迷子が発生した件について…
土日はサラセリアの夕食直後にアルタリアの朝食時間が来るため、毎朝食べ過ぎである。
今日のピクニックではカロリー消費のためにもしっかりと体を動かす予定だ。
武器屋で無事にお父さまたちもまけたようなので、とりあえず依頼の薬草が生えていそうな草原を探すことにする。
妹を背負って首都の町並みを駆け足で通り抜け、西側の草原地帯を目指す。
人通りがないところはかなりスピードを出して走る。
今なら100m10秒の壁も軽く突破できるような気がする。
いや、もしかしたら新幹線と勝負できるのではなかろうか。
この世界の人の身体能力は明らかに前世より高い。
カオリーナはそのスピードでも、私の背中でキャッキャッと楽しそうに笑っている。
あっという間にクレヤボヤンスで確認した薬草のある草原に到着した。
カスミちゃんと手分けしてノルマの薬草60本を確保し終わった頃、その辺で放し飼い状態だったカオリーナが見当たらなくなっていた。
まずい。
この辺りは草丈が高く私たちでも頭が出ないくらいだ。
4歳のカオリーナは全く見えなくなってしまう。
私はクレヤボヤンスで視点を高くし、上から探してみたが見つからない。
「カスミちゃん、どうしよう。
カオリーナが迷子になったみたい」
「とりあえず高度あまりあげずに上から探しましょう。
人気はない?」
「大丈夫みたい。
さっきクレヤボヤンスで見たときは近くに誰もいなかったわ」
私たちはレビテーションで5メートルほどの高さを飛んで、最初の地点かららせん状に周回しながら徐々に半径を広げて捜索する。
カスミちゃんが右回り、私が左回りだ。
するとカオリーナよりも先にあまり出会いたくないものが見つかった。
「カスミちゃん何かいる!
ワニみたいに見える」
「どっちのほう?」
「あっちよ。あの沼が見える辺り」
「行って見よう」
「うん」
私たちは全力で沼地に向かう。
いた。
体長2メートルは超えようかという大きなワニが十数匹ほど集まってコロニーを作っている。まだ気温がそれほど高くないため、ひなたぼっこ中のようだ。
以前図鑑で見たアリタリアラージアリゲータという種類のようだ。
冬の間は冬眠し、春先から繁殖行動に移り、産卵すると子ワニが卵から孵るまでは巣の近くで卵を守る習性がある。
このとき集団を形成し、卵を狙う外的からみんなで卵を守る。
図鑑によるとこの時期は冬眠明けの空腹期や冬眠前の食いだめ期に次いでワニが攻撃的になるので、集団で集まっているワニには近づかないように注意書きがしてあった。
そして間の悪いことに、ひなたぼっこ中のワニを見かけたカオリーナがテケテケとワニに向かって駆け寄っているところであった。
「危ない!」
私が叫ぶのと、3匹のワニがカオリーヌに飛びかかるのがほぼ同時だった。
サイコキネシスを発動してワニを排除するしかないが、突然のことに集中が乱されて、レビテーションでの移動に全力をさいていたこともあり、上手く発動しない!
と思ったら突然3匹のワニが空中に浮いてもがいている。
3匹に続いて襲いかかった全てのワニが、最初の3匹を追うように空中に浮き、円を作ってカオリーナの周りを旋回しはじめる。
ワニたちからは驚き、焦り、恐怖の感情が伝わってくる所を鑑みると、あの現象はワニの意志には反して引き起こされているらしい。
空中で輪になったワニたちはじたばたともがいており、なんだか滑稽で愛嬌がある。
その様子を見てカオリーナはキャッキャと喜びながら、空中のワニに向かって手を広げている。
どうやらワニを遊び相手と思っているようだ。
私はカスミちゃんの方を見て訪ねる。
「あのワニのダンスはカスミちゃんがやっているの?」
カスミちゃんは無言で首を横に振った。
となると、ワニを空中でクルクル回している犯人は、消去法でカオリーナしかいない。
油断しきってワニに駆け寄っていた状況から瞬時にサイコキネシスを発動し、正確に円運動させ続けている制御力は、4歳の子供にできる範囲を大きく超えているように感じ、カオリーナの超能力に驚きを禁じ得なかった。
私たちはそのままカオリーナの横に着地する。
「カオリーナ、黙っていなくなってはいけないよ。
それに、ワニさんたちはいま、子育て中で忙しいのよ。
下ろしてあげなさい」
「あい、ねえたま」
ねえさまと行ったつもりが“ねえたま”になるのが可愛いと思いながら、カオリーナの頭をなでてあげると、ワニたちは地上にゆっくりと円運動しながら降ろされた。
私たちはワニに囲まれた形になるのだが、恐怖の空中遊泳から解放されたワニたちは、私たちに襲いかかることはなく、卵を守るために巣のほうへ引き上げていった。
一安心である。
私たちは、カオリーナを連れて、薬草を採取していた場所までレビテーションでもどり、用意してきたサンドイッチで早めの昼食を取ることにした。




