
私はすぐにカスミちゃんに報告する。
「大変よカスミちゃん、オオカミに追われているガゼルの群れの中にお父さまとジョーイさんもいるのよ。
たぶん、私たちを探しに来て、オオカミの狩りに巻きこまれたのよ」
「全く、お父さまったら仕方がないわ。
とりあえず助けにいきましょう」
「分かった」
オオカミが迫っている現状を考えるとカオリーナを一人で残していくわけにはいかない。
私は妹を背負うと帯でくくりつけて声をかける。
「カオリーナ、お父さまたちを助けに行くから、振り落とされないようにしっかりつかまっているのよ!」
「あい」
カオリーナは元気よく返事をすると両手を離して楽しそうに振り回す。
しかし、全く落ちる様子はない。
それどころか私の背中に張り付くように引っ付いている。
どうやらサイコキネシスで自分を私の背中に固定したようだ。
我が妹ながら、超能力の使い方には驚かされる。
しかしこれなら、少々激しく動いてもカオリーナが落ちる心配はなさそうだ。
私とカスミちゃんは全力で草原を走った。
レビテーションはお父さまたちに見つかると言い分けが大変なのでとりあえず封印しておく。
すぐに逃げてきたガゼルの群れの先頭とすれ違う。
ガゼルにぶつからないように気をつけながらお父さまたちに近づく。
「お父さま!加勢に来ました」
「おとうさん、下がって!」
カスミちゃんと一緒にお父さまたちとオオカミの間に割り込むと、お父さまたちは驚いて立ち止まり、フリーズした。
「カスミ!何をしているんだ!
あんな数のオオカミに敵うはずがない」
「そうだ、アイネリア、逃げるぞ!」
ジョーイさんとお父さまが叫ぶが、私とカスミちゃんは静かに抜剣してオオカミの群れに視線を向ける。
オオカミは逃げていくガゼルは追わずに私たちを獲物と定めたようだ。
周りを取り囲んで威圧するようにうなり声を上げている。
「ダメだ、囲まれた」
「こうなったら娘たちだけでも助けるぞ」
お父さまとジョーイさんも覚悟を決めたのか抜剣して、私たちの前に出ようとするが手でそれを制した。
「大丈夫です。お父さま、ジョーイさん」
「おとうさん、私たちに任せて」
「「任せられるわけ無いだろ!!」」
私たちの言葉にお父さまたちが叫ぶが、相手をしているひまはない、
先頭のオオカミが飛びかかってくる。
大きな口を開けて足に噛みつこうとするのが1匹と首を狙って飛んできたのが一匹。
「上、任せた!」
私が叫ぶとカスミちゃんもなれたものですぐに応じてくれる。
「了解」
私は姿勢を低くして頭の高さを足狙いのオオカミに会わせ、首に向かってジャンプしてきたオオカミを躱すと右に飛びながら下から来たオオカミの頸動脈をすれ違いざまに切断した。
カスミちゃんは上に飛んだオオカミの下に回り込み首からしっぽまで腹面を一刀両断した。
あまりの鋭い剣戟に2匹のオオカミは自分が切られたことも気がつかず着地し、そこで初めて首と腹から血を噴き出させて崩れ落ちた。
「カスミちゃん、毛皮は大丈夫!」
「もちろんよ。
お腹からさばいておいたから、背中の皮には傷一つつけていないわ」
「いや心配するところが違うと思うが…」
私たちの会話にお父さまたちはあきれ気味だ。
私たちは警戒を緩めず、残りのオオカミたちを睨みつける。
オオカミたちは仲間がやられたにもかかわらず、戦意は衰えていないようだ。
どうやら彼我の戦力差も分からない危機意識の無いオオカミらしい。
一際大きな個体が一歩前に出ると私たちを威圧するように睨みつけてくる。
負けじと睨み返す。
向こうはこちらのステータスが分かっていないのか、引く気は無いようだ。
もっともこちらも大きなフィールドウルフのステータスは分からないのだが…
「ヴーーッ ヴォン」
うなり声を上げた後一声吠えると、オオカミたちは徐々に包囲の輪を狭めてくる。
一番大きなオオカミも徐々に間合いを詰め、牙をむくと一気に飛びかかってきた。
私とカスミちゃんは周囲のオオカミたちを牽制しつつ、カウンターの一撃を狙う。
しかし、オオカミの牙は私たちに届くことはなく、私たちの剣もオオカミには届かなかった。
大きなオオカミは宙に浮くとそのまま空中でひっくり返され、他のオオカミの上へ投げ出された。
「キャッキャ」と背中のカオリーナが喜んでいる。
どうやらカオリーナのサイコキネシスが炸裂したようだ。
緊迫した状況を全く理解していないカオリーナは、私の背中からオオカミたちに両手を振って愛嬌を振りまいている。
この子は将来大物になると思う。
これで諦めるかと思ったが、大きなオオカミはまだ戦力差が自分たちに有利だと思っているらしく、私たちを食べる気満々のようだ。
「グルルルル」うなりながらよだれを垂らしている。
正直切り捨ててもよいのだが、素材にした場合運搬に困る。
お父さまたちがいなければ、私とカスミちゃんで運んでもいいし、テレポーテーションで運んでもいいのだが、12歳の私たちが自分の数倍はあるかという大きなオオカミを苦も無く担ぎ上げれば、お父さまたちに言い分けできない。
そうでなくても、既に2匹ほど倒しているのだ。
ここはなんとしても円満にお引き取り願いたい。
カオリちゃんを見ると、どうやら同じ考えのようで、剣の腹で叩くために、剣の握りを90度回転させている。
私もそれにならい、二人でタイミングを合わせて一番大きいオオカミへと突撃した。
突然の奇襲と、私たちのスピードにオオカミは全くついてこれていない。
私とカスミちゃんは左右からオオカミの下あごを剣の腹で思いっきり殴り上げた。
「ギャン」
オオカミは大きな悲鳴を上げてそのまま後ろへ飛ばされる。
ヨロヨロと立ち上がったオオカミはようやく実力差を理解したらしい。
「キュゥーーン」
しっぽを後ろ足に挟むと情けない声を上げ、じりじりと後退をはじめる。
「ヴォン」
距離を取り、私たちが追撃しないのを確認すると、一声鳴いた大オオカミは踵を返して逃げ出した。
他のオオカミもその後に続く。
それにしても森のマッドウルフの方がよほど聞き分けがよかったような気がするのは気のせいだろうか。
オオカミたちが去るとおとう様たちはホッとしたように声をかけてきた。
「二人とも怪我がかくてよかった」
「カスミ、頼むから危ないことはしないでくれ。
私の寿命が縮んでしまう」
「そうだぞアイネリア。
私も寿命が縮む思いだったんだぞ」
いやいやお父さまにジョーイさん、私たちがいなければ間違いなくお二人の寿命は今日ここで尽きていたと思います、
私は心の中で反論し、表向きは素直に返事をしてみせることにした。
「分かりましたおとうさま。気をつけますね」
「私も気をつけるね、おとうさん」
カスミちゃんも私に習ったようだ。
「あーーい」
背中でカオリーナも元気に返事をした。
「それじゃあ二人とも、今日はもう帰ろう」
早速帰ろうとするおとうさまたちに待ったをかける。
「いや、ちょっと待ってください」
「20分ほどで終わりますから」
私とカスミちゃんはせっかく捕った素材をそのまま放置するつもりはない。
手際よくさばくと、毛皮と食べられそうなお肉を切り分けお持ち帰りした。
帰り道でお父さまたちは、市街地から離れた場所は危険だから護衛もつけずに出歩かない方がいいと熱心に説得してきたが、護衛もつけずにオオカミに襲われかけた御貴族様に言われたくはないと言うことを婉曲に表現してやんわりと拒絶しておいた。
だいたい、7歳から今まで見習いとはいえ数多くの依頼をこなしてきた私たちは、サラセリアでは中級冒険者以上の評価を受けているのだ。
1年間で取ったビッグラビットの数のサラセリア記録も3年連続で堂々の第一位だった。
しかし、実際に狩りをしているところは、おとうさまはもちろんジョーイさんにも見せたことはない。
やはり、いくら強いことを知っていても心配なものは心配だと言うことなのだろうと納得し、帰路についたのである。
ちなみにオオカミの皮と肉、二匹分はちょっとしたお小遣いとは言い難い高額金額が提示され、アルトリアの冒険者ギルドで売却することができた。
今日の夕食は私とカスミちゃんのおごりで高級焼き肉パーティーでもすることにしよう。




